それより暫くも、アレクとアレフは、「でもまあ、死に損ないとは言え、精霊もどきになれたお陰で、人には無い妙な力は持てた」とか、「けれど、その力自体が中途半端だった所為で、こんな所にまでアレンを引き摺り込む羽目になってしまった」とか、ぶちぶち零し合い、

「あーのー……。アレク様。アレフ様。……それで?」

掴みたくはなかったが、段々、彼等の、性格と言う名の『正体』が掴めてきたアレンは、棒読み口調で話の先を促した。

「あ、御免。…………何処まで話したっけ」

「お二人には、僕に伝えたいことがあり、その為に、精霊となられてから得られたお力で以て、僕を『ここ』に連れられた、と言う処までです」

「ああ、そうだったっけ。って言うか、アレン、一寸声が冷たい……」

「アレク。又、話が逸れています」

「……御免ってば。じゃ、本題」

と、アレクとアレフは、こほん、と、わざとらしい咳払いをしてから居住まいを正し、一転、表情を塗り替える。

「…………もう、四百年前かな。さもなきゃ五百年くらい前の。俺自身、何時だったか忘れた遠い昔に、俺は、この世を去った。でも、世界に溶けて、世界に在り続けた。……ずっと、見ていた。世界の中に溶けたまま、俺の血を受け継いだ皆を、ずっと見続けた。その内に、俺はアレフを見付けた。アレフは、血だけじゃなくて、運命まで受け継いでた。……勇者の運命。そんなものまで。受け継いでなんか欲しくなかったのに。けど、アレフは自ら勇者の路を選んで、竜王を倒して、俺みたいに、死んでも望み続ける願いと想いを世界に残したまま逝って、やっぱり俺みたいに世界に溶けた。……元々から血族の、人で無くなったモノ同士、巡り逢うのは簡単だったよ。願いも想いも等しかったしさ。俺はずっと、アレフを見ていたしね。だから、世界に溶けたアレフを俺が見付け直した後、一緒に在ることにした俺達は、今度はアレン、君を見付けた。アーサーもローザも見付けた」

「生前の私には、アレクは何も呼び掛けなかった。唯、ひたすらに私を見守り続けたのみだった。そうと知ったのは、私がこうなった後のことで、生きていた頃、私に受け取れたアレクの想いは、今も未だ竜王の曾孫の許にある、備忘録のみだった。……世界に溶けて、生者でも死者でも無くなり、アレクに見付けて貰って。共に在るようになり、お前達を見付けた私達は、ハーゴンのことも知った。この世界に現れた、三度みたび目の…………。……だが。アレクが、見守る以外の関わりを生前の私とは持たなかったように、私達は、お前達と関わるつもりは無かった。少なくとも、始めの内は。お前達の辿る路は、何も彼も、お前達自身で選び取るべきだから。お前達に良き日々が齎されるように祈るのが関の山、そう思っていた」

「では、どうして、お二人はあの夢を?」

面を引き締めたアレクとアレフの語りは、そんな風に続き、ならば、己にあの夢を見せ続けたのは何故か、とアレンは問うた。

「竜王の曾孫が、神への嫌がらせ代わりに君達に聞かせた話。あれを覚えているだろう? ────本当のことは判らない。死に損なって、こうしている今でさえも。竜の彼の言葉通り、俺達は、辿った数奇な運命に惑わされて、有り得もしない幻を見ていただけなのかも。勇者の使命を全うしてからの俺達は、滑稽で馬鹿馬鹿しい妄想を抱えなくちゃ、正気でいられなかったのかも知れない。でなくちゃ、生きていけなかったのかも知れない。…………でも、アレン。俺は今でも信じてる。ロトの血に課せられた勇者の運命、それは、神の呪いだと。そして俺達は、絶対に、俺達の血を引く者達を、『神の呪い』から救ってみせると誓ってる。こんなモノになっても諦めない。諦めるのは、もう遥か昔に止めたんだ」

「だから。諦めていないから。触れてはならないお前に、お前達の旅に、私達は触れた。夢を通して呼び掛けた。……アレクが、大魔王ゾーマを討ち果たしたのは、四、五百年もの昔だ。その後、竜の女王の子が『竜王』として現れるまで、三百乃至は四百年。なのに、私が竜王を討ってからお前達が旅立つまでの間は、約百年。勇者に討ち取られなくてはならない魔の出現が、早まっている」

