霞んでいくアレクとアレフの姿を最後まで瞳に留めようと努め、遠退いていく二人の声に耳傾け、が、やがては自然に閉じてしまった瞼を再び開いたら、砂と雪混じりの強風が飛び込んできて、アレンは思わず目許を擦った。

「あ、アレン、駄目ですよ。擦ったりしたら傷が付きます」

「目覚めたのね、アレン。良かったわ……」

ガントレットを嵌めているのを失念し、乱暴なことをする彼の手をアーサーは掴んで、ローザは、ほっと安堵の息を吐く。

二人は、地に横たわる彼の傍らを占めて、その面を覗き込んでいたらしかった。

「アーサー? ローザ? ここは……?」

「ハーゴン神殿の外です。神殿に乗り込む前、余分な荷物を埋めた岩の影ですよ」

「どうしてなのかは能く判らないのだけれど、気が付いたら、私達三人共、神殿の外に倒れていたの。だから、アーサーと一緒に、未だ目覚めていなかった貴方をここに運んだのね。でも、引き摺ってきた貴方を横たえ直してから、そんなには時間も経っていないわ」

「そうか……。有り難う、二人共。……御免、重かったろう?」

「ええ、まあ。ロトの武具一揃え、身に着けてるアレンですからねー。確かに凄く重かったですけど、何とかは」

「それに、アレンには内緒で、ロト様と曾お祖父様が、遠くからこっそり手を貸して下さったみたい」

「あ、確かに、それっぽかったです」

「え? お二人が? …………ん? あれ? アーサーとローザは、何でお二人のことを?」

最後まで失神していたらしい己を安全な所にまで運んでくれた彼等に礼と詫びを伝えれば、二人は、『見えない手伝い』がいたから、と忍び笑い、何故? とアレンは訝しむ。

「実はですね。ルビス様の守りがハーゴンの幻を解いて下さった後、僕も、直ぐには現実に帰れなかったんです。それで、何がどうしたのかと思っていたら、夢を見ている時みたいな感じになったんですね」

「私も、幻を抜けた後、見たことも無いような場所に一人きりでいて、戸惑っていたら夢を見ている風になったの。そうしたら、アーサーが作ってくれた、お揃いのラーの鏡の首飾りが光り始めて、その光の中に、ロト様と曾お祖父様とアレンが、景色も何も無い白い所で話している姿が浮かんだの」

「僕もなんです。首飾りが光り始めて直ぐ、アレン達の姿が見えて、ロト様や曾お祖父様が始められた、僕達に伝えたかったことの話も聞こえてきたんです。なので、幻を脱した僕達が、どんな風になっているのか何となくは判りましたし、アレンがどうしているかも判りましたし、気付いたら気付いたで、ローザと僕は、全く同じものを見て、同じ話を聞いていたんだとも判ったんですね」

「現実に戻ってからも首飾りは光ったままで、姿は見えなくなってしまったけれど、お二人とアレンが、ロトの剣の話をしているのは聞こえたわ。何はともあれ、未だお二人が帰してくれない貴方を安全な所に、と思って引き摺っていた時には、首飾りを通して、お二人の力が何となく伝わってきて。だから、アーサーと私にも、大体の事情は知れたのよ」

「成程…………。じゃあ、お二人が、やたらと僕の胸辺りを突いていたのは、首飾りを通して、アーサーとローザにもあの話を聞かせる為だったのか。……と言うか……今更なんだが、夢じゃなかったんだな……」

すれば、アーサーとローザは彼の疑問に早口で答え、理由を知ったアレンは、色々が腑に落ちると同時に、本当に、『あの時間』は現実だったのだ、と改めて感慨に浸った。

「ええ。……こんなことになるとは思いませんでしたが、ラーの鏡の破片で、お揃いの首飾りを作っておいて良かったです」

「そうね。考えてみれば、首飾りになった小さな破片達も、手鏡になったあれと一緒にルビス様が触れられたのですもの。それなりの力は頂いていたのよ。そして、ロト様や曾お祖父様や、私達の役に立ってくれたんだわ」

「あ、そう言えば、手鏡…………」

その横で、お揃いの首飾りにした小さな破片達がルビスに由って持たされた力のことを、アーサーとローザは喜ぶ風になって、ラーの鏡と言えば……と、アレンは腰の鞄より手鏡を引き摺り出す。

「……え………………」

それは単に、何時か何かが変わってくれるやも知れぬと、期待しつつ持ち歩いていて良かった、との思いがさせた、どうと言うつもりもない行いだったが、被さる布を取り去って鏡面を覗き込んだ途端、彼の体は固まった。

