何時しか、地上では太陽が夜明けの支度を始める刻限となっていたが、寝床の中でピタリと身を寄せ合ったまま、以降は沈黙を貫いた三人は眠り、迎えた翌日、アーサーは、今日は日課の早朝礼拝をさぼってしまった、と言いながら、ローザは、物凄く朝が遅くなってしまった、と言いながら、それぞれ起き出したけれども、アレンだけは、『昨夜の馬鹿』の所為で目覚めても体が重く、寝床から出る気力が生まれなくて、そうと知った二人に、今日は一日大人しく寝ているように、と厳命されてしまった。

風邪、と言う程のことでもなさそうだが、拗らせてはいけないから、と。

────二年近くも世界中を訪ね歩く旅を続けていれば、体調を崩すのも寝込むのもあるのが当然で、三人共に風邪を引いたり具合を悪くして……、としてしまったのは幾度も経験済みだから、風邪未満の体調不良──しかも、自業自得が理由だ──でアレンが大事を取るのは最早珍しくも何ともないのに、日がな一日うつらうつらとしがちで、食欲も余り湧かなかった彼の世話を、何故か、アーサーもローザも、揃って過剰に焼いた。

食事の支度を筆頭とする幾つかの用をこなす時以外は、寝床に横たわる彼の枕辺に添い続け、何方からともなく、この数日のことをアレンに語り聞かせた。

少しの間この祠に厄介にならないか、と彼が言い出した日の朝から、何となく、アレンもローザも様子が変だな、と思っていた、とアーサーが言えば、無茶も無理もしないと約束はしてくれたし、鍛錬をしに行っているだけ、と教えてもくれたけれど、それにしては何となく……と思っていた、とローザは言って。

どうにも……、とか、何となく……、と秘かに首捻っていたからか、部屋の片隅に纏めて置いておいた荷物の中から、力の盾が一つ消えているのに気付いた、と言うことは、アレンは、そんな物が必要な『鍛錬』を一人だけでしているのでは、とも勘付いた、と二人は打ち明けてきて、次いで、「又、アレンは自分達に隠し事を拵えたのだ。結局、彼は、もう間もなくハーゴンの神殿も臨めるだろうこの段になっても、『今まで通り』、自分達には何一つも吐露してはくれないのだ」と思ってしまった、とも告げた。

…………だから、夕べ。

恐らくは、アレンが寝床から抜け出した所為で生まれた隙間から忍び込んだ冷えで目が覚め、彼の不在を知った直後、二人は、「この上、自分達に内緒で彼は何をするつもりだ」と思わず憤り、履物を突っ掛ける手間すら惜しんで夜着姿のまま部屋を飛び出したら、祭壇の間にて、彼が守人の彼に嗜められている処に出会して、この数日、彼が本当は何をしていたのかを知ると同時に、息詰めて潜んだ物陰で、以降も続いた彼と守人とのやり取り全てを、盗み聞きすることにもなってしまい。

祠より出、裏庭の樹氷に凭れて、一人、辛さを耐えている風な様子を見せるアレンの姿を目にした時には、一層、彼の『秘密主義』に対する怒りが湧いて、

「……だから、最初は貴方を叩いてしまおうかと思ったの。でも、それではアレンには『解らない』だろうとも思ったのよ」

「それで、君をお湯に叩き込んでから、ローザと一緒に泣き真似することにしたんです。でも、あれは一寸失敗でした。あそこからこの部屋まででも、ロトの武具を運ぶのは大変でした……。何とか引き摺ってきましたけど」

そういう訳で、あの『暴挙』や嘘泣きに及んだのだ、と二人は。

「…………ああ、そう言えば、夕べも言われたっけ……。……でも、解らないって、どういう意味だ?」

「だって。アレンは、我慢が大の得意ですからね。何かを我慢するのも、ロト三国筆頭のローレシア王太子として頭ごなしに叱られるのも、慣れっこでしょう? 何かをやらかした時、泣かれたことなんて無いでしょう? 悪いことをしたから、いけないことをしたから、叱られるんだ、とは理解出来ても、その所為で周囲が泣くような想いをした、なんて、未経験故に解らないし、想像したことも無いんじゃありません? …………そういう意味です」

「この際だから、言わせて貰うけれど。貴方には自覚が足りないのよ。ローレシア王太子でなく、貴方自身が周囲に愛されてる自覚。その手のことは、叱られるよりも、泣かれた方が解るでしょ?」