「そうですね……。確かに…………」

「もし、ロトの血に課せられた『勇者の運命』より私達が感じ取り、今尚信じるものが真なら。神とやらの望みがそこにあるなら。お前達から先のロトの血筋は、代を空けず、魔を討ち取り続けなくてはならなくなる。世界の敵となった魔王を討ち取るだけの運命を辿らされることになる。そんなことは、もう……私達には耐えられない」

「このまま、何も変わらなければ。君達がハーゴンを討ち、平和を勝ち取っても、きっと、君達の子供か孫が、再び魔を討たなくちゃならない日が来る。子か孫が、四度よたび目の魔を討ち取っても、その子も、又。……俺やアレフや、アレン達のように、血筋と言う枷はあっても、自分から望んで勇者の路に立つならいいよ。何も言わない。手出しもしない。けど、代々続く魔王討伐なんて、苦痛だけを生む、否応無しの義務にしかならない。…………だからさ。そうならないように、と思ったんだ。万が一にでも、可愛い可愛い子孫達に、そんな運命辿らせたくないから」

「……アレク様、アレフ様…………。……僕達含め、お二人の末裔を想って下さるのは、とても嬉しいです。ですが、その為に、してはならぬことをされたなら、お二人が……」

「そんなこと、アレンが気にする必要は無いよ。今は精霊みたいなモノでも、疾っくに死んだ俺達が、生きてるアレンに触れちゃいけないのは承知の上。でも、ロトの血に課せられた『勇者の運命』は神の呪い、と断じた瞬間から、俺達は、神の禁忌を犯したも同然だからね。あの世にも逝かず、世界に溶けちゃったしさ。犯す禁忌が詰み上がったって、今更。大人しく逝ってやる気も更々無い。幽霊よりは可愛気あると思うし、幽霊が化けて出られるなら俺達だって無問題だし、文句があるなら、この世を漂ってる霊魂の全部、天国に連れてって見せやがれ、って神に言ってやる。大魔王に喧嘩売った勇者は、神にだって喧嘩が売れるんだよ」

アレンの問いに、代わる代わる答えたアレクとアレフは、今更、この世の理など知ったことではない、と言い切り、やけに軽い口調で以て、人の身で、人には滅ぼせぬ筈の大魔王や竜王に挑んだ勇者は神にも挑める、大魔王も神も程度は似たようなもの、自分達の肩書きや経験は伊達じゃない、と笑みつつ言ってから、

「アレク。その手の本音語りも程々に。何時まで、アレンをこんな所に引き止めておくつもりですか」

「えーー……。いいじゃないか、一寸くらい。可愛い可愛い子孫を少しでも長く愛でてたい、何百年も存在してる爺さんなんだよ、俺は。年寄りの楽しみ奪っちゃ駄目だって。でも、まあ……、確かに何時までもは、か。────じゃあ、アレン。話の続きだ。……そういう訳で、ここに君を引き摺り込んだ俺達が伝えたかったのは、たった今した話と、ハーゴンに関わる話なんだ」

少々の与太を経て、再度、彼等は面持ちを塗り替える。

「ハーゴン、ですか」

「うん。……諦め自体を忘れたし、願いは絶対に叶えると誓ってもいるけど、正直、今でも、何をどうしたらいいのか判らない。妙な力を得ても、俺達に出来るのは、血族を見守る程度。但、語り掛けられはするから、アレン達には知る術も無くても、俺達には知れることを伝えられたら、何かが変わってくるかも知れない。少なくとも、君達の戦いの邪魔にはならない……と思う。……御免、一寸、そこは自信無いかな。……でも、だから、ハーゴンの話をしたいんだ」

「私達は、世界に溶けてしまったモノだから、やろうと思えば、或る程度までは世の動きも見遣れる。人には知れぬことも、多少は余分に知っている。それを、お前達に。……とは言え、真実や真相も、辿る路を選ぶのと同じく、お前達自身で掴むべきものだから、そう多くは語れぬけれど、言える限りは伝えよう。────ハーゴンが、ムーンブルクの王都を滅ぼしたのも、ローザに変化の呪いを掛けたのも、アーサーに死の呪いを掛けたのも、ローレシアに悪魔神官のみを送り込んだのも。全ては、お前達を、ロンダルキアに築いた自身の神殿へ向かわせる為だ」

「僕達を? ムーンブルクを襲った時から既に、ハーゴンは、その腹積もりだったと…………?」

「ああ、そうだ」

……そうして、改めて口開いた先祖達の『ハーゴンに関わる話』は、アレンにとっては、辛さと憤りを覚える話だった。