「…………結局、何が『本当』なんでしょうね。段々、何も彼もが見えなくなったような気になってしまいました。ペルポイのあの老人は、僕達が引くロトの血こそが、邪神の生け贄に相応しいと言っていたのに、昨日の彼は、自らを崇める者こそを、生け贄として邪神は求める、と話していて……。……もう、何が何やら……」

「そうね……。──私も、凄く混乱しているわ。一体、何が正しいのかしら。何が間違っているのかしら。今まで通り、ハーゴン達が、邪神に捧げる生け贄として最も相応しいと位置付けているのはロトの血、と考えた方が、色々なことの筋は通ると思うけれど……、でも…………」

────一夜を過ごした野営の後にも、草原そのものにも背を向け、歩き出して直ぐ。

昨夜、例の男が話していたことを、アーサーとローザは口にし出した。

男の手前、話題にするのを我慢していたけれど、もう、堪え切れないと言う風に。

「………………うん。僕も、そう思う。何がどうなっているのか、と思うし、『本当』は何処にあるんだろうと、悩ましく感じるけれど。……もう、考えるのは止めにしないか。少なくとも今は、考えるのは止めよう。頭を悩ませてみた処でどうしようもないし、今の僕達には、『本当』を探し当てる術もない。……以前にも言ったけれど、僕達が成すべきことと、僕達に出来ることは、ムーンブルクの人達の仇を取る為にも、連中が望んでいるんだろう世界の破滅が招かれるのを防ぐ為にも、大神官ハーゴンを討ち取ることで、『本当』がどう在ろうと、それは変わらないし、変えられないだろう? ……だから。もう、止めよう」

だが、二人よりも半歩だけ前を進んでいたアレンは、そんなことをあれこれと悩むのは、ここらで打ち止めにしようと、きっぱり言い切った。

これ以上、様々な意味で『理由』を求めるのも、『求めたがる』のも、終わりにしよう、と。

「……悩んだって、始まらない。何も始まらない。前に進む以外、路なんかない。行くしかないんだ、行ける所まで」

「アレン……」

「……ローザ。────そうですね。三人で旅立った時から、僕達の目的は決まっていたんです。ハーゴンを討つと。それは、何がどうなっても最後まで変わらない、僕達の旅の目的です。だったら、悩んでも仕方ありませんよね」

次いで彼は、自らに言い聞かせるようにそうも言って、少しばかりきつめな声音を出した彼に某かを告げようとしたローザを制したアーサーは、やはり、自らに言い聞かせる風に強く頷いた。

「ああ。……さ、行こう。今度こそ、あの洞窟を越えないとな」

「はい。昨日も結局、あの地下より先には行けませんでしたからね。少しは先に進みたいですよね」

「そうね。でも、落とし穴に気を付けないと、又、地下に落とされてしまうわ」

それでも未だ、ローザだけは何か言いた気な顔付きでいたが、己達を取り巻く全てを根こそぎ塗り替えるような明るい声を出したアレンに、先を急ごうと促され、アーサーは固より、彼女も漸く笑みを浮かべる。

「……言えてる。…………長い枝か何か、拾ってから行こうか。それで床を確かめながら進めば、未だ違うかも」

「…………物凄ーく原始的な回避方法ですねー……」

「丁度いいんじゃない? 罠が原始的ですもの」

「だろう? こちらが、向こうの程度に合わせてやらないとな」

────もう、唯、前だけを向いて、行ける所まで行くしかない。

……その己の言葉を、アーサーとローザが本心ではどう受け取ったのかは判らぬけれど、と思いつつ。

こちらの胸の内を、二人は様々に『疑って』いるかも知れないけれど、とも思いつつ。

アレンはひたすらに、努めて明るく弾む声でアーサーとローザへ語り掛けながら、目指す──否、目指さなくてならない『先』へと眼差しを向けた。

入り口を潜るのは三度みたび目となったロンダルキアへの洞窟の地階を、三人は、決意通り落とし穴に引っ掛かることもなく、無事にやり過ごした。

ちょっぴり労力は必要だったが、本当に、道々拾った、長くて太い、しっかりした枝で床を叩きまくって進んだお陰で。

……多分。あくまでも、多分。実際は、何処まで効果があったのかは謎だが。

しかし、能く能く考えてみれば、『洞窟』なのに存在しているのはおかしい階段を昇って出た二階層は、落とし穴こそ無かったものの、地階以上に厄介な、迷宮──否、無限回廊としか言えぬ構造になっていた。

