その後。

揃っての朝食を済ませた直後、「これまでの自分の態度がそこまで思い詰めさせてしまったからにせよ、例え何が起ころうと、メガンテの使役だけは絶対に許さない」と言い出したアレンと、「判ってはいますから、そこの処を蒸し返さないで下さい、そもそもアレンの所為です」と言い返したアーサーの口喧嘩が勃発し、黙って聞き流せば未だましだったろうに、少年達の言い争いに、「双方共、悪さと馬鹿さ加減はいい勝負だ」とローザが嘴を突っ込んでしまった為、口喧嘩は三つ巴のそれに発展し、三人揃ってぎゃあぎゃあと言い合っていた途中、どうしてか話が逸れて。

はた、とアレンが気付いた時には、この数日していた魔物達が相手の『鍛錬』に、アーサーとローザを伴って繰り出すと決まってしまっていた。

「一寸待ってくれ、二人共。どうして、こんな話になったんだ?」

「どうしてもこうしても、アレンが悪いからですー、だ」

「何を言っているのよ、アーサー。アレンも悪いけれど、貴方だって悪いわ。──大体。アレン。もうここまで来ているのに、貴方一人だけがロンダルキアの魔物達の強さや特色を判っていても意味など無いわ。アーサー、貴方もよ。いざと言う時にはメガンテで、とか何とか馬鹿げたことを思い付く前に、もっと他に出来ることをするのが筋よ。だから、三人で『鍛錬』に行くの。判った? 判ったら行きましょう。ほら、早く!」

そうと話が纏まってから、何がどうなればこうなる、とアレンは悩み、全部アレンの所為だと、アーサーはツーンとそっぽを向き、二人の所為! と強引に話を締めたローザは少年達を急かし。今一つ事の展開が納得出来ず、色々を誤摩化されたような気もする、と首を捻り続けるアレンと、メガンテを習得してしまう程思い詰めたのは反省すべきかもだけど、僕は悪くない筈! とブツブツ洩らすことを止めないアーサーと、己の主張が最も正しく、且つ建設的でもある筈だ、と信じて止まないローザは、揃って外へ繰り出す。

この数日、散々、雪原を跋扈する魔物達と単独でやり合い続けたアレンを『先生』にして、昼食も摂らず、一同は魔物退治と言う名の鍛錬に勤しみ、日没が近付き始めた頃合い、祠へ戻った。

その頃にはもう、アーサーは曲げてしまっていた機嫌を直していたし、ローザの独断専行も収まっており、

「思っていたよりも、何とかなりましたね。いい線いける気がしてきました」

「アレンに色々教えて貰いながらだったからかも知れないけれど、こちらが万端なら容易いと、私にも思えたわ」

占拠中の部屋の暖炉前にしゃがみ込んで、火に当たりつつ、想像よりは容易に対峙出来た、と彼等は顔を綻ばせる。

「うん。割に呆気無くいけたと、僕も感じたかな。ブリザードやアークデーモン達が使ってくるザラキやイオナズン辺りが厄介だが、今日みたいにやれれば凌げる」

鎧兜を脱ぎ去り身軽になって、二人に同じく暖炉前に寄り、戦闘に関しては厳しいことばかりを言うアレンも、この分なら……、と納得の顔を拵えた。

「アレンがそう言うなら、自惚れでも気の所為でもないですね。良かったー……」

「ああ。……但、問題は無い訳じゃない。雪原での目処は立ったけれど、この祠からハーゴンの神殿までの距離が掴めないから、一々連中の相手をしていたら結局は消耗戦になる。そうなったら、奴等の神殿に辿り着けても、碌なことにならない。そこを、どうするかだな……」

「そうね……。せめて、神殿の正確な場所が判ればいいのだけれど。ここからでも影すら窺えないから、一日、二日で着ける距離ではないでしょうしね」

「うーーん…………。思っていた通り、この祠にもルーラの契約印が置けましたから、一先ず手探りで進んでみて、引き返しつつ……、と言うのが、一番堅実かもですね。僕も、一日や二日程度では、ハーゴンの神殿には着けないと思うんです。野宿しながら向かうにしても、ロンダルキアの環境は厳し過ぎますから、万全と言えるまで、体調や魔力を回復するのは難しいです」

「……確かに」

「ですから、手間が掛かるのは難点ですけど、神殿の位置と、ここから神殿までの最短の道筋を確かめたら、改めて祠から出立し直して、神殿に着くまで、光の剣の生むマヌーサの霧を活用しつつ全ての敵から一目散に逃げる。……と言うのは、どうです?」

