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恋人の国、フィガロ。
そこには。
かつては当たり前だった実りを取り戻しても、豊穣が生まれること有り得ない。
確かに、取り戻したい、と願ってはいる世界を取り返しても。
こんな風景の中に再び、己とエドガーが紛れることは、有り得ない。
全てを終えた時、恋人が一人帰って行く場所に、己が在れないと言うなら。
不毛の大地を目指し還る恋人を、唯、見送るしか己には出来ないと言うなら。
世界を取り戻すことに一体、どれ程の意味を見出せると言うのだろう…………そんな、風に。
今、そんな風に想うこと止められなかったセッツァーは、大地のささやかな膨らみを降りて、麦の穂をかき分け。
畑の直中に立ち尽くす、エドガーと向かい合った。
「綺麗だね」
やって来たセッツァーを見上げて、にっこり、エドガーは笑う。
…………そう言って、彼が笑うから。
セッツァーは無言のまま、エドガーの背へと手を伸ばして、彼の髪を縛める、蒼い絹を解いた。
「……何?」
リボンなんて解いて、どうする気だい? と、恋人が問い掛けて来たけれど、セッツァーは、それをも無視して、穂達のように夕暮れの風に靡き出した黄金色のそれを眺めてみた。
胸よりも長いエドガーの髪は、扇のように広がって、風に持ち上げられる。
その全てを逆巻かせる程、風は強くなかったけれど、意志有るモノのように、風は髪を踊らせた。
細い金糸は、きらきらと、黄金色の陽光を弾いている。
風に、靡きながら。
その夕暮れの陽光と、エドガーの髪の黄金は、余りにも似過ぎていたから、少しずつ、陽光と髪の境界線がなくなって行く錯覚をセッツァーは覚え。
恋人よりも、恋人を包み込む光景よりも、少し嫌な感じがする、とか、物悲しく思えて仕方ない、とか、そんな次元を遥かに越えた、明確な嫌悪感を覚えさせられた。
壊れてしまった世界でも、美しい、と感じることは叶う、恩恵溢れた風景など、今の彼にとっては、砂ひと粒程の価値にも、値しなかった。
世界が、壊れてしまった、と云うなら。
永遠に、壊れたまま、在ればいい。
壊れても、壊れなくても、取り戻しても。
恋人と己の行く末に、こんな風景が織り混ざること有り得ないと云うなら。
静かに、壊れたまま、夢見るように眠りつつ、何も彼も本当に、壊れてしまえばいい。
所詮、壊れてしまった世界にしか、自分達の幸せが有り得ないと云うなら。
「………………エドガー?」
一一一一一一黄金の海の中に佇む、エドガーを見つめ。
セッツァーはその時、恋人の名を呼んだ。
「ん?」
「……お前は『今』……幸せか…………?」
「幸せだよ。…………多分」
名を呼んで。
微睡みの中を漂う夢喰い人のように、問い掛けてみれば。
少しばかりの複雑さを残して、多分幸せ、と……エドガーが答えてくれたから。
「そうか…………」
曖昧に、セッツァーは笑った。
笑いながら彼は、自らのコートを脱ぎ、エドガーに羽織らせる。
「別に、寒くなんかないよ?」
「そう云うつもりがある訳じゃない」
肩に、黒い布地の重さを掛けられエドガーは、どうして? と首を傾げたけれど、その為にじゃない、とセッツァーは首を振り。
『そうしてみても』納得行かなかったのか、不機嫌そうに顔を顰め、そのまま、麦の穂達の中へと、恋人を押し倒してみた。
予告もなく黄金の海の中に沈められて、一瞬呆気に取られた後、不快気な顔になったエドガーに、苦情を喚かれたけれど、あっさりとそれを、セッツァーは無視した。
「……何、考えてる?」
「…………色々」
「物思いに耽ると、私を押し倒すのか? 君は」
「時と場合によるな」
「時と場合、ねえ…………。ここが何処だか判ってるかい? 人がいない訳じゃないって、気付いてるかい?」
非難の声を放っても、無視されるだけならば、説き伏せてみようと思ったのだろう。
声を低くして、エドガーは諭すように、明確な目的を持って己を押し倒した恋人を嗜めたが。
「……多分。ここが、黄金の海の中ってのも、壊れた世界だってのも、多分、判ってる。…………何時か、終わりが来るのも」
不機嫌そうな表情を崩さずにセッツァーは、そんなことだけを言った。
「………………判ってないじゃないか、何も」
「そうか?」
「判ってないよ。そうだろう? 多分、だけれど。私は今、幸せだって、そう言ったのに」「……俺はな、エドガー。お前みたいに、『それでも』希望を見出せる程、賢い質じゃないんだ」
「私だって別に、賢い訳じゃない」
「一一そうだったとしても。こんな風にしてみたって希望すら見られない俺よりは、まともだろう? お前の方が」
「………………刹那主義……より、尚悪いね」
「何とでも。何をどう言われても、多分、本当のことだからな」
問われたことに、正しい答えすら返さない恋人に、エドガーは溜息を返したけれど、『下らないこと』しか告げなくなったセッツァーへ、何を言ってみても詮無く。
エドガーは、ゆっくりと瞼を閉ざした。
「…………こんなことしてみたって……何も変わらないよ……?」
「知ってる」
「何も彼も、全て。何時か終わりはやって来るよ?」
「…そうだろうな」
「だったら……希望でも眺めてみた方が、建設的だと私は思うけどね。終わってしまうモノでも、形を変えれば続くのだから。…………まあ、君が、今はこうしたいと言うなら、付き合うだけだけど。止めろって言ってみたって、どうせ無駄なんだから」
黄金の海に沈んだ時、麦の穂を覆う如くにふわりと広がって、褥の代わりのようになったコートの上に己を押し倒したまま、『下らないこと』を言っていたセッツァーが、覆い被さって来たから。
全てを諦めて、エドガーは、恋人の所業を受け止めることに決めた。
甘やかしているな、とは思ったけれど。
嫌だ、と言ってみても、聞き届けられはしないのだから、抗っても、抗わなくても結果が同じなら、物思いに耽った結果、自分を押し倒す、と云う不可思議で我が儘な行動に出た恋人のやる瀬なさを、一時だけでも流してやろうか、と考えて。
エドガーは唯、四脚の力を抜いた。
「……本当の意味で。時が巻き戻れば、いいのにな」
腹を括ったらしい、エドガーを見下ろし。
声を震わせ、泣き笑いのような顔になって。
ぽつり、そう呟いた後、激しいキスで、恋人の唇を塞いだ。
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