ハーゴンにしてみれば、初手に滅ぼすのは、サマルトリアかムーンブルクであれば良かった。

何方の国の王都でも構わなかった。

唯、アレン達が、旅を続ける内に、アレフが歴史の裏側に隠した幾つかのことを知り、大魔王ゾーマを討ってよりのアレクの軌跡を辿ったように、『勇者ロトの時代』から今日こんにちまでの歴史の穴や、そこに忍ぶ伝説の勇者達の意図に、ローザの父であるムーンブルク王が気付いてしまったから、彼の都を陥としただけ。

ベラヌールからは遠く離れたロンダルキアより、アーサーに死の呪いを掛けた程の力を持つハーゴンに、ムーンブルク王がそれを知ったと掴むのは容易かった。

だから。

魔王討伐に旅立つ前のロトの末裔達に、ハーゴンは、それを知られたくなかったから。

……それに、ロンダルキアの祠の守人が言っていた通り、ムーンブルク王都を壊滅させるのは、ハーゴンにとっては複数の意味で都合が良かった。

ムーンブルクの都は、ロト三国の王都の中で最もロンダルキアに近い。

ロト三国の民達は、その他の国の民達よりも、邪神に従う三匹の僕達に捧げる生け贄に相応しく、何より、ペルポイの者達等々を贄に捧げるだけでは足りなかった。

そして、彼の都を滅ぼせば──それは、サマルトリアでも同じことだが──、伝説の勇者の末裔達が、先祖達同様、魔王討伐に旅立つ切っ掛けになる。

ムーンブルクを滅ぼして以降、邪神教団が、サマルトリアに何の手出しもしなかったのは、勇者の末裔達を旅立たせること叶えたからで、ローレシアに至っては、端から、攻め入るような真似をするつもりなどハーゴンには無かった。

アレクの血と運命を受け継いだアレフが最初に築いた国であるローレシアには、アレフの想い──勇者の運命から子孫達を救いたい、との想いが最も強く残っている。

無論、サマルトリアにもムーンブルクにも、彼の想いは残っているけれども、生前の彼が過ごした歳月の分だけ、ローレシアに残るそれは色濃く、生まれ持った司祭の如くな力で夫を支え続けたローラ姫の終の住処であったのも相俟って、ローレシアのそれは、半ば結界と化している。

ローレシアの大地が、スライムのような弱い魔物以外の出没を、容易には許さぬのも故にのことだ。

だから、その意味で、魔物達にとってローレシアは犯し難い地となっているし、先ずは、今を生きる者達の中で、最も勇者の血と運命を背負うアレンを旅立たせなければ、ハーゴンは、一連の行いを起こした意味を失う為、アレンの故国は、最初から度外視されていた。

そして。

ムーンブルク王都の者達を悉く屠ったのに、ローザにだけは変化へんげの呪いを掛けたのも。

彼女には変化の呪いを掛けておきながら、アーサーには死の呪いを掛けたのも。

ローレシアに、魔物の神官のみを送り込んだのも。

勇者の末裔達が、ロンダルキアを目指す足を留めさせぬ為の謀。

旅半ばで、ロトの末裔達の息の根を止める気も、ハーゴンには無かった。

アレン達が死にさえしなければ、それで良かった。どのような呪いを掛けようと。寧ろ、程々で解ける呪いでなければならなかった。

アーサには死を垣間見せ、ローザには変化を齎したのは、それが一番、アレン達の怒りを掻き立てるだろう、と看做した為で、ローレシアにあの神官を送り込んだのも、邪神教団がローレシアに手を伸ばそうとしているとアレン達に思い込ませる為で。

唯々、偏に、伝説の二人の勇者の末裔達が、当代の勇者となる者達が、魔王討伐を志しつつロンダルキアを目指し、遂には辿り着くこと、それのみが、ハーゴンの望みだった。

邪神教団大神官ハーゴンは、何も彼も、唯、それだけの為に。

────先祖達に伝えられたのは、そんな風なことで。

「どうして、そこまでして僕達を誘き寄せたいんだ、ハーゴンは……っ。ロトの血こそが、邪神の生け贄に相応しいから? 僕達こそを、贄に捧げたいから? ……それだけの為に、異形の神を招くだけのことに、数多の人の命まで奪っておいてっっ!」