行けども行けども、現れるのは、景色から何から全く同一の場所の連続で、折れる角を変えてみても、引き返して別の道を辿ってみても、必ず、最初に目印を刻み込んだ壁のある辻に出てしまった。

そんな所を、うんざりを呆気無く通り越すまで彷徨う羽目になった所為で、段々、彼等の機嫌は尖ってきて、魔物達と出会す度、一寸やそっとでは直らぬまでに悪くなった気分や、溜った鬱憤を晴らすべく八つ当たり気味に挑んだので、想像通り凶悪だった魔物達は勢いのみで蹴散らせたけれども、今、三人が最も望む『正しい道筋』は隠れたままで。

「あーー、もーーーーー!!!」

……と、揃って叫び声を放ちながら、通った壁や辻に、片端から目印を刻み込んで歩いて歩いて歩いて歩いて…………────や……っと、上階へ続く階段を彼等は見付ける。

……でも。

三階層に当たるらしいそこも、無論以前に迷宮だったばかりか、あちこちに罠があり、何よりも三人を怒らせた、無限回廊の階へ戻される嫌がらせ以外の何物でもない階段まであって、終いに彼等は、「もう嫌だ、こんな所……」と、ブチブチブチブチ泣き言まで垂れ掛けたが。

それでも、迷宮の中を、あっちに行って、こっちに行って、階段を上っては下りて、下りては上って、ひたすらひたすら彷徨って、序でに襲い来る魔物達もぶん殴って、遅々とした進みながらも、先を目指していた最中。

「さっき、アレンも言ってましたけど、ここは、本当に物凄く妙ですよね。洞窟なのに至る所に階段がありますし、壁や床も、かなりの確率で石造りですし、以前は祭壇だったらしい台までありましたものね。何なのかな…………」

漸く頭が冷えたのか、冷静さを取り戻した様子のアーサーが、ポツっと言い出した。

「この洞窟は、元々は建造物だったんじゃないかしら。恐らくだけれど、それが、百数十年前の地殻変動の時に崩れたか何かして、今みたいになったのではなくて?」

「ローザの言う通りかも。この辺りも、昔はロンダルキアの祠へ巡礼に向かう者達の通り道だったのだろうから、そちら関係の建物や、街だってあったろう。……ああ、だとするなら、地下に墓があったのも納得出来るか」

「あ、そうですね。以前は教会とか礼拝堂みたいな所だったなら、お墓があるのも、祭壇だった物があるのも、納得です」

「でしょう? ……ああ、そうだわ。なら、その手の建物に能くある構造を思い出せば、多少は道が見えてくるかも知れないわね」

「うん。落ち着き直して、もう一度、能く考えてみよう」

滅多なことでは己の調子を崩さず、大抵の場合穏やかな笑みを浮かべている彼までが、手強い迷宮にヤられ、ブスっと不機嫌そうに沈黙していた所為か、アレンもローザも機嫌を悪くしていく一方だったけれど、アーサーが毎度の調子になってくれたお陰で、残り二名もむすくれ顔を消し、苛立ってばかりいないで多少は頭を使おうと、若干だけ復調した三人は、あそこはあんな風だったから、とか、向こうはこんな感じだったから、とか、宣言通り知恵を絞りつつ迷宮に挑み直して、

「ん? 行き止まりだ」

「あれ。変ですね、さっき覗いてみた二ヶ所も行き止まりでしたから、そろそろ、正解の筈なんですけど」

「…………あら? 二人共、あの箱を見て」

それよりも幾度となく当たった何度目かの行き止まりの部屋で、隅に放置されていた大きな箱をローザが見付けた。

────その大きな箱は、酷くいい加減に隠そうとしたかのように、半分程が土塊に埋まっていた。

けれども、覗いている部分だけで、彼女の中の『記憶』を甦らせるには充分で。

「ローザ?」

「あの箱みたいなのが、何か?」

「……やっぱり! 宝物庫で見掛けた覚えがあったの。この箱の中には、魔物達に奪われたロトの鎧がある筈よ!」

どうかしたのかと、戸惑った少年達を置き去りに一人箱へと駆け寄ったローザは、両手で土塊を払い除けるや否や、ロトの鎧が! ……と、声高に叫んだ。