「…………はい。……ですが、今は取り敢えず、彼等のどんな都合がムーンブルク王都を滅ぼす理由の一つに成り得たのかは、考慮しないで話を進めますね。────ムーンブルク王都の人々は、犠牲にされてしまいました。この二、三十年の間には、ペルポイの人々も、教団の信徒達も、少なからず生け贄にされたんだと思います。なので、状況からしても、守人の彼の話し振りからしても、既に、ハーゴン達は三匹の僕達の召喚は終えている、と見た方がいい筈です」

思い出すだけで胸の奥が軋む、守人の例の呟きを話題にせざるを得なかった所為で、三人の間には沈黙が落ち掛けたが、アーサーはそれを無理矢理に払って話を続け、

「……だな。その可能性の方が高い」

「そうね……」

「ですから、このこと──ハーゴン達が、邪神の僕達に生け贄を捧げて、邪神そのものにも生け贄を捧げようとしている、と言うこと。即ち、彼等は、彼等にとっての神々を召喚しようとしている、と言うことを、改めて考えてみましょう」

「…………? 連中が、連中の神を召喚するとは、どういうことかを? ……文字通りの意味……だろう?」

「ええ。まあ、言葉通りの意味ではあるんですけどね。──その辺をふらふらしている魔物は別ですが、本来、この世界には存在しない筈の神や精霊や悪魔達を招いたり、具現化させたりする行いは、召喚術、又は召喚魔法の領分です。あくまでも、僕達人間から見た場合の話ですけど、神や精霊のような、人よりも高位で、祈りの対象とされる存在を召喚するには、ほぼ例外無く、何らかの媒体や憑依対象が必要です。具体例の一つは、僕達がルビス様の加護を賜る為に集めた五つの紋章ですね。……で、悪魔のような、人よりも下位で、『呼び付ける』対象にしかならない存在を召喚するには、魔方陣が作り出すような限定された空間と、餌、若しくは取引材料が必要です」

「……御免なさい、アーサー。召喚術に絡む学術的なことは、私も能く判らないの。もう少しだけ、話を簡単にして貰えないかしら」

召喚術や召喚魔法に付いて語り出した彼に、「苦手な分野の話だわ……」と、ローザは小声で訴えた。

「え? ……ええと、平たく言えば、神様や精霊になら自分の体を貸してもいい、と思える人はいても、悪魔や穢れたモノに体を貸したいと思う人は先ずいない、ってことです。神様や精霊は、明け渡した体や綺麗な物に降臨して頂く。でも、悪魔達は餌で釣って無理矢理引き摺り出す、みたいな?」

「………………いきなり、話の程度が酷く下がったが、判り易くはあるな。僕でもすんなり飲み込めた。──それで?」

「あ、はい。──この話は、つまり、邪神や邪神の僕達は、ハーゴン達には神でも、僕達にとっては、そして客観的には『魔物』でしかなく、その召喚には、生け贄──即ち『餌』が必要だ、ってことなんです。贄を求める神が存在しないとは言いませんが、魔王や悪魔族達を僕に従えている以上、邪神は『僕達の言う神の定義』からは外れます。少なくとも学問上は。…………と言うことは。邪神やその僕達の召喚には、餌で以て呼び付ける方の術を用いないと駄目で、魔方陣のようなものが作り出す限定された空間も必要になります。だとするなら、邪神は兎も角、その正体は魔王や悪魔と判明している三匹の僕達は、限られた場所から離れるのは容易でない、と言うことにもなって、その場所さえ探し出せれば、事前に、些少なりとも対策は立てられます」

噛み砕いた説明をして、と彼女に求められた途端、アーサーは、とってもとっても判り易く言い直してくれ、「少し砕け過ぎなのが、子供扱いされたようで気になるけど、そこまで簡単に言い換えられるなら最初からそうしてくれ」と、こっそり苦笑しながらもアレンは続きを促して、「だから、万全には程遠いけれど、打つ手が無い訳でもない」と、アーサーは語った。

「……若干自信が無いんだが、今の話は、そういう理由があるから、邪神の僕な三匹は、出現する場所が限られている筈と言う解釈で、いい……んだよな?」

「はい。そうなる理由を全部省いて、結論だけ言えば、そうなりますね」

「…………アーサー。その言い方は止めてくれ。何となく落ち込みそうになるから」

「アレン。気にしないの。私まで落ち込みそうになるから、それこそ止めて頂戴」

「あれ。もしかして、僕の説明、判り辛かったですか?」

「…………そういうことじゃないわ」

「…………ああ。そういうことじゃない。あー、だから。神学も絡む話は、僕達には馴染みが無いから、取っ付き辛かったと言うか。そんな風な意味」

でも、彼の語りの全てを、きちんと咀嚼出来た自信が持てなかったアレンとローザは、ちょっぴりだけ落ち込み、そんな二人へ、アーサーは素朴に『余計な一言』を告げて、だから、彼と彼女は余計に落ち込んだ。

