「それは、勿論」

「ああ。幾らでも」

彼に釣られた風に、アレクもアレフも、俯き加減になっていた背を伸ばした。

「未だ幼い子供だった頃、僕は、勇者アレクのロト伝説と、勇者アレフの竜王討伐物語が大好きでした。本当に子供でしたから、お二人の話を、寝物語代わりに寄って集って聞かされるのに嫌気が差して、拗ねたこともありましたが、幼かった頃の僕の夢は、お二人のような勇者になって、冒険の旅に出ることでした」

「…………うん。知ってる。ずっと、君を見ていたからね」

「ですが、僕の立場や身分が理解出来るようになってきた、七つか八つの頃。僕は、勇者が嫌いになりました。伝説の勇者達の末裔と言うだけで、お二人を見習って生きろと求められるのが、とても嫌でした。お二人を、疎ましく感じもしました。捻くれていたな、と今では思えますけれども」

「それも、知っている。正直、お前が『勇者嫌い』だった時期は、私達には微笑ましかったよ」

「ならば、その先もご存知でしょう。──それから又暫くが経った、十を越えた頃だったと思います。僕の考えは、所詮、お二人への八つ当たりだと悟りました。直ぐに、そうと納得出来たのではなく、そこからも色々と考えはしましたし、思うことも沢山ありましたが、終いには、理解は出来ました」

「うんうん。そうだったね」

「ああ。そんな頃もあったな」

「あれから数年が過ぎ、この旅に出た今は。幼い子供だった頃のように、されど、あの頃とは全く別の意味で、お二人は僕の憧れの方です。憧憬で、誇りです。尊敬もしています。僭越ですが、父上や母上を想うのと同じ気持ちを、お二人に向けています。この刹那も。この先とて、きっと。────アレク様とアレフ様が、ご自身で選ばれた、ご自身の路を往かれたように、僕も、自分の路は自分で選んだつもり……です。ローレシアの城を飛び出して、この旅を始めたのは僕の意志です。血の所為ではありません。お二人の所為でもありません。……詫びたりなど、為さらないで下さい。有り体に言って、困ります。ロトの血を今に伝えるローレシアの王子に生まれたのは、それこそ運命ですし、僕は、自分では何も選べない子供ではありません」

鏡を覗き込んでいると錯覚しそうになる程、己に似過ぎた面立ちの先祖達を、彼等のそれと等しい色した瞳で見詰めながらのアレンが語ったのは、幼少期から現在に至るまでの間に自身の中で移り変わっていった、その時々の、そして今の、アレクとアレフに対する彼の想いで、

「…………そっか。うん」

「そう……だな。それもそうだ」

先祖達は、ちょっぴりだけ、ばつ悪そうにアレンより目を逸らせる。

有らぬ方を見遣って、胡座を掻き直してみたり、マントの裾を弄ってみたりと、落ち着かぬ素振りも見せた。

「……? アレク様? アレフ様?」

「………………あー、もう駄目だ。駄目だよ、アレン。子孫Loveな爺さんには、耐えられっこないよ」

「は? 何がですか? ら、らぶ?」

「俺の産まれた世界の言葉で、愛とか好きとか言う意味。……じゃなくて、だから──

──アレン」

一体、自分の語りの何が、先祖達から落ち着きを奪ったのだろうと、二人の様を不思議そうに眺めたアレンが、あれ? と小首を傾げれば、アレクは唐突に喚き出し、喚く彼の横から腕を伸ばしたアレフは、むぎゅっとアレンを抱き締めてしまう。

「アレフ様?」

「……いや、お前は、本当に素直に育ったな、と思って、つい。…………可愛い。私の曾孫は、こんなにも可愛い。……良かった。アレンのこういう処は、アレクにも私にも似なかった。ローラの血のお陰かも知れない。有り難う、私のローラ」

「……え? あの、それは、どういう意味で──

──だから。涙脆い年寄り二人は、今現在、とても感激中ってこと。アレンが可愛く素直に育ってくれてるのを、目の当たりに出来て嬉しい、って話。────って言うか、アレフ、狡い。俺も混ぜろ!」

子孫が素直でどうのだの、可愛いが何だだのと、アレンには聞き慣れなかった、空の彼方の異世界の単語も織り混じった大声を放ったアレクも、アレフとアレンの二人纏めて、ぎゅうぎゅう羽交い締めにした。

……アレンの目に映る今の先祖達の姿は、極一部の人間には亡霊が視えるのに似た理屈の、幻のようなものであるらしいから、彼には『そう』視えているだけかも知れないし、『精霊もどき』と化した二人の実体は、雲や風や陽光と同程度なのかも知れないが。

