─ Four years later ─

それから、更に二年が経った。

齢二十三になったアレンが、ローレシア国王に即位してより三年。

齢二十四になるローザが、ムーンブルク女王に即位してより三年半。

即ち、あの旅の日々より、約四年。

何処も彼処も見違える程に賑やかになった世界は、平和になっている筈だった。

アレンとアーサーとローザが、死を賭してまでもぎ取った平和で、世界は満たされている筈だったが。

やはり、現実は違った。

この四年の間に、ロンダルキア北の祠にいた守人達──精霊が予言した通り、ロンダルキアの大地は徐々に崩れ始め、あの台地を外界と隔絶させていた高く険しい峰々も少しずつ姿を消していって、極寒の荒野だったロンダルキアに、人が入り込み始めた。

百数十年、人は住めぬ不毛の大地と化していたロンダルキアも、今となっては、何者の手も付けられていない、何処の国家にも都市にも属していない、『原石』に等しかった。

あたかも、アレフが新大陸を開拓し、ローレシアを建国した頃のように、人々はロンダルキアに傾れ込み、其処此処から、ロンダルキアの所有権を主張する声が上がった。

入植者達は、「早い者勝ちだ」と言い張り、テパやペルポイの者達は、「ロンダルキアは、ロンダルキア大陸の者達のものだ」と主張し、ベラヌールもラダトームもデルコンダルも隙を窺い始めて、ロト三国も、きな臭い騒動に巻き込まれ掛けていた。

百数十年前まで、ロンダルキアを統治していたのはムーンブルクだったこともあって、何処の国でも街でも、ロト三国は、ハーゴンを討ち、ロンダルキアを解放したのは己達だ、と主張してくるだろうと思い込んでいたし、それぞれがロト三国の君主となった当代の勇者達に出しゃばられては分が悪い、とも考えており、何とか、ロンダルキアを巡る戦の勃発だけは防がなければと、三人は、東奔西走させられた。

そんな騒動が始まってしまった所為で、即位後の国政に関して三人が各々描いていた理想は少々狂ってしまったし、路線変更を余儀無くされることも増える一方で、彼等は一様に、挫折感に苛まされもした。

とどのつまり、『この世界』で最も醜い存在は、人なのかも知れない、とも思わされた。

魔物の脅威は去り、世界には平穏が訪れた筈なのに。その為に、自分達は死を賭して戦ったのに。『全てを滅ぼす破壊神』は、人そのものなのかも知れない……、と。

けれど、そんな中でも、喜ばしい出来事はあった。

一つ目は、先年の終わり頃、アーサーがサマルトリア国王に即位したこと。

更には、アーサーは長年の秘めた想いを叶えたらしく、彼の婚礼の話も聞こえてきた。当人がきちんと白状しない為、はっきりはしていないのだけれども。

そして、もう一つ。

その年の秋が始まった頃の、と或る日。

午後の半ばに、ローザがムーンブルクよりローレシアに戻って来た。

──擦った揉んだを経て、ローレシア王都とムーンブルク新王都を結ぶ、両国の君主夫妻の為だけの旅の扉は、ローレシアでは国王の自室のある階の部屋を一つ潰して、ムーンブルクでも女王の自室のある階の部屋を一つ潰して、新たに拵えた旅の扉の為だけの間に据えられた。

両国の王城内の、しかも君主の自室の目と鼻の先にある小部屋、と言う、素晴らしく物騒な場所に拵えられた、悪用されたらとんでもないことになる旅の扉の間は、アレンだけが持つ金の鍵か、ローザが精霊達との契約を果たした解錠の魔術、アバカムでなければ開かぬように細工が施されたし、破壊神まで滅ぼした勇者達に勝てる者は先ずいない、との歴然たる事実に守られて、日々、未だ未だ新婚気分な君主夫婦の蜜月を支え続けている。

その、アーサー主導で生まれた『縁の下の力持ち』な旅の扉を伝って、朝、アレンの寝所で別れたばかりのローザが、何故なにゆえか。

予定では、ムーンブルクでアレンと共にの夕餉をする筈だったのに。

「あれ。ローザ? どうしたんだ、何か遭ったのか?」

────その日のその時、アレンは、隠居夫婦──王位を退いて以降、先王陛下と呼ばれるようになった父と、王太后となった母の双方から、息抜きをしないかと誘われて、中庭が臨めるテラスで茶をしていた。

そこへ、突然に愛妻がやって来たものだから、まさか、何か火急の事態でも、と彼は腰を浮かせ掛け、

「いえ、そうではないの。驚かせて御免なさい、アレン」

違う、と緩く首を振ったローザは、義母に勧められ、空いていた席に座る。

「じゃあ、どうして?」

「その、向こうに行ってから少し、具合を悪くしてしまって……」

「え。なら、こんな所にいないで休まないと」

「そうだな。それがいいぞ、ローザ殿」

「あ、でも、あの……」

控えていた女官が整えた茶には手を付けず、具合が……、と言い出した彼女を案じ始めたアレンや義父から目を逸らしてローザは俯き、黙って彼女を見ていた王太后だけが、あ、と言う顔をした。

「でもじゃない。体に障ったらいけない」

「…………あ、あの……。……実は、ムーンブルクで侍医に診て貰って、その……。み、身籠っている、と言われて……」

が、『男共』は鈍く。

益々ローザは俯き、義母は、やっぱりね、と笑顔を浮かべる。

「身籠った? ……え?」

「……だ、だからっ。────……国王陛下。先王陛下並びに王太后陛下。この度、アレン陛下の御子を授かりました由、ご報告に参上致しました」

「………………子、供?」

「ええ。でも、未だ三月目になったばかりだそうだから……」

「ローザ殿、それは真か?」

「はい。恐れながら」

「子供、を。僕と君の子供──

──そうか! ローザ殿、でかした! アレン、其方もだ!」

「はい、父上!」

「励んだ甲斐があったな!」

「はい! ……え?」

きっちりとした報告をされて初めて、事態と事情が飲み込めたアレンと先王は、思わず要らぬことを叫び合い、

「お二人共! 何を言い出すのですか、はしたないっ!」

昼日中から何を! と王太后の雷を落とされた。

「……悪かった。ローザ殿も、許してくれ」

「申し訳ありません、母上……。ローザ、すまない。……あの。それで、僕はどうしたらいいのかな……。確か、子を身籠ってからの三月目や四月目は、とても大事にしなくてはいけない時期だったと思ったから、うん、ローザ、やっぱり今直ぐ休まないと! 体を冷やしてもいけないしっ。大丈夫、寝所まで君を抱いて行く程度、余裕だから!」

「え、あの、アレン……?」

「アレン、少し落ち着きなさいっっ。貴方がローザ殿を困らせてどうするのですっっ」

けれども、性懲りも無くアレンは喚き出し、困惑顔になったローザを庇いながらの母に、再び雷を落とされた。

その数日後には、ローレシアでもムーンブルクでも、ローザの懐妊は周知になった。

婚礼以前より、アレンとローザの第一子は、ローレシアの跡継ぎとすると決められていた為、何方かと言えばローレシアの方がお祭り騒ぎになったが、ムーンブルクでも、彼女の懐妊を民達は喜び、何方の国でも、お生まれになるのは王子様か王女様か、と賭けにする者達まで現れて、さて、それより数ヶ月。