傷付いた身を癒すのは、彼等を屠ってからで良い、と定めたのだろう。そしてそれは、時を要せずに叶えられるとも思ったのだろう。

手指を斬り落とされても構うことなく、シドーは四本腕を振り下ろし、剣の型を攻撃から防御に変えても、四本もの腕からは逃れられぬと悟ったアレンは身構えたが。

腕は、するりと彼を避け、崩れ掛けの石床を叩いた。

──火の精霊よ、応えよ。ベギラマ!」

ガラガラと床を崩した四本腕の動きが止まった直後には、アーサーの詠唱が響いて、

「効きました! マヌーサが効いたんです!」

何本かの指を失った異形の腕は、更にベギラマの炎に焼かれる。

「アレン、退いていて!!」

続き、ルカナンを唱え続けていた筈のローザの声もして。

──イオナズンッッ!!」

間髪入れず、彼女は爆撃呪を唱えた。

──────!』

渾身のイオナズンは腕の一本を吹き飛ばし、シドーは別世界の言葉を轟かせ、叫びを放ったままの口をガバリと一層広げる。

「又、炎が来るっ。構えるんだ!」

それは、激しい炎の前兆で、アレンはロトの剣を振るった。

「……っっ、二人共、力の盾を!」

ロトの剣が生んだバギクロスは、又もシドーの炎を断ったが、怒りに任せて吐いた様子の灼熱を消し切れず、疾風に打ち勝った炎に巻かれたアーサーとローザへ彼は叫び、

「ベホイミ!」

言われた通り、力の盾で自身を癒してから、二人は同時に、同一の術をアレンへ。

「アレン、大丈夫!?」

「ああ、僕は平気だ」

「く……。未だ足りませんね。腕一本取った程度では…………」

「…………アーサー。貴方、ベホイミは、後どれくらい使えて?」

「ベホイミだけに絞れば、未だ充分に使役出来ます、が。……ローザ?」

「そう。……だったら。────私の魔力を全て、イオナズンに乗せてシドーにぶつける」

幾度目かの癒しを終え、腕をもがれた痛みに呻いている風な邪神より一旦距離を取った三人は肩を並べ、そこでローザは、一撃に全てを託してみる、と告げた。

「え……っ!? 魔力を全て解き放つつもりですかっ!?」

「そうでもしなければ、きっと、シドーは堪えない。その代わり、後は任せるわ。詠唱にも時間が掛かる。……アレン。構わない?」

「…………ああ。時間は稼いでみせる」

それは、策としても、ローザの体力や気力面でも、危険な賭けとしか言えず、アーサーは彼女を思い留まらせようとしたが、アレンは、君がそうするべきだと信じるなら、と頷く。

「……ローザ。これを」

だから、「全く、アレンもローザも……」とブツブツ零しつつ、アーサーは、世界樹の葉を取り出し彼女に手渡した。

「いいですか、ローザ。イオナズンの詠唱を終えると同時に、これを口にして下さい。そうすれば、万が一のことが遭っても、世界樹の葉の持つ霊薬としての力が効く筈です。少なくとも、僕がベホイミを唱える時間は得られます」

「判ったわ」

「ローザ。頼んだ。──アーサー、始めるぞ、いいな?」

「はい!」

差し出された世界樹の葉をローザが握り締めるのを見届け、アレンは二振りの剣を構え直し、アーサーは、彼と彼女の双方に、何時でもベホイミを使役出来る位置を取る。

「シドー、こっちだ!」

「スクルト!」

雷撃と疾風と剣圧が生む嵐を再び起こしたアレンが、邪神の気を逸らせている隙に、ローザは眼前にて両手で支えた雷の杖に、ありったけの魔力を注ぎ込み始めて、アーサーは、可能な限り精霊の守護の盾を厚く、とスクルトを唱えた。

「ぐぁぁぁぁっ!!」

なれど、それ以上の為す術は持たない彼等を嘲笑うように、嵐も、精霊の守護も、未だに包まれているマヌーサの霧も掻い潜った、シドーの長い尾の尖った先が、アレンの腹を貫いた。

「ア……、アレンーーーっ!!」

深々と抉られた腹部の傷からは夥しい鮮血が迸り、カハ……、と喘いだ口許からは吐血が溢れ、音立ててその場に崩れ落ちた彼を、駆け寄ったアーサーは抱き抱える。

──精霊よ! ベホイミ!」

アレンが受けた傷は深過ぎ、息もままならず、アーサーは、翳した右手を彼の腹に押し付け癒しを唱えたが、

「ベホイミじゃ間に合わない……っ! ────命を、御霊を司る、全ての精霊達よ……」

このままでは、ベホイミが効き切るより先に彼の命が奪われると悟ったアーサーは、ザオリクの詠唱に入った。

命や御霊を司る全ての精霊達の力を借り受け、且つ、術者の魔力で以て死に瀕した者の魂を肉体に繋ぎ止める術は、長い詠唱が必要になる。

当然、その間、術者は無防備な状態となる。

それでもアーサーは、自身も、同じく長い詠唱──魔力を全解放してのイオナズンを唱え始めているローザも、危険に晒すのを承知の上で、額に玉の汗を浮かばせつつ詠唱を続け、秘術を唱え切った。

────精霊達よ、我が願いに応えよ! ザオリク!!!」

「……う…………。……アーサー……?」

ザオリクの光に包まれて直ぐ、ぐったりとしてしまっていたアレンの両瞼が薄らと開き、パッと、アーサーは顔を輝かせる。

「アレン! 気付きましたか!? 良かった! ──ベホイミ!」

魂と肉体を繋ぎ止めることは出来ても、ザオリクには受けた傷全ての癒しは敵わぬ為、彼はアレンを抱き抱えたまま、再度ベホイミを唱え、

「確か、僕は……。……アーサー、君が? ありが…………──。……アーサーっっ!!」

「…………あ……」

全部間に合った……と、ほっと安堵の笑みを浮かべたと同時に、アレンの腹に穴を空けたシドーの尾が、アーサーの胸を背から刺した。

「アーサーっ! アーサーっっっ」

「……だ、いじょう、ぶ……です…………っ。アレ、ン……。力の盾、を…………っ」

「ああっ! 待ってろ、直ぐだから!」

大切な友であり仲間である彼へ向けた、穏やかな何時もの笑みもそのままに、けふ……、とアーサーは血混じりの息を吐き、アレンは、力を失いつつあるアーサーの手に握らせた力の盾を、彼の腕毎掲げる。

「どうだ? 大丈夫か? アーサーっ!?」

「…………効いてます、よ……。大丈夫です……。絶対に、死んだりなんか、しません、約束します……。で、でも、僕は、暫く、ベホイミを唱えられな、いかも知れません、から……。……アレン、せめて、力の盾を持って、行って下さ──

──又、君はそういうことばかり! そんな馬鹿を言う暇と力があるなら、自分で、自分の為に! 力の盾を掲げろっ!!」

己を抱き抱えていた彼を抱え返したアレンは、自らの命を諦めた風に言ったアーサーを怒鳴り飛ばし、そのまま彼を横たえ、

──────雷の精霊! 風の精霊! 我が願いに応えよ!! イオナズンッッ!!!」

ガラ……、と二つの剣を引き摺るようにアレンが立ち上がった時、ローザの詠唱が終わった。