ゾーマを倒してから、宴の最中に姿を消そう、と決心するまでの間に。

人々の言いたいことは判る。気持ちも判る。けど、それを、さも義務の如く求めるのは何かが違う。……と、俺は、そう思った。

俺に、勇者の血筋が云々と言ってきた人々は、あの頃は未だ俺達四人しか知らなかった筈の『ゾーマの不吉な予言』を、既に知っている風なのも腑に落ちなかった。

……こういう類いの戸惑いや疑問は、良くも悪くもしつこくて、思い始めたら止まらなくなるのが相場でさ。

そんなことを思ったり考えたりしてる内に、ふと、俺は気付いてしまったんだ。気付かなければ良かったんだろうことに。

この世界に骨を埋めろとか、勇者の血筋を残せとか、後の世の為にもとか俺に告げてきたのは、悉く、『不思議な人達』だった、って。

──百発百中な占いをしてみせる、マイラの老婆とか。

光あれ、の言葉と共に、俺達の魔力を補ってみせたラダトームの老人とか。

雨雲の杖を授けてくれた、かつてルビスに仕えていた精霊とか。

聖なる祠にいた、虹の雫を与えてくれた司祭風の彼とか。

俺に、この世界に留まれ、血筋を残せ、後の世の為に、と告げてきたのは、ルビスに仕えていた精霊の彼女以外は、何処か『人で無いような者達』ばかりで、もしかして、彼等も、アレフガルドの精霊の祠にいた彼女のように、本当に人じゃない──精霊なんじゃないか、と。

いや、きっと彼等は精霊だったんだ、と。

気付かなきゃ良かったのに、気付いた。

そして、そうと気付いた直後、俺は、一つの賭けに出た。

ラダトーム王城の地下にいた、大臣風の男──太陽の石を探していた時に行き会って、「この国に朝が来た時、誰かがその石を自分に預けに来る夢を見た」と言っていた彼に、その太陽の石を預けに行く、と言う賭け。

……彼が見たと言う夢の通り、俺は、「後の世の為に」とのお題目をぶら下げて太陽の石を預けに行って、あの彼から、必ず太陽の石を見守り続け、俺のような若者が現れた時、この石を授ける、との誓いの言葉を貰った。

──その瞬間。俺は賭けに負けた。いや、勝った、のかな?

まあ、どっちでもいいや。

兎に角、「ああ、この男も正体は精霊だな。でなきゃ、現れるのは何百年後になるかも判らない『俺のような若者』に、自分が太陽の石を授ける、なんて言わない」と悟れて、俺の賭けが悪い方に当たったのも判ったから。

王者の剣も、光の鎧も、勇者の盾も、『空の彼方の異世界』から引っ担いで来た品々の殆ども、ラダトーム城に置き去りにして、真夜中、王都を発った。

そうして、一人向かった先は、精霊の祠。

ラダトームのラルス王には申し訳ないな、と思わなくも無かったけど、彼の船をもう一度拝借して──御免。君の先祖は、船泥棒でもあるんだ。そこは見逃して欲しい──、あそこを目指した。

────アリアハンを旅立ってから、ゾーマを討ち倒すまでの約三年、俺は、何かを諦めたことは無かった。

絶対に、諦めるもんかと思ってた。

それだけはしないと決めてた。

でも、ラダトームを発とうと決めた時の俺は、アリアハンを旅立った時に捨てた筈の諦めを思い出してた。

ゾーマの言葉を思い出したのも手伝って。

戦いの火蓋を切って落とす直前、あいつは、『アリアハンのオルテガの子、勇者アレク・ハラヌよ。何故なにゆえ、藻掻き生きるのか』と言った。

アリアハンのオルテガの子。

オルテガの子の、勇者アレク。

……単なる呼び掛けなら、アレクだけで良かった筈だ。

勇者よ、でも、アレクよ、でも良かった筈なのに、あいつはわざわざ、アリアハンのオルテガの子、アレク・ハラヌ、と言った。

…………それを思い出してしまって、頭から離れなくなってしまって、だから、ゾーマは『知ってたんじゃないか』と思えて仕方無くなった。

自分が滅せばギアガの大穴が塞がって、俺達が元の世界に帰れなくなることも、戻れなくなった俺に精霊達が求めることも。

オルテガと言う勇者の子が、同じ勇者となったように、勇者の子は勇者で、その血筋も延々と、勇者と勇者の運命を受け継いでいかなくてはならないことも。

ゾーマは知っていたんじゃないか、と。

俺の運命は、最初から『そうなる』道以外無かったんじゃないか、とも。

そうして、次第に俺は、それが己の運命ならば、と思い始めた。

何をどう抗おうとも、『勇者の運命』は、そうとしか成らないんだろう、とも思った。

…………そう、それは、諦め以外の何物でも無かった。

だから俺は、人々の前からも、仲間達の前からも消えたんだ。

自分の運命を、背負った『勇者の運命』を諦めて、『勇者の運命』と言うものを信じたから。

けど、それでも諦め切れないことがあったから。

──俺にはもう、自分の運命を、勇者の運命を、諦めて受け入れる以外に、出来ることは無いかも知れない。

そんな境地に至っても、俺の血を受け継ぐ子孫達のことだけは、どうしたって諦められなかった。

勇者の子は勇者。その血筋も勇者。それが運命、だなんて、絶対に許せなかった。

勇者なんて、血筋のみでなるもんじゃない。生まれる以前から定められている運命として、否応無しに受け入れさせられるものなんかじゃない。

血筋がどうあろうと、生まれる以前に持たされた運命だろうと、勇者の路に立つべきは、自らがそうと決めた者だけだ。

それでも、『勇者の運命』が、俺の子供達に課せられるなら。俺の血筋と言うだけで、『勇者の運命』が齎されるなら。俺は、俺の子孫達を救わなきゃならないと思った。

救いたいとも思った。

その為に、精霊の祠に行った。

ルビスに仕えていたと言う精霊の彼女と再び対面して、何とか説得して、ルビスに俺の声を届ける為の術を教えて貰った。

……どうして、そんなことをしたか?

…………その理由は、たった一つ。

この世界を創った、精霊神とも呼ばれるルビスなら。

彼女を救い出した時、恩返しを誓ってくれた精霊神なら、俺の願いを聞き届けてくれるかも、と思ったから。

……うん。俺は、ルビスに希う為にそんなことをしたんだ。

後の世の為に、俺なんかに勇者の血筋を残させるくらいなら、この世界の創造主たる精霊神として、永久とこしえの平和を齎して欲しいと。

それは叶えられぬと言うなら、せめて俺の子孫達は、『勇者の運命』から解き放って欲しいと。

でも、ルビスは、その願いは叶えられないと言った。

苦笑するしか無かったくらい、きっぱりと。

この世界の創造主たろうとも、永久の平和を齎すことは不可能だ、とも。

そうして、その代わりに、ルビスは五つの紋章を授けてきた。

大魔王ゾーマを倒してくれたなら、何時か、その恩返しをすると自分は誓ったから、その誓いの証の品として、と。

俺の末裔達が、精霊の加護を必要とする日が来た時の為に、とも。

…………あの時。

ルビスが、俺に五つの紋章を授けて消えた時。

心底、ふざけるな、と思った。

ルビスの言葉も、授かった五つの紋章も、俺の血筋は『勇者の運命』を背負わされるんだと、暗に語っていたから。