それからも、アーサーとローザは、横たわるアレンの顔を代わる代わる覗き込みながらそんなことを言った。

「……理解、出来たかは兎も角。確かに、あれは効いた。僕の所為で二人を泣かせてしまったかと思って、物凄い罪悪感だった……」

「ほら、ね? 貴方は、他人の気持ちは思い遣れても、誰かに思い知らされない限り、その手のことも、自分の気持ちも振り返れないのよ」

「何がどう転んでも、アレンはローレシア王太子ですから。アレン自身もそうなろうとするより他無かったんでしょうし、アレンの周囲の方々も、君を王太子として育てる以外無かったんでしょうから、仕方無いと思いますけど。アレンは『アレン』なんです。ローレシア王太子と言うのは、アレンの立場や身分であって、『アレンそのもの』じゃないんです。……まあ、僕も、サマルトリアの王太子としてー、と幼い頃から言われ続けて育ちましたから、偉そうなことは言えませんけどね? 僕にしてもローザにしても、アレンよりは『我が儘』に出来てます」

「………………う……」

故に。

多少だけ、アーサーやローザの言い分や指摘に心当たりがあったアレンは、小声の呻きを洩らし、気拙そうに、頭まで引き上げた毛布の中に隠れて、

「アレン? 拗ねてしまったのかしら?」

「そうじゃなくて、多分、居た堪れないんだと思いますよ。現実って、改めて向かい合うときついですからねー」

「アーサー……。貴方の言っていることが、一番きつい気がするのは何故かしら……」

こんな風な彼は、自分達三人の中では一番年下なのだ、との事実を思い出させてくれると小声で言い合いながら、ローザとアーサーは、寝床の中に籠ってしまったアレンを、面白がって、毛布の上から突っ突いた。

色々を隠された意趣返しとばかりに、或る意味ではアーサーとローザの『玩具』にされた一日が過ぎた、翌日。

これ以上好き勝手に弄られては堪らない、の一念で、アレンは、何とか彼んとか体調不良より脱出した。

昨日一日、枕辺に添っていたアーサーとローザに色々を語り聞かされたり説教めいたことを言われた後、うつらうつらとしながらも、この数日のことを思い返しつつ、様々を考え、又は想い。早朝に起き出し、もう体の方は大丈夫だと態度でも示す為に日課の鍛錬に勤しんでから、朝食の支度を始めようか、と言い出した二人を、彼は取っ捕まえる。

「アレン?」

「どうしたの、アレン」

「あの、な。昨日、考えてみたんだ。二人の言い分とか、気持ちとか。二人から喰らった小言に、多少は心当たりもあったから」

「小言……。まあ、お小言みたいなものではありましたけど。…………でも、いいです。聞き流してあげます。──それで?」

「思ったことも、思い知らされたことも幾つもあったし、反省もした。その……、少しだけ、落ち込みもした。……でも、やっぱり。僕はこの先も、何一つだって変えられないかも知れない。二人に言い当てられたみたいに、僕には自分自身を軽んじることしか出来なくて、他人は慮れても、己を解ることは出来ないかも知れない。アーサーとローザが相手でも、隠し事ばかりしてしまうかも知れない。僕にとっては、自分の胸の中の『本当』を晒すのは、甚く難しいそれなんだと思う」

「アレン……。それでは、何の進歩もないじゃない」

ぽんぽん、と肩を叩かれて、真後ろにいたアレンを振り返ったアーサーとローザは、それより続いた彼の言い分に盛大に眉を顰めたけれど。

「……うん。…………だけど。僕は自分で思っていたよりも遥かに、我が儘に出来ているのにも気付けたんだ。────僕が、何に替えても、詰られるような手を使ってでも、二人を守り通したいと思うのは。二人を大切だと思う以上に、絶対に、何が遭っても手放したくないと思っているからだって。どんなことが遭っても、僕は、アーサーとローザだけはこの手に掴んでいたいんだ。身勝手と言われても、そこだけは譲れないと判ったんだ。……だから、僕はこれからも、これまで通りに二人を守るし、多分、やり方も変えられない。二人に告げられる言葉は、こんなことしかない。…………御免。すまないとは思ってる。でも、努力はするから。素直に気持ちを言葉にするようにもしてみるから。二人がいてくれなかったら、僕は前に進む処か何処にも行けないんだってことだけは、判って欲しい。誰の目にどう映ろうと、アーサーとローザの前では、我が儘な部分の持ち合わせもある『僕自身』としてだけ在りたいんだ」

「………………判りました。なら、今は、それで勘弁してあげます」

「……そうね。私も、今はそれでいいわ。その手の貴方の身勝手は、今に始まったことではないもの」

彼の言い分は尚も続き、最後までそれを聞き届けたアーサーとローザは、相変わらずの言い草、と呆れつつも、「ま、今日の処はそれで良しにしましょう」と笑んだ。

絶対に、何が遭っても自分達を手放したくないと言って貰えたのだから、と。