主祭壇前にローザが額突いてより、辺りは、手強い魔物達が跋扈している洞窟内には有り得ぬ不気味なまでの静寂さを保っていたのに、一度ひとたび、少年達と忍び寄って来た魔物達との斬り合いが始まった途端、後から後から、引きも切らず魔物達は湧いた。

……それでも、序盤の内は労せず捌き切れた。

キラータイガー達に群れ成して突っ込まれた時は、アレンもアーサーも若干だけ冷や汗を掻いたが、翳された光の剣が生んだマヌーサの霧で、充分抑え込めた。

言伝え通り、宙を裂く風に稲妻の剣を振れば、迸った雷撃が、魔物達を退けた。

だが、始まってしまった戦いの終わりは見えず、魔物達の気配は絶えず、やがて二人は、己達の息が上がり始めているのに気付く。

人の身である以上、息つく間もない戦いを繰り返していれば、呼吸が乱れるのも、疲れが溜まるのも、至極当然ではあるけれども、ローザが精霊達との契約を結び終えるまで、何としてでも魔物達の猛攻を防ぎ切らなければならぬ彼等にとって、知らぬ間に肩で息するようになってしまっていた自分達の今は、少しばかり焦りを覚える現状だった。

…………なのに。

我はハーゴンの騎士であると、壊れた絡繰りの如く何度も何度も喚きながら襲い来た、骸骨の体を持つ冥界の魔物──それも、かなり手強かったそれを討ち取った直後、ガシャンと、騒々しく地を踏み拉く金属音が辺りに響いた。

「な、んだ…………?」

「機械兵……?」

耳慣れぬ音に、一体何だと目を走らせれば、そこに立ちはだかっていたのは、球体の節々を持つ四本の足に支えられた、全身が鋼鉄はがねで出来ている、大きな絡繰り人形のような物体だった。

……いいや、それは確かに『人形』だった。

矢筒を背負い、鋼鉄の右手に大きな剣を握り締め、同じく鋼鉄の左手は腕そのものが弓と化している、赤くて丸い、硝子玉そっくりの一つ目を持つ人形。

但し、鋼鉄製の『絡繰り人形』は、自らの意志を持ち、自らの力のみで動いていた。

「これも、魔物なのか……?」

「……判りませんが…………もしかしたら、魔物でなく傀儡くぐつなのかも知れません。何者かが造り出した、鋼鉄の傀儡」

「見た通り、人形ってことか」

「恐らく。でも、だとしたら、相当厄介な相手ですよ。人形つくりものは、傷付くことも、死ぬことも恐れません。血も通っていませんし、息もしないですから、気配も読めません」

「でも。所詮、人形は人形だ」

「確かに。──光の剣よ!」

ガシャガシャと、金属が擦れる耳障りな足音を立てつつ突っ込んで来た、鋼鉄の体を持つ『人形』に揃って顔色こそ変えたものの、アレンは稲妻の剣を構えながら挑み返し、アーサーは光の剣を高く翳す。

生まれたマヌーサの霧が辺りを包み込み始めた中、人形の振り下ろした剣とアレンが振り上げた剣は、刃同士を打ち付け合い、火花を散らせた。

「くっ……」

互いの得物同士を打ち付け合った直後、相当の重量だろう敵との力比べは愚策だと、アレンは剣を薙ごうとしたのに、人形はそれを許さず、又、カシャカシャと全身を鳴らし、自身の得物で以て稲妻の剣毎彼を押し潰そうとしてきた。

両手で柄を握り締め直し、左腕を覆うロトの盾を人形の胴体に沿わせ、押し返そうとしてみても、鋼鉄の巨体はびくともせず、人形と斬り結んだままアレンは片膝を着く。

「アレン!」

このまま、端から勝負にならぬ力比べを続けざるを得なくなれば、彼の背骨がへし折られると、アーサーは地を蹴り、隼の剣を振るった。

人形とアレンが近付き過ぎていた為、唱え掛けていたベギラマの詠唱を中断し、斬り合いの場に突っ込んだ彼が操った隼の剣は、立て続けに二度翻り、人形の、赤い硝子玉そっくりの一つ目近くを掠めた。

