『黄金(こがね)の海』

 


 

 見上げた、彼方の空は。
 棚引く雲も、広がる『無』も。
 全て、黄昏色に染まっていた。
 西に広がる地平線に、もう間もなく落ちようとしている太陽は、茜色ではなく、黄金色をしていて。
 そんな色した陽光が、彼方の空を、全て染め上げていた。
 陽光が染め上げるのは、空にあるモノ、空そのもの、そればかりではなくて。
 己が腰下ろした、ほんの僅か盛り上がっているその場所を覆う緑も、そこに在る己も、等しく黄金色に塗り替えていていて。
 滅多にお目に掛れないくらい美しく、そして、『重苦しい』夕焼けだ、と、緑の上に付いた両の手に自身の重さを預けながら、風景を眺めたセッツァー・ギャビアーニは思った。
 一一何時終わるとも知れない、冒険の旅の途中。
 草原の片隅に停めた飛空艇より最寄りの村を目指して歩いていた時、彼と、彼の仲間達は、一面の麦畑を見つけた。
 ケフカ、と云う、『壊れた』男の所為で、如何なるモノよりも恩恵を得られなくなってしまった、この歪んだ世界でも、未だ、声を上げて感嘆出来る程見事な、田園風景が広がる場所があった、と云う事実が、胸に暖かかった。
 昔…………と云っても。
 未だ、一年が経つか経たないか、程度でしかない『昔』には、こんな光景も見慣れたそれで、農耕に適した土地であるならば、一寸田舎の方に赴けば必ず、こんな風景が在るのは当たり前のことで、気に留める程のことはなく。
 その、『価値』もなく。
 精々が処、今年は豊作なんだろうか……と、そんなことを考えるのが、セッツァーや、セッツァーの仲間達の全てに過る、『素っ気無い』想いだったけれど。
 ……壊れてしまった世界でも尚、こうして、当たり前の風景がある、恩恵を得られた実りがある、と云う現実は、仲間達はもとより、世の中を斜に構えて生きているような部分の持ち合わせがあるセッツァーにさえも、柄にもない感傷を与えて余りあった。
 その為彼等は、足を留めた。
 急ぐ旅ではあるけれど、数刻、目的の村への到着が遅れた処で、誰が困る訳でもないし、その村への道行きを、急ぐ理由があるでなし。
 少しくらい、かつては当たり前だった風景を、田園を渡る風に吹かれながら眺めるのも悪くないと、彼等はそこに留まって、暫し、光景を眺めることにした。
 一一一一だから。
 思い思い、気に入る場所を探して散って行く仲間達を他所に、セッツァーは、麦畑の直ぐそこにあった、ほんの少しだけ盛り上がっていた場所に、一人腰を下ろしていた。
 散ってしまった仲間達は、たった一人を除き、もう姿は伺えない。
 たった一人の『人』と、何処までも広がる麦畑の彼方で、今日の野良仕事の片付けをしているらしい農夫達が、ぼんやり霞んでいるだけ。
 黄金色に染まった、稀な程美しく、そして重苦しい夕焼けの中。
 彼の瞳に映るのは、それだけ、だった。
 故に、彼は。
 彼の瞳の中に映る、たった一人の『仲間』。
 エドガー・ロニ・フィガロ、と云う名の、この辺りからは遠く離れた砂漠の国を治める、麗しい方、と名高い国王陛下。
 その彼だけを、眩しい夕日に細めさせられる、己が紫紺の瞳で見つめた。
 …………本当は、『仲間』などではなく。
 否、確かにエドガーは、セッツァーにとって仲間ではあるけれども、セッツァーにとってエドガーは、仲間、と云うよりは、誰にも告白すること叶わぬ、性別を同じくする者同士の、過った恋の道行きの相手、であるから。
 恋人の姿を、じっ……と、セッツァーは目で追った。
 明日にも、収穫されておかしくないくらい、たわわに実った麦の穂に埋め尽くされる、畑の直中に、今、エドガーの姿はある。
 セッツァーへと背を向け、僅か、天を仰ぐように頤を上向け。
 沢山の実りと戯れるように、沢山の実りを包み込むかのように、ゆるく両腕を広げ、背に垂らした黄金の纏め髪を、エドガーは静かに、風に揺らせている。
 砂漠の民だなどと思えぬ程に希有な、誠に黄金らしい黄金色した彼の髪は、見事に、夕焼けの黄金に溶け込んでいて。
 その所為なのだろう、逆光の中、髪だけでなく、その身の全ても黄金色の夕焼けに溶け込んでしまいそうで。
 何処となく、嫌だな……と。
 セッツァーはそんなことを思った。
 ……そんなことを、彼が思った瞬間。
 両腕を広げ、収穫間近い実り達と語らっていたのだろうエドガーが、くるりとセッツァーは振り返った。
 この風景より感じさせられる美しさと重苦しさの一端を、担う陽光は射し込み続けているから、朧げではあったけれど。
 それでも、己へ向けてエドガーが微笑んでみせたのが、セッツァーには判った。
 笑んだ人の口許が、実りがどうの……と動いたらしいのも。
 だからセッツァーは、徐に立ち上がり。
 一面の麦畑よりも、ほんの少しだけ盛り上がったその場所より、ゆるゆる、エドガーの許を目指し始めた。
 一一一一逆光に、霞んではいるけれど。
 恋人の微笑む顔が、喜びや、希望に輝いているのが見て取れる。
 この世界でも確かにあった、実りを祝う表情。
 そんな恋人の顔は、とても美しい。
 自分が惚れているから、とか、自分の恋人なのだから……なんて、惚気を思うこともセッツァーには出来るくらい、確かにエドガーの微笑む顔は、美しい。
 けれど、そよそよと揺れる麦の穂達に囲まれつつ笑む、エドガーのその顔はどうしようもなく哀しいそれだと、セッツァーには思えて仕方なかった。

 

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