室内を飛び交うアーサーとローザのやり取りが、これっぽっちも判らない……と、ちょっぴりだけ落ち込んだアレンは、何時しか、暖炉前の寝床を覆う毛布に突っ伏して眠ってしまった。

眠りながらも、竜王の曾孫に曰く、勇者ロト同様『勇者の運命』から子孫達を救い出す為に足掻いたと言う、疾っくの昔に鬼籍の人となった曾祖父母相手に、「僕も、少しだけでいいから魔力が欲しかったです。魔術のことが理解出来る才が欲しかったです。僕では、アーサーとローザの手伝いも出来ません……」と、子供のように駄々捏ねたくらい拗ねもした彼が、習慣通りの時間に目覚めた早朝、室内は、物凄い有様になっていた。

書き損じたのか、くしゃくしゃに丸められた紙や、思い付きを書き留めた様子の紙達が、足の踏み場も無いまでに床に散らばっていて、媒体を使おうと考えたのだろう、口が開かれたままの荷物袋の中から引き摺り出された道具達も、あちらこちらに転がされており、眠気覚ましにガブ飲みしたらしい茶のカップは幾つも積み重なって、どうやら徹夜で知恵と知識絞りに挑んだ様子の、虚ろな目をした『魔法使い』二名は、まるで幽鬼の如くフラフラしていて、唖然としたアレンは、室内の惨状に目を丸くする。

「お、おい……。二人共…………」

「…………ああ、アレン……」

「……おはようございます………………」

目を見開き声掛けてきた彼を、ボーーーーー……、と胡乱に宙を見詰めていたローザとアーサーは漸う振り返り、覇気の欠片も無い声を出した。

「アーサー。ローザ。……大丈夫か?」

「……駄目です……。大丈夫じゃありません、駄目なんです……。……どーーしても上手い知恵が浮かばないんですよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「……そう。駄目。駄目なの。駄目ったら駄目なのーーー! ……ねえ、私って馬鹿? 馬鹿なのかしら!? ぜんっっぜん、解決方法が思い付かないなんて!!」

色んな意味で大丈夫じゃない……、と思いはしたが、一応、二人の顔を覗き込みつつ、ヒクリと顔引き攣らせたアレンがご機嫌伺いをしたら、アーサーもローザも、きぃぃぃ! と大声で喚き出し、

「初日から、いきなり、そんなに根を詰めなくとも……。……兎に角、一旦休んだらどうだ? 徹夜したみたいだし、寝不足の、煮詰まり切った頭で考え事をしたって上手くいく筈無いから、寝た方がいい。第一、何時までもそんな風にしていたら、体に障る」

耳劈く大絶叫に、おおう、と今度は仰け反ったアレンは、アーサーとローザの片腕をそれぞれ引っ掴んで、寝床に導き、少々強引に横たわらせた。

「でも、頑張らないと……」

「ええ、何とかしないと……」

「だからー。二人共、いいから寝る。黙って寝る。ぐだぐだ言わない! 二人がしようとしているのは、かなりの難題なんだろう? そんなものが、一晩やそこらで何とかなる筈無いだろう? 大丈夫、アーサーとローザになら叶えられる筈のことだ。……な? 心配しないで。お休み」

転がされ、毛布を掛けられても尚、アーサーもローザもごねて、そんな二人を、小さな子供を相手にしている風に宥め賺した彼は、日課をこなす為にも着替えようと、片膝付いていた彼等の傍らより立ち上がり掛けたのだけれど。

「枕が欲しいわ」

「そうですねえ、枕が無いですねえ」

寝かし付けに成功したと思った彼女も彼も、ガッシッ! とアレンの服の裾を掴んだ。

自分達は今から寝るのに、『枕』が何処に行く? と。

「あのな……」

「だって。……ねえ? ローザ」

「ええ。ねえ? アーサー」

「それに、僕達が目を離すと、アレンは碌なことしませんし」

「そうそう。その通りよ。落ち着いて眠れないもの」

「………………いい加減にしてくれないか、本当に……。……あーもー、いいよ、もう。どうとでもしてくれ、好きにしてくれ……。その代わり、枕は腕じゃなくて膝な。僕は起きたばかりなんだから」

だからアレンは、盛大に呆れ顔を拵えたが、逃して貰えないのは目に見えていたので、『毎度の枕』でなく膝を彼等に提供し、枕を得た途端、アーサーとローザは、デロッ……と軟体動物さながらに彼に凭れて突っ伏しつつ爆睡した。