「アレン?」

「どうしたんです?」

故に、一緒になって、ローザもアーサーも手鏡を覗き込む。

「おー……」

「あら。まあ」

「……確かに? 別れ際、この先は何時でも、とか、そう先のことではない、とか、お二人共に仰っていたけれど。幾ら何でも早過ぎる……」

顔寄せ合って、三人が覗き込んだ小振りな手鏡の中には、やっほー、とばかりにブンブンと手を振っているアレクとアレフの姿が、くっきりはっきり映り込んでおり、アーサーとローザは目を丸くし、アレンはガクリと項垂れた。

「…………うわぁー……。鏡越しですけど、感激です。ロト様と曾お祖父様のお姿を、こうして目に出来るなんて」

「本当に、ロト様も曾お祖父様も、アレンに能く似て……。……あ、アレンが、お二人に能く似ていると言うべきなのかしら?」

「お二人は僕達のご先祖様で、僕達は子孫の側ですから。その方が正解かと。でも…………」

「……ええ。ロト様も曾お祖父様も、想像とは大分違う人となりをされていたのは、やっぱり衝撃だったわ……」

「アーサー。ローザ。その話は止めよう。正体が『ああ』でも、お二人はお二人だし。うん」

自分達は直接は触れ合えなかった、何処か知らない場所に存在していた彼等を、鏡を通してとは改めて我が目で見遣れたアーサーとローザは、感嘆の声を放ったけれど、直ぐに先程の『あれ』を思い出し、伝説の勇者達に抱いていた理想は崩れた、と渋い顔になって、出来ればそれに関しては極力触れたくないアレンが二人を制せば、

「…………それもそうね」

「ですねー……。──それはさておき。怪我の功名みたいな感じで、ロトの剣のことも何とかはなったみたいですから、早速、ハーゴンの神殿に乗り込み直しますか?」

「そうしたい処だけれど、踏み込んで大丈夫なのかしら……。ロト様と曾お祖父様が私達にお伝え下さった話は、どうしたって気になるでしょう? 少なくとも私は、どうしてハーゴンは、ああまでして私達をこの場所に向かわせたかったのかしらと、考えずにはいられないわ。恐らく、あの幻を見せたのも、私達の中のハーゴンへの怒りを掻き立てる為の手の一つだったと思うのね」

確かに、先祖達の『正体』に付いては深く語らいたくない、と頷いたローザとアーサーは、気分を刷新し、ハーゴン神殿へと向き直った。

「うーん……。そこは、まあ、気にならないと言ったら嘘になりますけども……」

「どうせ、ハーゴンには、私達がルビス様の守り──自分の仕掛けた幻惑を打ち破る物を手に入れているのも判っていたでしょうし、幻は所詮幻ですもの、何かの切っ掛けさえあれば打ち破られるものでしかないわ。だから、あの幻から私達が抜け出すのもハーゴンは見越していた筈で、ロト様と曾お祖父様が、ああして関わりを持って下さらなかったら、私達は今頃は、あんな酷い幻を見せられた怒りに駆られたまま、神殿の中を突き進んでいたでしょう?」

「それは、僕も思う。アレク様とアレフ様は、何故、あんな話を、とも思ってる。ハーゴンが諸々の策を弄したのは、邪神の生け贄に最も相応しいのはロトの血を引く者達、と言う以外の理由があるのかも知れない、と考えるのが妥当だろう、とも。……でも、ハーゴンの望みが、何としてでも僕達を自分の許に誘き寄せることだとしても、それに某かの意味があるとしても、僕達の望みも、奴の許に辿り着いて、奴を討ち倒すことだ。向こうの思惑がどうだろうと、行ってみるしかない。────だから。改めて、あの神殿に乗り込もう」

眼前に聳える神殿を見上げ、ローザは、再びの突入を果たして平気かと、考えを巡らせる風になったけれど、二人より少しだけ遅れて神殿の正面に向き直ったアレンは、どうしたって、進むより他道は無いと、腹を括り終えた。

「はい。僕もそう思います。ここまで来たら、兎に角、進んでみるしかないです」

「それは……そうね…………。────ええ。判ったわ。行きましょう」

そうして、彼が一歩を踏み出せば、アーサーとローザも、彼の半歩後ろに従い。

又も、砂漠の砂と同じ色した巨大な神殿の巨大な扉は、三人の訪れを歓迎している風に、独りでに開いた。