「『逃げるが勝ち』作戦か? ……うん、そうしよう。馬鹿正直に、連中に付き合ってやる必要なんか、これっぽっちも無いしな。万が一、逃げ切れなかった時のことは、考えておかないといけないけれど」

だが直ぐに、浮かれてばかりもいられない、とアレンは戦いの際に能く見せる厳しい顔になり、実際、ハーゴン達の神殿の正確な位置が判明していないのは問題だ、とローザもアーサーも悩み出して、面倒でも神殿への道筋等を念入りに探ってから、アーサー発案の『逃げるが勝ち作戦』でハーゴンの許を目指そうと決めたけれど。

「だが。もう一つ、問題がある」

悩ましいのはそれだけじゃないと、アレンは、より深刻な態になる。

「…………守人の彼が、アレンに伝えていた件ですね」

「邪神の僕の。悪霊神とすら言える三匹の魔物達を、ハーゴン達が既に召喚し終えていたらなら、どうするべきか、ね」

「ああ。──結論は単純だし、変わらない。単なる魔物以上の魔物でも、僕達の行く手を阻むなら、戦って倒すだけだ。でも、邪神の僕の三匹以外にも、ハーゴン神殿には魔物達が山と彷徨いている筈だ。敵の懐なんだから。……だから、どうやって、その三匹を倒すかが問題になってくるだろう? そいつらを倒すだけでは話は済まない。僕達が目指す相手はハーゴンだ。どんなに手強かろうと、ハーゴン以外の奴に、労力も体力も魔力も費やせない。一度、奴等の神殿に乗り込んだが最後、仕切り直せもしないだろうから、何か、手を考えないと」

「ですね。んー…………」

「奥の手だけれど、魔力に関してだけなら何とか出来なくもないわ。満月の塔と海底洞窟の中で、小祭壇に捧げられていた『祈りの指輪』を見付けたのを覚えてる? あれは、術者の魔力を補ってくれる魔法具だから、魔力の底上げは出来る筈よ。丁度、アーサーの分と私の分と、一つずつあることだし、使えるとは思うの。但……宝石の中に貯め込まれていた魔力を、全て術者に与え終えたら壊れてしまう脆い魔法具でもあるから、頼り切れないのが難ね」

彼が言い出した、ハーゴンに至るまでの道筋に横たわる『二つ目の問題』に、アーサーもローザも面を曇らせ、三人は、どうやって、祠の守人に教えられた邪神の僕たる三匹の魔物とのやり合いを過ごせば良いかと悩み出し、旅の最中に手に入れた『祈りの指輪』の使い処さえ誤らなければ、魔力に関しては何とかなるかも、とローザは言った。

「………………。僅かにだけど、ロト伝説の中に祈りの指輪は登場するし、その手の物には全く興味の無い僕でも、魔術を使役する者達には重宝な道具だ、とは知っているけれど。……ローザ。その話、本当なのか? 本当に、あれにはそんな力があるのか? 祈りの指輪は、あちこちの街の商店街で流行りの、福引きの景品でもあるじゃないか。そんな魔法具が福引きの景品にされるなんて、有り得なくないか?」

「祈りの指輪は、壊れ易い割に高価で、術者以外には意味が無い為に余り流通に乗りませんから、アレンには馴染みが無いでしょうけど、術者の間では有名な道具なんですよ。価格の所為で入手出来る者は限られますので、福引きの景品にすれば術者達の気は惹けます。……って言うか、アレン、気にしちゃ駄目です。商人の皆さんは、商売の為ならどんなことでも試す逞しい商魂を持ってるんです。だから、福引きのことは忘れましょう。そんなことに逐一眉を顰めていたら、胃の臓が穴だらけになっちゃいますよ。────それはそうと」

途端、アレンは、「祈りの指輪って、福引きの景品だよな……」と顰めっ面になって、そんな彼を、「細かいことに拘らない。拘ったら負け!」と黙らせたアーサーは話を戻す。

「ん? 何だ、アーサー」

「その……、僕自身、余り話題にしたくないことなんですが、そんな場合でもないので、話させて下さい。────自分達が崇める邪神の僕である三匹の魔物を召喚する為に、ハーゴン達は、ペルポイの人々や、人間の教団信徒を生け贄に捧げてきたと、守人の彼が言っていましたよね」

「…………ああ。ムーンブルク王都の者達も。ムーンブルク王都が滅ぼされた『理由の一つ』はそこにあると、彼は言っていた」

「『都合も良かったから』、とも言っていたわね……」

戻された話は、守人──少なくとも今だけは、精霊、と言った方がいいかも知れない彼に、アレンが教えられたことに及んで、アレンもローザも声を低め、二人は、語らい始めたアーサー自身も、秘かに、キリ……、と怒りを耐える風に拳を固めた。