「アーサー、下がれ!」

その所為か、ほんの刹那の間のみ人形の力が抜け、機を逃さず得物を薙がして素早く立ったアレンは、招き寄せた雷撃を纏った稲妻の剣の切っ先を、人形の胸許──人間の心の臓に当たる部分に空いていた、窪みのような所に突き立てる。

…………雷光と雷鳴を迸らせつつ、稲妻の剣は人形の胸を抉り、人形は、バチバチと何かが爆ぜる音立てながら狂った風に暴れ、動きを止める寸前、最後の力を振り絞る如くに振り回された剣先が、後退する寸前だったアレンの、兜と鎧の境に潜り込んだ。

「あ……っ……」

「アレン! 今、ベホイミを唱えますから、少しだけ耐えて下さいっ!」

そこで、鋼鉄の傀儡は完全に動きを止めたけれども、鋭い刃に掻かれた彼の首筋からは血が迸り、咄嗟に傷口を押さえた右手のガントレットを瞬く間に真っ赤に濡らしながら、痛み故か踞り掛けたアレンへ、アーサーは駆け寄る。

「アレンっ。アレンっ!」

「…………大、丈夫……。ベホイミ、さえ……唱えて貰え、れば……っ」

ポウ……と、両手を治癒の光で輝かせつつ、彼はアレンの右手に自らの手を重ね、ひたすら魔力を注ぎ込んだが。

ベホイミによる癒しが終わらぬ内に、又、辺りに足音が響いた。

ズン……、と腹の底までを揺する、重たい足音が。

「そんな……」

「……ドラゴン…………」

今度は何だと、湧いた強い気配を見遣った少年達の視界を染めたのは、緑色に輝く鱗だった。

……そう、未だ、アレンが受けた傷から滴る血は止まり切っていないのに、彼等の前に現れたのは竜族。

しかも、三匹もの。

「アレン? アーサー?」

緑色の鱗に覆われた、たった今倒したばかりの鋼鉄の人形よりも遥かに大きな体をうねらせる竜達の出現に、アーサーもアレンも、こくり、と息を飲み、背後の異様な気配に気付いたのか、精霊達と語らう為、意識を外界から遮断していた筈のローザが、二人の名を呼んだ。

「ローザ! 駄目です! 気を取られないで!」

だから、アーサーは治癒の力を振り絞りながらも、意識を逸らせたら精霊達との契約が成らない、と彼女へ怒鳴り、

「え、でも──

──ローザ。集中しろ。大丈夫、守り切る」

それでも尚振り返ろうとしたローザへ、アレンはきっぱりと告げ、立ち上がる。

「アレン、未だ」

「平気だ。血は、もう殆ど止まった。続きは又後で頼む。今は、あいつらを何とかする方が先だしな」

自らの血に濡れた手で剣を握り直した彼を、アーサーは不安そうに見上げたが、アレンは彼へと薄く笑い掛けてから、構えた剣を横一文字に振り、再び雷撃を招いて、竜達の懐目掛けて駆け出した。

「全くもう……っ! アレンは、何時も何時も! ────精霊よ、スクルト!」

性懲りも無く自身を最も後回しにする彼の性分に盛大な文句を吐いて、アーサーは、駆けて行く背にスクルトの術をぶつける。

「ベギラマ!」

次いで彼は、光の剣を掲げてマヌーサの霧を生みつつ、間髪入れずにベギラマをも唱え、

「面倒でも、ベラヌールに戻って良かったっっ」

「でしょうっ!? ──アレン、後でお説教ですからねっ!」

スクルトは固より、光の剣のお陰で竜達とのやり合いも楽になる筈と、何処か冗談めいた口調で、が、敵に据えた眼差しだけは真剣にアレンは叫び、戦い終えたら絶対叱り飛ばす! とアーサーは叫び返した。

ドラゴンと言う、脅威以外の何物でもない魔物達と対峙しているとは思えない短い叫び合いを二人が交わす最中も、神でなく、魔に属する竜族達は、その長い尾を振り上げ、そして振り回し、辺りの床も壁も崩しながら少年達へと迫った。