「これが、稲妻の剣……。……だが、ローザ。どうして、この剣がそうだと言い切れるんだ?」

「この、雷光を思い起こさせる意匠からして、稲妻の剣としか思えないし、魔法具独特の力も感じるからよ。でも、一番の理由は、アレンがこの剣を見付けた時から、雷の杖が共鳴しているからなの」

「共鳴……ですか」

「ええ。まるで、対の存在との再会を果たしたみたいに。────この洞窟は、かつては雷の塔だったんだわ。この杖とその剣を共に祀っていた、勇者ロトの仲間だったムーンブルク王妃が建立した、雷の精霊の為の塔。それが、百数十年前に崩れて、こんな洞窟になったのだと思うの。そう考えれば筋が通るでしょう? こんな所に稲妻の剣があるのも、雷の杖が共鳴を始めたのも」

「成程……。稲妻の剣も、雷の杖も、同じ雷の精霊に関わりのある品なら、共鳴してもおかしくはないな」

「それに、ここが以前は雷の塔だったなら、こんなにも複雑な内部構造なのも、命の紋章が隠されていたのも納得出来るわ。……命の紋章は、ハーゴン達に奪われたのではなかったのよ。ハーゴン達は、崩れてしまった雷の塔ここに勇者ロトが命の紋章を隠したと、知っていただけなんだわ。……ええ、そう。きっと、そう。────アレン。アーサー。二人に、お願いがあるの」

感じ取った幾つかのことから、見付けたそれは稲妻の剣で、ここは、かつての雷の塔の成れの果てだ、と確信したローザは、一度だけ大きく頷きながら徐に立ち上がって、強い光を宿した瞳で少年達を見下ろした。

「……ローザ。何をするつもりだ?」

紅玉の如き稀有な色した彼女の瞳の中に、確固たる意志を見て、アレンは、真剣にローザを見詰め返す。

「ここが雷の塔なら、何処かに主祭壇がある筈。それを探させて欲しいの。……もしかしたら、もう崩れてしまっていて、雷の精霊への呼び掛けは叶わないかも知れない。でも、主祭壇が無事で、精霊へ祈りを届けられたら、イオナズンを使役する為の契約を結べるかも知れない」

「えっ!? イオナズンの契約をですか?」

「そう。……実はね、私、ローレシアであの魔物の神官と戦ってから、訪れた全ての街や村の礼拝堂で、精霊達と、イオナズンの契約を結ぼうと試みていたの。けれど、どうしても駄目だった。何時も、『最後の何か』が足りなかった。でも、ここでなら。ここで主祭壇を見付けられたら、イオナズンを使役出来るようになれると思うの。…………だから、お願い」

────勇者ロトの時代から今日こんにちまでの数百年の間に、数多の呪文が単なる伝説と化し、時の彼方に消え去ってしまったが、最高位の攻撃呪文の一つであるイオナズンだけは、辛うじて、精霊達と契約を結ぶ為の術が伝わっている。

正しくは、ムーンブルクにだけは伝わっている。

ムーンブルク王家が、風と雷の精霊よりの加護が篤い為に。

故に、ムーンブルク王家最後の一人であるローザが、精霊達との契約を経て、イオナズンの呪文を我が物とするのは不可能ではない。

だが、それでもアーサーは、彼女が言い出したことに驚きを隠せなかった。

勇者ロトの時代には使役されていた数多の強力な呪文達が、歴史書の中で語られるだけの存在となってしまったのは、精霊達と結ぶ契約の難しさと複雑さ故にであり、口で言う程簡単なことでないのを、彼女と同じく魔術を使役する彼は、身を以て知っていたから。

