一一壊れてしまった世界の人々に、それでももたらされる実り。
 こんな世界に留まり続ける者達へ、与えられる恩恵。
 それは確かに幸いであり、祝福ではあるのだろう。
 だからそれを、エドガーが喜ぶ気持ちが、セッツァーには良く理解出来る。
 彼とて、この片田舎に広がる光景は、幸いであるのだろう、と思う。
 自分達が何故、冒険の旅などをしているのかと云えば、己が抱えた己のみの理由の為に、壊れてしまった世界を、ケフカの手より取り戻したいからだ。
 こんな風景が、当たり前のそれだった頃に、戻りたいからだ。
 己達とて所詮は人間、『世界』を救いたいだなどと、『大きな』ことを考えている訳ではないけれど。
 『幸せ』になりたが為に、想いがあるが為に、壊れた男と戦って…………結果それが、『世界』を救うことになるだけ。
 当たり前のことが、当たり前だった日々に、戻りたいだけ。
 だから、セッツァーも仲間達も、今、『こうして』いる。
 願いが叶えば、今は『特別』に思える幸いも祝福も、当たり前の幸いになり、当たり前の祝福になる。
 そうして、自分達は。
 当たり前のことが当たり前にあったあの頃、それぞれが立っていたそれぞれの場所に、唯、戻るのだろう。
 世界の人々も、又。
 当たり前の幸いと祝福を、取り戻すのだろう。
 でも。
 今だけは特別に思える、この幸いも祝福も、当たり前を取り戻した処で、恋人の手には入らない。
 何も育たぬ砂漠の大地には最初から、このような幸いも、恩恵もない。
 それが、当たり前。
 だからセッツァーは、今、エドガーが湛える微笑みが、哀しく思えて仕方ない。
 何かへ向けて、問わずにはいられない。
 …………何故、と問うても、仕方がないことだけれど。
 何故、恋人は、不毛の大地が広がる、砂漠の国フィガロの、国王だったのだろう、と。
 当たり前を取り戻した処で、最初から恩恵のない砂漠には、何も戻らない。
 始めから、何もないのだから。
 なのにどうして恋人は、そんな大地の統治者なのだろう。
 当たり前だった頃を取り戻してみても、こんな世界ですら未だ……と感じ入られる実りなど、あの大地にはもたらされない。
 恋人の治める大地が、豊穣を約束された地であったならば、少しは何かが違ったのかも知れないけれど……そんなこと、それこそ、考えてみるだけ、無駄だ。
 世界が平穏を取り戻しても。
 『昔』、己が立ち尽くしていた砂漠へと帰るエドガーが再び、『黄金の海』に立つことはない。
 幸いよりも、恩恵よりも、掛け離れた場所を、恋人は守り続けるだけ。
 …………当たり前を、取り戻すのだから。
 それが『当たり前』だと言われてしまえば、それまでだ。
 けれど。
 思いの為に戦って、世界に『昔』を取り戻して、でも、彼の帰る場所が、豊穣な大地に住まう者には『当たり前』の実りすらない、不毛の大地でしかないなら。
 それが、当然だと言うなら。
 世界を取り戻すことに、一体、何の意味があるのだろう。
 特別だろうと当たり前だろうと、与えられる実りは実り。
 壊れていようとなかろうと、不毛は不毛。
 ……………………壊れた世界であろうとも、こうして漂っていれば触れること出来る、『特別な恩恵』すらない砂漠へ、恋人が帰って行くのを、許したくはないのに。
 世界を取り戻そうとして、一体自分は、どうすると言うのだろう…………と。
 セッツァーは、思わずにはいられなかった。
 その想いが、どれ程に歪んでいるのか、セッツァー自身にも自覚くらいはある。
 どれ程、利己的なのかも。
 しかし。
 かつての世界を取り戻すこと、それを幸いだと想う者達がいるように。
 壊れてしまった世界だからこそ見つけられた幸せを、手放したくない、と想う者がいたとしても、おかしくはない。
 当たり前だったことを、当たり前として取り戻しても、決して、かつての『当然』にはなり得ないのだから。
 時が止まることはなく、歴史が止まることもなく、壊れてしまった世界の中でも、営みは消えてなくならない。
 営みがなくならないのなら、そこに幸いは生まれ、不幸は生まれ。
 手放したくないこととて、何時かは生まれる。
 幸いも、不幸も、掛け替えのないモノも、そこに在ると言うなら。
 かつての世界を取り戻すことが、真実正しいとは限らなくなる。
 壊れた世界の中でも掴むことが出来たモノを手放してさえ、もう二度と、在りし日の姿のまま戻ることなどない『当然』を取り返すことが、正しい、なんて思えなくなる。
 ………………手放したくないモノを、掴んでしまった者にとっては。
 どれ程、利己的であろうとも。

 

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