「そうなんです? ちゃんと伝わったならいいですけども。──それで。三匹の僕の呼び付けられた場所が限られていて、少なくとも今は未だ、その場から離れられないとしたら、こちらの準備を整えてから近付けばいいですし、彼等とは相反する聖なる力で場を抑え込めたら、多少は彼等の力も削げて、やっぱり多少は、有利に戦えるんじゃないかと思うんですね」

「成程……。確かに、君の推測通りだったら、こちらが有利にはなるかも知れないな。……でも、アーサー。その手の場所を抑え込むって、どうやって?」

「…………ああ、そういう話なら、私にも口を挟めるわ。アレンにも馴染みのあるもので言えば、聖水を使ったり、トヘロスの術を唱えたりするようなことよ。トヘロスをずっと強力にした感じの術とか、儀式のようなことが出来れば可能ね。…………とは言え。そんな術、あるかしら? 私には心当たりも無いわ」

「僕にも、心当たりはありません。ですけど、ハーゴン達が使ったそれが魔方陣を用いる召喚術なら、魔方陣を黙らせるトラマナと、結界魔法のトヘロスを組み合わせれば、場を抑え込むと言う僕達の目的は達成出来るんじゃないかとも思うんです。──なので。ローザ、開発に励んでみません?」

どうして、アレンとローザが落ち込んだ素振りを見せるのか、能く判らなかったらしいアーサーは、とっとと話を元に戻したばかりか、「どうやって、今上がった方法を実行するんだ?」と、今度は盛大に悩んだアレンや、そんな術は知らない、と訝しんだローザへ、ほんわり、と笑みつつ、無ければ創る、と言い切り、

「励む……のはいいけれど…………。アーサー、貴方が言っているのは、複合魔法を創り上げようと言うことよ? …………でも、そうね。やるしかないわね。……判ったわ。やってみましょう」

一瞬のみ絶句したものの、ローザも、しっかりと頷いた。

「なら、もう少し、ここに厄介にならないとだな」

「……あ、そうなっちゃいますね。でも、こっちさえその気なら、便利なんですよね、この祠」

「この際よ、最大限活用させて貰いましょう。正体や本音がどうあれ、ここの人達も、私達の『協力者』なのに違いはないのだから。こちらに期待もしているのでしょ? 彼等は」

「そうだな。利用出来るものは何でも、と開き直ってしまうか。……ああ、そうだ。そうなると、二人はそちらに掛かり切りになるだろうから、他の用は僕が片付けるよ。毎日の支度や茶を淹れるくらいなら僕にも出来る。味の保証はしないし、茶菓子を拵えるまでは無理だけど」

「…………今、一寸だけ、アレンが一生懸命、お菓子作ってる処を想像しちゃいました。案外、似合う……かも?」

「え……。そ、そうかしら……。……ま、まあ、それは兎も角。食事の支度とかを、全てアレンに任せるつもりはないわ。煮詰まった時にお料理をすれば気分転換になるもの。それに、貴方には貴方で、することがあるでしょう? 昨日までのようなやり方は許さないけれど、鍛錬もしなくちゃならないでしょうし、他にも、色々。だから、気にしないで」

「……そうか? でも、手伝えることがあれば手伝うから。──じゃ、取り敢えず、食事にしないか。お腹空いてきたんだ」

そうして、その試しの為にも、やはり、もう暫くこの祠に居座らせて貰おうと三人は決めて、与太話も交えつつ、夕食の支度を整えに行った。

────それから。

その日の夕餉や湯浴みを終えて直ぐ、アーサーとローザは、複合魔法の開発と言う、この上無い難題に挑み始め、何処から見付けてきたのかアレンには判らなかったが、高く積み上げた大量の白紙と、アーサーの趣味の書き物帳を振り回したり散らかしたりしながら、ああでもないの、こうでもないのと喚き始め、その手合いには相槌すら打てないアレンは、手持ち無沙汰になってしまったのと、申し訳なくも思ってしまった為、そんなこと気にしなくていい、買って出なくていい、と口では遠慮しつつ、あれが飲みたいだの何が飲みたいだの、こっちから何を取って、あっちから何を取って、と容赦無く言い付ける二人の小間使いさながらに、アーサーとローザの周囲をうろちょろして。

……そんなこんなの内に、その夜は終わった。