アレンには、痩躯だが身の丈は自身より若干だけ高めの、齢も少々のみ年上な様子の青年に見えるアレフも、年齢も身の丈も体躯も己といい勝負な感じの少年に見えるアレクも、改めて触れ合ってみたら、瞳に映るその姿よりも遥かに大きなモノに感じられ、二人の両腕の中は、父や母の腕の中に善く似ていて。

「…………僕は。お二人の血を引いて生まれて、本当に良かったと思います。その……凄く、嬉しい……です」

小さな声で、照れ臭そうにアレンは呟いた。

────ですが。アレク様。アレフ様。あの、先程も申し上げましたが、僕も、もうローレシアでは成人とされる歳で、小さな子供ではありませんので、こう……全力で抱き締められるのは、些か、その……」

「んー……。人で言えば、確実に四百歳越えてる爺さんと、疾っくに百歳越えてる爺さん達には、十八やそこらの君は小さい子供に思えちゃうんだけど、ま、確かに、子供扱いはアレンが可哀想か。俺達が年寄り過ぎる所為だしね」

「なら、この辺で勘弁してあげよう」

しかし、何時までも甘えていたくなる先祖達の『囲い』を、彼はそっと押し返し、

「…………そろそろ、時間かな。一寸前に、アーサーとローザも気付いた風だ」

「お別れだ。いい加減、お前を戻してやらなければな」

潮時がやって来た、とアレクとアレフは立ち上がる。

「……はい。現実のような、そうでないような所ででしたが、お逢い出来て光栄でした」

「俺もだよ。……でも。こうしての対面叶えたから、これからは、何時でもイケるかも。な? アレフ」

「ええ。私達は、年中アレン達を見守っている訳ですし、一度出来たことは何度でも出来るでしょう」

「あ、アレン。可愛い子孫愛でたさにちょっかい出すにしても、ちゃんと節度は持つからさ。そんな、複雑そうな顔しないでくれないかな? 爺さんは悲しいぞ」

「安心しなさい。幾ら何でも、時と場合くらいは弁える。…………多分」

次いで、アレンも腰を上げたが、先祖達が、「この先は、手出ししようと思えば何時だってー」とか何とか能天気に言い始めた所為で、しんみりした別れの時は訪れず、

「………………取り込み中は、ご容赦下さい。それだけは、宜しくお願い致します。────あ。アレク様、アレフ様。後、もう一つだけ。ロトの──

お二人は絶対、気紛れに顔を見せに来る。何度だって。──と確信してしまったアレンは、ハハ……、っと乾いた笑いを洩らしてから、二人に問いたいことがもう一つあったのを思い出した。

──王者の剣のことも、気にしなくていい。もう平気な筈だよ」

「もう平気……? どういう意味ですか?」

「振るってみれば判る。ハーゴンがお前達に見せた幻の中での出来事が、ロトの剣に関しての諸々に限っては功を奏した。あの剣も漸く、『勇者ロトの血族として以外のお前』と、お前の覚悟を認めたらしい」

「但、ラダトームの武器職人の彼も言ってたけど、王者の剣は、長い年月を過ごす間に心を持って、斬る相手を選びたがる剣にもなっちゃったみたいだから、今まで通り、自分が振るわれるまでもないと思った敵が相手だと、働いてくれないだろうね」

「………………我が儘──。……あー、我が強い……ではなく。えー、意志の強い剣? なのですね? あ、と言うことは、この剣は、お二人共に置き去りにされて拗ねてしまっている訳では無いのですね? でも、でしたら何故、ベラヌールで僕達三人共が見た夢の中で、そのー……」

先祖達から聞き出したかった話──ロトの剣の具合に関する話が始まっても、アレクとアレフの軽い口調は変わらなくて、アレンは再び、微妙な顔になる。

「……ああ、あれは、アレン達がそんな風に考えてるって知ったから、物は試しで謝ってみただけなんだよ。実際、多少は臍曲げてたみたいで、頭下げてもツンケンされちゃったし、その辺のことを君達に伝えたくても声は届かないしでさ。だから君達にも、御免って謝っただけ」

「どうして、ロトの剣がお前の意のままにならないのか、私達にも暫くは判らなくてね。お前達なら何とか……、と構えることにしてみたが、中々どうにもならず、流石に焦って、あんなこともしてみたけれど。私達が思った通り、お前自身が何とかしたから。その辺のことは、もう忘れておくれ、アレン」

語るに連れ、子孫の表情が、如何んとも例え難い、複雑怪奇なそれへと歪んでいくのは判っていたが、先祖達は、激しく感想が告げ辛い『裏事情』の打ち明けを止めず。

「そ、そうですか。………………あ────

「……おや。本当に、とうとう時間切れだ」

「又、次の機会に。恐らく、そう先のことでは無いよ」

せめて、一寸くらいは文句を垂れないと気が済まない、とアレンが決意した直後、彼の視界も意識も急速に霞んで、アレクとアレフの声も、小さく、そして遠くなった。