アレンは唇を強く噛み締め、拳を握り固めもしたが、アレクもアレフも、問い混じりの叫びには応えてくれなかった。

「……アレン。もう少しだけ、付き合ってくれるかな」

応えは返さぬまま、するりと話を変え、アレクは、すまなそうに笑う。

「はい。アレク様。……あ、でも…………、アーサーとローザは、無事なのでしょうか。二人は、何処にいるのです?」

「アーサーとローザのことなら、心配しなくていいよ。二人は今、現実に戻ってる途中。もうそろそろ、目が覚める頃だろうけどね」

「そうですか。彼等が無事でいてくれるなら、僕は構いません。幾らでもお付き合いさせて頂きます。お二人のお話を、お聞きしたいです」

「有り難う。なら、お言葉に甘えて。────ゾーマを倒して直ぐの、丁度、今の君といい勝負の歳だった頃から、何も彼も諦めてた間も。諦めるのを止めて、死ぬまでの間も。俺は、俺に考え付く限りのことをした。小細工としか言えないことも。出鱈目なことだってやった。再会した仲間達も手を貸してくれたし、死に損なってる今でも、足掻けるだけ足掻いてる。……それは、俺自身がしようと決めたことで、結果には満足してないけど、後悔もしてない。……アレフだって、そうだろう?」

「ええ。────アレン。私も、竜王を倒してから死ぬまでの間、思い付く限りのことをして、出来る限り足掻いた。生きていた頃は、ローラと共に。死んでからは、アレクと二人で。……未だ、満足な結果は得られていないが、悔いは無い。私自身が、そうしようと決めたことだから」

後一寸だけ、と言いながら、又も口を開いたアレク同様、アレフも言い募り出した。

「…………でも、さ。諦めるのを止めて、望みを抱えた俺がしたことも、遺したものも、勇者の運命を引き摺るかも知れない子孫に伝えようと帳面に書き殴った『想いの丈』も。アレフの運命や人生を、引っ掻き回してしまっただけなのかも知れない……、って。こっそり、思うことがあるんだ」

「アレクが遺してくれたものを受け取って、同じ想いや望みを抱え、同じ路を辿った私も。アレン、お前達の運命や人生を、狂わせてしまったのかも知れない、と。思うことがある」

「何も彼も断ち切りたかったら、血なんて伝えなきゃ良かったんだと、言う人もいるだろうけど。俺だって、もしも好きな人が出来て、その人と結ばれたら……、とか、好きになった人の子供が欲しいな、とかさ。極々普通の夢は見たかったし、実際、見たんだ。だから…………。……だから、俺はその道を取った。アレフも、ローラと好き合って、結ばれて。……そりゃあ、うん。子供は望むさ」

「人の男女の間のことだ。そうなれば、子を望むのも、産まれるのも自然だ。アレクがそうだったように、私も、私とローラの血を分け合った子を望んだ。けれど、その所為で。私達の行いの所為で。私達が、何も諦めず、望みも手放さず、我が道ばかりを辿った所為で、お前達は……。悪戯に余計なことをせず、お前達の勇者としての力を割ったりしなければ、お前達を苦しめずに済んだだろうに、と思ったりもして…………」

「……………………えっと。要するに。俺達は凄く身勝手で、やりたい放題のことばかりしてるんじゃないか、って。可愛い可愛い子孫達に、迷惑押し付けてるだけなんじゃないか、って。…………だから、その。アレン。御免」

「すまない。許しておくれ」

そうして、又も、代わる代わるに語った二人は、何時かも夢で告げた詫びを、アレンへ。

「アーサーとローザは。敢えて、ここには連れて来なかったんじゃない。『来られなかった』んだ。アレンは、姿形から俺達に生き写しで、この時代に生きる誰よりも『伝説の二人の勇者』に近い、最も『勇者の運命』を背負う、俺達の末裔だから。君だけは、連れて来られた。……それくらい、俺達は、君に一番、山程のモノを持たせてしまった。持たなくても良かったモノばかりを。…………御免な」

「後々を考えて、私はローラと二人、ローレシアを大国にまで育てたけれども、それも、却って良くなかったのかも知れない……。只でさえ、ロトの血を引く勇者の運命を背負うお前を、ロト三国筆頭ローレシアの王太子としても、思い詰めさせてしまった。……許して欲しいなどと、本当なら言えた義理では無いが…………許しておくれ、アレン」

それは、伝説の二人の勇者の懺悔に他ならず。

「…………アレク様。アレフ様。今度は、僕の話を聞いて頂けませんか」

ほんの少しの沈黙を挟んでから、アレンはもう一度、姿勢を正し直した。