「ロトの鎧が!?」

「え、本当に!?」

その叫びが終わらぬ内に、アレンもアーサーもその場へ駆け寄り、彼女と共に箱を取り囲む。

「封印は……ああ、解かれてないな」

「ロトの印、持ってきてますよね」

「早く開けてみて、アレン」

──ムーンブルク王城より強奪したものの、魔物達にはどうすることも出来ず、こんな所に放置するより他なかったのだろう。

ローザが王城の宝物庫で見掛けたと言う箱は封印が施されたままで、無事であるよう祈りながら、アレンは、荷物から取り出したロトの印を箱の窪みに嵌める。

「良かった、無事だ……」

…………印はピタリと穴に収まり、音もなく箱の封印は解かれた。

ムーンブルク王都が陥落したあの夜から、約二年近くも置き去られていた為か、蝶番こそ軋む音を立てたけれど、開かれた箱の中身──ロトの鎧は傷一つなく、兜や盾と同じ、青鍛鋼独特の、淡くて青い光を放っていた。

「………………うん。一つも欠けてない」

「見付けられて良かったわ……。漸く、ロトの鎧が……」

「ええ。これでやっと、ロトの武具が全て揃いましたね」

我が目で鎧の無事を確かめ、その手に取ったアレンも、彼の両脇から中を覗き込んだローザもアーサーも、安堵の息を零す。

「……あの、な。ローザ。その──

──判っているわ。トヘロスね?」

「直ぐに身に着けてみたいんでしょう? アレン。……あ、あっち向いてますから、心置き無くどうぞ」

そのまま、手にした鎧の胸当て部分を、そうっと愛おしそうに撫でつつアレンは上目遣いでローザとアーサーを見比べて、見比べられた二人は、全部を言わなくともいいと、くすりと笑みながら後ろを向いた。

「すまない。有り難う」

この洞窟内を闊歩している魔物の強さでは、トヘロスなど気休め以下にしかならぬが、やらぬよりはましだと、ローザが唱えた呪文が結界を結び切るより早く、待ち切れなかったのか、アレンはそれまで着けていたガイアの鎧を外し、代わりに、ロトの鎧を纏っていく。

「お待たせ」

馴れた手付きで手早く鎧を身に着けた彼は、最後に嵌めた右手のガントレットの具合を確かめてから、未だかなー……と、そわそわし始めた二人に声掛けた。

「……う、わ」

「あの…………」

少しばかり照れ臭そうな顔して立つアレンを見上げ、頭の先から足の先まで眺めた彼と彼女は、思わずの声を洩らし……、が、慌てて口を噤む。

「何を言われても、臍を曲げたりなんかしないから。率直なご感想をどうぞ?」

「そうですか? なら……」

「じゃあ……、お言葉に甘えて」

だから、アレンは微苦笑を浮かべ、アーサーとローザは顔見合わせ、

「曾お祖父様の肖像画にそっくり」

二人は声を揃えて、全く同一の感想を告げた。

「……やっぱり。そんな処だろうと思った。…………そんなに、曾お祖父様の絵姿に似てるかな?」

「似てる……と言うか。あれですよねぇ、ローザ」

「ええ。似てるのではなくて。瓜二つ? それに、曾お祖父様にそっくりと言うことは、ロト様にもそっくりと言うことよね」

「そうなりますよね。曾お祖父様は曾お祖父様で、勇者ロトに瓜二つと言われた方ですし」

「そうかなあ……。まあ、それなりには似てるかも知れないけど。でも、曾お祖父様やロト様にそっくりかどうかは兎も角、誂えたみたいに具合がいい鎧なのは確かかな。それに、この鎧を身に着けていると、凄く力が湧いてくる感じがするんだ。ロトの鎧は、纏った者の身をも癒してくれると言う伝説通りに」

目一杯の真顔で、肖像画の中の曾祖父が抜け出て来たかのようだ、と訴える二人に、予想通りの感想だなと、はは……っと若干乾いた笑いを返し、けれども己を眺め下ろしたアレンは、やはり、嬉しそうに目を細めた。

