─ Half a year of after ─

旅の終わりから半年が経った。

ローレシア王都は夏を迎えた。

──彼の都に夏が訪れるまでの間に、アレンの成人の儀は済み、彼とローザの婚約も公にされて、ムーンペタでは、簡素ながらローザの戴冠式が執り行われた。

大々的な式典は、王城が再建されてから行う予定だけれども、一先ず、の形で。

父王達の供と言う形でアレンもアーサーも列席したローザの戴冠式は、厳かに、そして恙無く終わり、ムーンブルク女王となった彼女が脳裏に思い描いたように、ムーンブルク大陸中央部から東部に掛けて流れる大河の源でもある、大きな湖の畔にて始まった新王都及び新王城の建設も順調で、ラダトームの横槍も無くなった為、その頃より、二人の婚礼の式典をどうするか、と言う話が本格化し始めた。

…………その話も又、アレンやローザにとっては頭の痛い『受難』だった。

ローレシアにて、アレンの戴冠式が執り行われるのは来春の予定で、と言うことは、彼等の婚礼の式典も、来年の春以降でなければならない。

絶対に、アレンよりもローザが先に即位しなくてはならなかったのも、互いが即位してから婚姻しなくてはならぬのも、全て、ロト三国の盟主はローレシアである、と言う以外の両国の格を、同等に保つ為だったから。

その為、本音では一日も早く結ばれたい二人は、お膳立てが整うまで、辛抱しなくてはならなかった。

にも拘らず、彼の戴冠式から余り時を置かずにと言うのも何だから、と『年寄り連中』が言い出したので、だったら、いっそアレンの戴冠式と同時に婚礼の式典も執り行ってしまえば面倒が無くていいのでは、と若い二人はうっかり言い返してしまって、やはり『年寄り連中』より、「そんなことをしたら、ローレシアとムーンブルクの立場や格が云々」と、アレンもローザも盛大な説教を喰らう羽目になり。

結局、双方の国共に季節が良いから、と言う理由で、彼等の婚礼は再来年の春と決まり、ローレシアでは、国王とその王妃としての婚礼の儀を、ムーンブルクでは、女王とその夫君としての婚礼の儀を、それぞれ執り行う──要するに、華燭の典を二度行う──旨も決定したが、今度は、先に式を挙げるのは何方の国かで主に周囲が揉めて、二人が晴れて夫婦となった後の生活をどうするかでやはり周囲が揉めて、果ては、第一子が誕生した暁には何方の王室の跡継ぎにするか、第二子が誕生したら……、と言う気の早過ぎる話で何処までも周囲が揉めて、当人達は、すっかり蚊帳の外に置かれたまま、何だんだで決まっていく予定やその諸事情に忙殺された。

その間、一人気侭にルーラで以てアレンやローザの許を訪ね歩けるアーサーは、二人の愚痴を聞く役目を負わされたので、彼も彼で、人知れぬ苦労を背負い込む羽目になってしまい…………、……まあ、それでも、アレンの戴冠式を迎える頃には、若人達を襲った忙しさも苦労も鳴りを潜め始め。

アレンが、父王より譲位された君主の座に就き、王太子殿下ではなく、国王陛下と呼ばれるようになって、一年。

手探りで、日々を目紛しく過ごしている内、一年もの時が流れ、気が付けば、彼とローザが婚約を交わしてから二年が経っていた。

始めの頃はムーンペタと、あれから二年が過ぎた今は、王城は五割と少し、城下は七割程度が復興したムーンブルクの新王都とを、ローレシアとの旅の扉で繋ぎ、清く正しく健全な逢瀬を幾度となく重ねたとは言え、住まう国をも違えていたアレンとローザには、長くてもどかしい月日だった。

