消滅の間際にゾーマが言い残した、何時の日にか再び、闇の中から何者かが現れるだろう、なんて『予言』、正直、俺にはどうでもいいことだったけど。

その頃には疾っくに死んでるだろう俺にはどうしようもないことで、俺だって、そこまでの面倒は見切れない、とも思ってたけど。

ゾーマの予言が本当だろうと嘘だろうと、あいつが告げた通り、何時の日か、再びの闇が世界に現れて、その時、俺の子孫の誰かが『勇者の運命』を背負わされるのは、ルビスや精霊達にとっては、既に決まっていることなんだろう、って。

そう思わされて。

俺の血を引く者以外には、僅かの価値も無い石ころでしかない紋章達は、呪われた品にしか見えなくて。

『勇者の血』を──俺の血を引く者は、そうと言うだけで、決して『勇者の運命』から逃れられぬのだと言わんばかりの、呪物にしか見えなくて。

ふざけるな、と憤りもして。

………………だけど、結局。

俺は、あの刹那、もう一度諦めた。

今度は、何も彼もを。

……諦めるしかないと思った。

俺の血筋に課せられた『勇者の運命』は、ルビスや精霊達にとっては、既に『決まり事』。

ゾーマも知っていたこと。

だったら、逃れる術なんか無い。

受け入れるしかない。

……そう、思ったんだ…………。

そうして、俺は再び旅に出ようと決めた。

諦めるしかないなら、逃れる術も無いなら、俺に出来るのは、何時の日か『勇者の運命』を背負わされる子孫の為に、残せる限りのものを伝えることしかないと思ったから。

………………正直に、打ち明けてもいいかな。

……辛い旅だった。

終わりの見えない、孤独なだけの旅だった。

俺の気持ちや想いを判ってくれる人なんかいなかった。いない処か、そもそも語る相手がいなかった。

生きていくこと自体はどうにか出来たし、半ば強奪したラダトームの船があったから、雨風は凌げたけれど。

別の大陸を求めて海を渡るのも、何とかはなったけど。

正体も名も偽って、他人とは極力触れ合わないように気を遣いつつ、五つの紋章の隠し場所を探したり、後世にまで残すべきだと思えた様々なことを確実に伝える手段を探したりしながら、世界中を彷徨い続けるのも、何処までも歩き続けるのも、孤独に苛まされるだけの、辛い旅だった。

……だったら、どうして、最も簡単な方法を選ばなかったんだ、と他人は言うかも知れない。

許せないなら、己が一族の『運命の決まり事』に憤るなら、血筋を絶やしてしまえば良かったのに、と思うかも知れない。

…………でもさ。俺だって、夢は見たんだ。

極々普通の少年が夢見る、極々普通の夢。

誰かを好きになって、好きになった人と結ばれて、その人や、その人との間に授かった子供達に囲まれて生きる、と言う夢。

……アリアハンの城下町で、毎日遊び転げながら過ごしていた頃。

何時か、父さんの後を継いでバラモスを倒しに旅立つんだ、と夢見ながら、俺は、『極普通の些細な夢』も見てた。

…………だってのに、一族の『運命の決まり事』に負けて、誰もが見て当然の夢まで手放すなんて、馬鹿馬鹿しいだろう?

誰かを好きになることも出来ない、好きになった誰かとの未来を思い描くことも出来ない、なんて。

だから俺は、当たり前の夢まで捨てる道じゃなく、当たり前の夢の先に続く道を選んだんだ。

辛くとも孤独でも、その方が、よっぽどましだった。

それから、何年経った頃だったかなあ……。

確か、俺が二十代の半ばくらいになった頃だったかな。

だから、ええと……、ラダトームから姿を晦ました時から数えて、四、五年くらい後か。

────その頃、俺は、ムーンブルクって大陸にある、ムーンブルクって王国の王都目指して、あの国の西の外れ辺りを彷徨ってた。

野宿ばかりじゃ流石に体を壊すから、懐はあんまり豊かじゃないが、たまには何処かの宿に泊まりたいな、なんて思ってたんだけど、その辺りは砂漠が近かった所為か、見渡す限りサバンナで、街処か村も望めそうになくってさ。

細い田舎道の端にしゃがみ込んで、ボーー……っとしてた。

凄く腹減ってて、歩くのにも疲れちゃって、どうしようかなあ……、って、唯々ぼんやりしてたんだ。

……そんな時、俺の目の端を、メタルスライムの影が掠めた。

君も多分知ってるだろう、灰色の、ぷっくぷくしたアレ。

──当時、世界は、ゾーマの消滅によって魔物達が鳴りを潜めたことから生まれた、弊害みたいなものに晒されてたんだ。

それが何かと言えば、『材料不足』。

魔物達の皮だの骨だの翼だのは、職人達が武具を拵えるのに使ってた素材や、不可欠な生活用品でもあったから、その『材料』が激減した所為で、その手の市場は混乱し続けてて、メタルの欠片が採れるメタル系のスライム達は、当時は殆ど黄金に等しかった。

と言う訳で、俺も、「あ……」ってなっちゃってさ。

あいつを狩ったら、当分野宿からおさらば出来るなー、なんて、思わずメタルスライムを目で追っちゃって、けど、立ち上がる元気も出ないくらい草臥れてたから、じっと、あの灰色の小さな魔物を見詰めてた。

……それは、何気無く……と言うか、今日の飯の種……、くらいのつもりでしたことだった。

臆病で有名なアレが、何かの音だか気配だかに驚いて、ピィピィ鳴きながら、何も無い所目掛けてメラを放ったのを見ても、何を怖がってるんだか、としか思わなかったのに。

メラを放ったメタルスライムが、ぷるぷる震え始めた時。

唐突に、本当に突然、あれ……? と思った。

たったそれだけのことが、不思議に思えて仕方無くなったんだ。

まるで、天啓を受けたみたいに。然もなければ、耳許で悪魔に囁かれたみたいに。

どうしてアレは、メラが打てたんだろう……、と。

……君の戦い方如何では、今更なことを、と言うかも知れないが。

俺達人間が操る魔術や魔力は、精霊達から受ける加護や、精霊達と交わす契約を源にしている。

一方、魔物が操る魔術や魔力は、闇の力を源としている。

……この考え方は、君達の時代でも、不変の筈だ。

でも、だったら。

俺自身が、闇の力の源であるゾーマ──魔物達の『魔』の源であるあいつを討った今も尚、魔物達が魔術を操るのは変だ。

ややこしいけど、魔物の『魔』の源である闇の源だったゾーマが滅したのだから、魔物達は、『魔』を操れないようになっていなきゃおかしい。

なのに何故、現実は、俺がたった今見た光景は、その理屈に合わないのか。

…………そうも思った俺は、その後も、メタルスライムを眺めつつ、ひたすら考えに耽った。

その果て、答えに行き当たった。

魔物達の『魔』の源である闇──ゾーマが滅しても、魔物達が『人同様に』魔術を使役出来るのは。

魔物達は、闇から生まれ出たのでは無く、人や精霊に同じく、この世の全てを遍く司りし神より生まれ出たモノだから、との答えに。

……精霊は、神に仕えるモノだ。だから、神が生んだ人に加護を授ける。

その加護を以て、清らかな契約を以て、人は『魔』をも操る。

そして、恐らくは魔物も。

神が生んだモノだから、精霊達は、魔物にも加護を授け、その加護を以て、結びを以て、魔物達も、『人同様に』、『魔』をも操る、と。