「すっかり、足を止めさせてしまって御免。そろそろ、動こう」

「はい。……あ、ガイアの鎧はどうするんですか?」

「もう一揃え、鎧を持ち運ぶなんて無理だから、ここに置いて行く」

「え、でも、貴方の叔父様から拝領した物なのに、いいの?」

「大丈夫。叔父上は、この程度のこと気にもしないし、ちゃんと訳を話せば判って下さるから。少し勿体無いし、叔父上に申し訳ないと感じるのは正直な処だけど」

ロトの武具の最後の一つを手に入れた代わりに、置き去りにするしかなくなってしまったガイアの鎧を、ロトの鎧が納められていた箱の中に仕舞い、立ち上がったアレンは、先に進もうと二人を促した。

「確かに、勿体無くはありますよねえ……」

「ええ。でも、確かに仕方無いわね」

随分と長い間世話になったガイアの鎧へ、アレンも、彼に釣られたアーサーもローザも、何処となく名残惜し気な眼差しを注ぎつつ、「とは言え、どうしようもない」と、揃って立ち上がって振り返り……────でも。

身を返した途端、何時の間にやら己達の背後でうにょうにょしていた、先日、海底洞窟で追い掛けまくった『はぐれメタル』の姿が視界に飛び込んできて、ピタリと、息も動きも止めた三人は、次の瞬間、長い旅を続ける内に培ってしまった貧乏性──もとい『習慣』に基づき、神速で構えた各々の得物を、はぐれメタル目掛けて振り上げた。

無事、はぐれメタルは狩れたものの、ロンダルキアの洞窟を抜けようとしている今、『資金の元』に目の色変える必要など無いし、はぐれメタルに構っている暇があるなら、少しでも先に進むべきだったのに……、と三人は、ちょっぴりだけ落ち込んだ。

何処まで、貧乏性を身に沁みさせてしまったんだ、自分達、とも感じて、黄昏もした。

「ふむ…………。……アレン。ローザ。一寸、提案があるんですが」

それでも、勿体無いからと、きっちり荷物袋の中に収穫を仕舞い込んだアレンへ、何やらに思い当たった顔になったアーサーが、少々悩みながら口を開く。

「提案って?」

「とても面倒臭い話ではあるんですが。一旦、ここを出て、ベラヌールへ戻りませんか」

「え、ベラヌールへ? アーサー、どうして、そんな手間の掛かり過ぎることを言い出すの?」

「今手に入れた、はぐれメタルの皮を街で売り飛ばして、今までに貯めた資金と足せば、力の盾と光の剣が調達出来ます。僕は、折角ですから、あの二つを手に入れてから、この洞窟に挑み直した方がいいんじゃないかと思うんです」

「それは……、まあ、あるに越したことはないと思うが。力の盾と光の剣の為だけに、わざわざ?」

「はい。この洞窟の魔物の強さでは、下手をすると、抜け切る前にローザの魔力も僕の魔力も尽き兼ねません。寧ろ、その可能性は大きいです。少なくとも後もう一つ、力の盾がないと、後々、治癒もままならなくなるかも知れません。万が一の時の為に、リレミトとルーラを使役する魔力だけは残しておかないとなりませんしね」

「ああ、それは確かに……。でも、光の剣は何でだ?」

「あれも魔法具の一つなのは、アレンも知ってますよね? 光の剣は、振り翳すと、敵の目を眩ます幻視の術──マヌーサと同じ力を生みます。マヌーサの効かない魔物がいるのは確かですけど、あの術は、大抵の魔物に有効ですし、光の剣に頼れば魔力も要りません。戦いが楽になるのは確かです」

「要するに、光の剣と力の盾で、私達の魔力を温存しながら行く策を取ろうと言うことね?」

「ええ。ここは、嫌になるくらい複雑な構造をしていますし、抜けるまで、どれだけ掛かるか判りません。洞窟を抜けた先がどうなっているかも、ロンダルキア内地の魔物の強さも同様です。……資金も手に入ったことですし、面倒臭くても、安全策を取りませんか? 入り口からここまでなら、道々刻んだ印通りに進めば、もう迷うこともありませんから」

「………………そうだなあ……。……うん、判った。じゃあ、一度ベラヌールに戻ろう」

──アーサーが言い出した曰く『提案』は、彼の弁通り、激しく面倒臭く手間の掛かることだったけれど、この先をきちんと見据えたが故の意見だったので、少々遣る瀬無くは思ったものの、三人は、急がば回れと言うし、と自らに言い聞かせ、序でにガイアの鎧を入れた箱も抱えて、その場より、一旦、リレミトで以て洞窟を脱出した。