けれども、そんな日々も、晴天に恵まれた、その年の春の一日いちじつに終わった。

その日、ローレシア王城にて、ローレシア国王アレンと、その正妃となるローザの婚礼の儀が執り行われたから。

幾度となく持たれた両国間の話し合いの末、ロト三国の盟主であるから、が決まり手となり、彼等の婚礼は、先ず、ローレシアで挙げられることになった。

初代国王アレフと、その王妃ローラの祖国だったラダトームの様式を受け継いだ、実に『武』の国ローレシアらしい華燭の典は賑々しく行われ、互い、ロトの紋章を織り込んだ揃いの婚礼衣装に身を包んだアレンとローザは、列席者達や王城の者達からの祝福を、次いで、王都の人々からの祝福を、一身に受けた。

その数日後には、主役二人と主立った列席者達が、旅の扉や駆り出された魔術師達のルーラを駆使しムーンブルクへ飛んで、ムーンブルク新王都でも、女王ローザと、その夫君となるアレンの婚礼の儀が執り行われた。

その建国は、ラダトーム王国よりも古いと言い伝わる国であるから、ローレシアとは対照的に、ムーンブルクの華燭の典は、実に古式ゆかしい独自の伝統に則ったそれで、花婿と花嫁が袖を通した衣装も、ローレシアやサマルトリアとは一線を画した、伝統の物だった。

そんな、麗らかな春の日に挙げられた厳かな式典は、ローレシアでの際と同じく恙無い終わりを見る。

アレンとローザへの惜しみ無い祝福も送られた。

でも。

二人にとっては、それで終わりではなく。

ローレシアでも開かれた、ムーンブルクにての祝いの宴が終わった後、アレン、アーサー、ローザの三人は、こっそり部屋を抜け出し、以前に打ち合わせておいた、真新しいムーンブルク城内の片隅で落ち合った。

辺りの気配を窺い、こそこそと城の裏手に忍び出た三人は、アーサーのルーラで何処いずこへと飛ぶ。

転移術に運ばれ目的地に着いた途端、彼等の耳には潮騒が届いた。

────三人が示し合わせて向かった先は、ザハンだった。

あの、絶海の孤島の小さな村。

夜半故に人気の無い、小村故に街灯も無い、真っ暗で寂しい村の通りを小走りに抜けて、彼等は、あの礼拝堂へ急いだ。

時刻が時刻だ、礼拝堂は閉ざされてしまっているやもだが、それでも構わぬからと、余り期待せず、辿り着いた堂の扉を押せば、扉は音も立てずに開く。

……アレンとローザは、ここで、もう一度、婚姻の誓いを交わすつもりだった。

アーサーを司祭にして。

どうせ、何かに誓いを立てるなら、曾祖父アレフが建立した、神で無く勇者ロトを祀る礼拝堂で、先祖達や大切な親友相手に、生涯の愛を誓いたかった。

アレンもローザも、本心では、そういう式を挙げたかった。

けれど、どうしたってそんな願いは叶わぬから、なら、ひっそりこっそり挙げてしまえ、と。

……祝福してくれる列席者などいない。煌びやかな飾りも無い。衣装も平服に毛が生えた程度だ。

が、そんなものは本当は要らないし、立ち合いも祝福も、アーサーがしてくれる。

二人の偉大な先祖達だって。

その為に、ラーの鏡から拵えた手鏡も、アレンの懐に忍ばせてきた。

あれから二年が経った今も、中々の『正体』をしていた先祖達は、年がら年中鏡の中に現れるし、何か彼やと話し掛けてもくるし、時にはアレンをあの不可思議な世界に引き摺り込むし、としてくれているから、それだけで、充分過ぎる程に賑やかで、何より嬉しいから。

「……では、いいですか? アレン、ローザ」

「ああ」

「宜しくね、アーサー。……じゃなかった、司祭様」

「あ、そうだった。宜しく頼む、司祭殿」

「…………そう言われると、僕が、激しく照れるんですが……」

こそこそ侵入した、幾つもの窓から射し込む月光だけが光源のロトの礼拝堂で、今だけは、自称・司祭でなく、本当に司祭となってくれたアーサーを前にして、先祖達に見守られながら、アレンとローザは、彼等にとっては正真正銘の婚姻を交わした。

アーサーや先祖達の前で、と言うのは激しく居た堪れなかったので、誓いの接吻くちづけだけは、断固拒否したけれど。