懇々と眠り続ける二名の枕を務め始めて暫く、アレンは、直ぐそこに転がっていた隼の剣だの雷の杖だのの具合を確かめ手入れをし、雷の杖の柄で何とか引き摺り寄せたロトの剣や稲妻の剣の手入れもし、手が届く限りの紙屑を拾っては屑入れに放り投げたりもして、やることもないし眠くもないのに動けない、とブツブツ零しながら、やはり手近に転がっていた、文字で埋め尽くされている紙を掴み上げては斜め読みし、放り出し、又、掴み上げては……を繰り返して、それらに書かれていたことが専門的過ぎた為、「一文字も読めない、勇者ロトの世界のそれを眺めている気分だ」と溜息を吐いてから、アーサーとローザの眠りの深さを確かめ、そう……と寝床を抜け出し、支度を整え調理場へ向かった。

かなり空腹を覚えていたので、適当に、手を入れずとも食べられる物を口の中に放り込みつつ、爆睡中の二人が目覚めたら食べさせようと、昨日ローザが焼いていたパンに干し肉等々を挟んだ物を拵えてから、彼は一人、祠を後にする。

アーサーとローザに叱られずに済む程度──とは言え、性懲りも無く──、『雪原にての単独鍛錬』に挑んでから祠の敷地内に戻り、彼は今度は、腰に佩いたロトの剣を抜いた。

「これも、何とかなってくれれば有り難いんだけどなあ……」

ロンダルキアの祠に到着した翌日、祠に留まる為の言い訳として、ロトの剣を引き合いに出したが、どうにかして使い物にしたい、と言うのは本音で、手探りながらも、この先で自分達を待ち受けている敵達に挑む為の手立てを見付けられそうな今、ロトの剣を、伝説で語られている通りの剣として甦らせる術も見付けられれば……と、アレンは眼前に掲げた『伝説の剣』を見詰めた。

そんなに都合のいい話は、早々転がってないよな……、と頬に苦笑を刷きつつも。

────アーサーが言い出した、少なくとも最初の内は冗談だった、アレクにもアレフにも置き去りにされた所為でロトの剣は拗ねてしまったのではないか、とのそれを、ベラヌールの宿屋で見せられた先祖達の夢と合わせて鑑みると、「え、やっぱり、それが真相……?」と偉大な先祖達に恨み節を垂れたい気分に陥るが、ラダトームの老舗の武器屋の老職人は、ロトの剣は、斬る相手を自ら選んでいるのではないか、と言っていたから、未だ、ロトの剣の機嫌が云々の所為で……、と決まった訳ではない。

……否、未だ真相は明らかにされていない、と思いたい。己の心の平穏の為にも。

──兎に角。

そうと決まった訳では無いなら為す術はある筈で、故にアレンは、掲げたロトの剣へ、傍目には睨み付けているとしか思えない眼差しを注ぎ、

「うーーん…………。斬る相手を選ぶ、か。そう言われてもなあ……」

盛大に頭を悩ませ唸りながら、剣技の型をなぞり始めた。

何時しか、肩を並べる者は皆無に近いだろう程の剣士へと成長した彼は、そうしていれば、心も頭も澄ませることが出来るし、気分も落ち着くのが常で、だが、その時だけは、こんな風にしている分にはロトの剣が伝えてくる感触も何ら遜色無いのに……、との訝しみの方が勝ってしまって、彼は又、溜息を洩らす。

「やっぱり、駄目……────。……ん? いや、でも。だとしたら、何でだ?」

ああ、もう集中も出来ない……、と溜息を零してしまった己へ向けての溜息も吐いた彼は、腕を下ろし、剣を鞘へ納めようとして、ふと動きを止めた。

────約一年前、この旅の最中より、自分達はロトの武具を集め始めた。

光の玉を探しに訪れた竜王城跡地で竜王の曾孫に出会し、あの彼に、「五つの紋章を探し、世界を巡りがてら、其方達の『力』となるモノも探すが良い」と告げられたから。

自ら討ち倒した竜王の子に、勇者アレフが預けた物の一つだと言うロトの剣を見せられて、「これも、其方達の『力』となるモノの一つ」とも言われたから。

彼の、その助言を切っ掛けに、自分達は。

はっきりと言葉にされた訳では無いが、彼は暗に、ロトの武具を探す旅をしろ、と告げているのだろうと思ったから、彼の言う通りにしてみることにしたのだ。

……あの時は、自称しているだけで本当に竜王の曾孫なのかも判らない、人をおちょくるのを生き甲斐にしているような竜族の助言に従うなんて業腹過ぎる、と歯噛みしたけれど、こうしてロンダルキアに足踏み入れ、ハーゴン神殿を目前にした今となっては、竜王の曾孫の助言は正しかったと解る。

なのに、ロトの剣のみが、彼曰くの『力』に成り得ないのは、おかしく思える。

こんな言葉を引き合いに出したら、本当にロトの剣が拗ねてしまうかも知れないが、伝説の剣が『なまくら』だとするなら、あの彼のことだ、自分達との初邂逅を果たす以前に、そうと悟っていた──即ち、ロトの剣も、自分達の『力』となるモノの一つ、とは言わなかったろう。

………………と、言うことは。