けれどもローザは、叶えてみせる、と言い切り。

「………………判った。祭壇を探そう。それが、ローザの望みなら」

長らく、彼女の紅玉色した瞳を見詰めたアレンは、こくりと頷いた。

「有り難う……!」

「その前に、何とかして、ここから抜け出さないとなりませんね」

途端、ローザはパッと面を輝かせ、なら早速、とアーサーは辺りを調べる仕事を再開する。

「だな。出口が無い筈は無いと思うんだが」

「そうね。稲妻の剣も、勇者ロトが、後の時代の者達の為に隠した物の一つなら、ここから抜け出す方法はある筈よ」

「僕も、そう思うんですけど……。……もしかすると、逆転の発想が必要かもですねえ」

「逆転の発想って? どういう意味かしら?」

「ここに辿り着くまでに、僕達は、散々落とし穴に落とされましたよね。もう、うんざりするくらい。その『うんざり』を、敢えて繰り返さないといけないかも、ってことです」

「……ああ、わざと、落とし穴に落ちろと言うことか」

「それで、ここから出られるなら、何度でも落ちるわ」

そうして三人は改めて周囲を確かめてみたが、やはり、抜け道らしき物は何処にもなく、天井の穴は高過ぎて届かず。これは、『敢えて落ちろ』と言うことかも知れないと、覚悟を決めて、狭いその部屋の中を徘徊し、今回ばかりは思惑通り、隅に空いた小さな落とし穴から下へと落ちた。

落ちた先は、稲妻の剣が捧げられていた祭壇の間と同じく、狭くて行き場の無い部屋で、もう一回! と穴を探して落下し、

「あれ? 最初の所……か?」

「みたいですね。凄く見覚えありますし」

「そう言えば、この階にも幾つも階段があったけれど、全部は昇ってみなかったわよね」

出た先の景色から、振り出しに戻されたと気付いた三人は、却ってやり易いかもと、本格的に主祭壇探しを始める。

今まで一度も使わなかった階段や、無視した通路を見付け出し、上ったり下りたり、行ってみたり引き返してみたりして、無情な落とし穴に引っ掛かりもしつつ、ひたすら徘徊を続けた彼等は、やがて、縦に細長い、行き止まりの部屋を見付けた。

「……! あったわ、主祭壇よ!」

只の通路ではないのかと思えた程に幅の狭いそこの最奥には、存外広い空間が広がっており、黄色の光を放つ荒削りな二本の石柱に挟まれた祭壇が設えられていて、目にするや否や、ローザは駆け出す。

「無事か?」

「ええ。……御免なさい、少し時間が掛かってしまうと思うけれど──

──大丈夫ですよ。最後の一押しとは言え、イオナズンの契約を結び切るのは大変なことの筈ですから、落ち着いて、ゆっくり進めて下さい」

「でも、何時、魔物が襲って来るかも判らないから、急がないと」

「その辺は、アレンが何とかしてくれますって。……ね? アレン」

「え? あ、ああ。勿論。だから、ローザは何も心配しなくていい」

祭壇の無事を確かめ、ほっと安堵した彼女は、一転、何時何が起こっても不思議ではないこんな場所で、精霊達との契約を交わす為の儀式に時間を費やす詫びを口にし掛けたけれど、そんなことを気にする必要は無い、と朗らかに笑んで彼女を制したアーサーは、今度は、にっこー……とアレンを見上げ、「言われずとも固よりそのつもりだが、何でわざわざ僕に振る?」と焦りながらも、アレンも又、彼女を安堵させる科白を口にした。

「有り難う、二人共。────始めるわね」

そんな彼等を見比べ、自身も笑みを零し、が、直ぐさま厳し過ぎる真顔になったローザは祭壇へと向き直って、頭巾を取り去りつつ跪き、一心に精霊への祈りを捧げ始める。

「アレン。少し、後ろに下がっていましょう」

「近過ぎると邪魔か?」

「ローザ程の使い手なら、僕達の気配くらい邪魔にもならないでしょうけど、より集中出来るようにした方がいいと思いますので」

「判った」

距離を取ってしまうと、万が一の際、無防備なローザを守れなくなる、との懸念は残ったけれど、アーサーに促されるまま、アレンは彼と共に数歩だけ下がった。

そうして、祈り続ける彼女の背を見守り────長らくが過ぎた頃。

精霊達へ語り掛けを続けるローザを見詰めていたアレンは、振り返り様、背に負った稲妻の剣の柄を、無言の内に掴んだ。

「アーサー」

鞘は見当たらなかった、故に剥き出しの剣は、ヒュンと宙を斬る音を立てながら彼の眼前にピタリと据えられ、

「やっぱりですか。流石に、何時までも見逃してくれる程、甘くはないですね」

名を呼ばれたのみで彼の言わんとしたことを察したアーサーも、抜き去った隼の剣を構え。

「ああ。──行くぞ」

「はい!」

洞窟内の、流れも鈍い淀んだ風の中に黒い気配を滲ませつつ迫り来ようとしている魔物達へと、二人は揃って斬り込んだ。