岩壁に身を潜めながら、アレン達が熱心に祈りを捧げている地獄の使い達の背後に忍び寄った時、その地の底の半分近くを満たしていた灼熱の流れが、前触れなく、ボンッ! と溶岩の塊りを吹き上げた。

「うっっ」

「うわっ」

「きゃっ」

その所為で、彼等はそれぞれ思わずの悲鳴を洩らしてしまい、ずさりと音立てて噴出した溶岩を避けた三人を、振り返った地獄の使い達がギロリと睨んできた。

『礼拝堂を汚す不届き者め!』

『我等が神に捧げる生け贄にしてやろう!』

邪神を崇める彼等にとっては、神聖な場所の一つなのだろう。侵入者達を見付けるなり、地獄の使い達は口々に高く叫んで、手にしていた歪な形の杖を、三人目掛けて振り翳す。

「断る」

「不届き者は貴方達でなくて?」

「邪神の生け贄なんて、御免です」

掲げられた杖の尖端の宝珠からはベギラマの光が迸ったが、満月の塔でも幾度となくやり合った相手、うねる炎の渦となって襲い来たベギラマを、難なく、アーサーが唱えたベギラマと、ローザが唱えたバギが打ち消し、その隙を縫って走ったアレンのドラゴンキラーが、地獄の使いの片割れを斬り裂いた。

────彼の腰に佩かれたままではあるものの、依然、伝説の剣が敵を討った際に返してくる手応えは妙で、試しがてらに抜いてみる余裕がある時以外、アレンは未だにドラゴンキラーを使うようにしており、

「そろそろ、これも何とかしたい処だ」

「これって、どっちのことを言っているの?」

「ロトの剣の方」

「やっぱり、御先祖様に頼んでみるのがいいのかもですよ?」

「頼むって……、頼みようがないだろう…………」

戦いながらも、ロトの剣絡みの与太話に興じられるまでの余裕を見せつつ、彼等は、拍子抜けした程簡単に、地獄の使い達を倒し遂せた。

「満月の塔で苦労した甲斐があったな」

「ですねー。嫌になるくらい、やり合ったお陰ですかね」

「嬉しいような、嬉しくないような、微妙な現実ね」

道程は手間だったが、ここでの戦いは楽勝だった、と軽い息を吐いた彼等は、地獄の使いに曰く『礼拝堂』の祭壇へと進む。

遠目からチラリと見遣っただけで、何かの像らしき物が祀られているのが判ったそこへと。

「……何て禍々しい…………」

「これが、邪神の像……」

「異形か。確かに」

────祭壇の中央に祀られていたのは、毒々しい緑が目を引く、ロトの兜よりも一回り程大きい像だった。

濁った緑色した鱗で全身を覆う、尖った二本の角生やした四本腕の異形が、髑髏を模した台座に長い尾を絡ませつつ、蝙蝠に能く似た一対の翼を大きく広げている姿を象った像で、それを目にした途端、三人が三人共、「ああ、これが邪神の像なのだ」と確信したまでに、異形の神の像は禍々しい氣を放っていた。

祭壇の両脇に掲げられた篝火や、地の底を照らす溶岩の、揺らめく炎を弾いて斑に光るそれに僅か触れただけで、呪われてしまうのでは……、と思わされたくらい、邪神の像は。

「もう少し、小振りな像を思い浮かべていたんだが……」

だが、アーサーとローザは咄嗟に腕を伸ばし倦ねた邪神の像を、アレンは、躊躇い一つ見せずに取り上げた。

──精霊達や、精霊の頂点に立つと言われるルビスを崇める者達は、偶像を崇拝する行為を能くしない。

特に、ルビスの像は、先ず滅多に造られない。

ロト伝説の中でも語られている、かつてルビスが大魔王ゾーマに封印され石像とされてしまった、との『負の逸話』を思い起こさせる──即ち、ルビス像を造るのは不吉なことだ、と考える者の方が多いから。

極稀に、特殊な事情に基づき精霊やルビスの像が造られることもあるけれども、その大抵が、木彫りの実に素朴な物で、殆どが、女性でも片手で持ち運べる程度の大きさの像だ。

……故に、信心深いとは言えないアレンも、無意識に、そんな素朴で小さな像を脳裏に描いていたので、手にした邪神の像を再度眺めた彼は、持ち歩くには不便だな、と独り言つ。

…………そう、その時、アレンが問題にしたのは、単に邪神の像の大きさでしかなく。アーサーやローザが覚えたような不安は、一つも、彼の中に湧かなかった。

「え……。へ、平気ですか、アレン……?」

「何ともない……?」

制する間もなく、ひょいと、しかもさっさと、呪われても不思議ではない異形の神の像を持ち上げた彼に、アーサーとローザは焦った風になったが、

「いや、別に。……大丈夫。僕『は』、きっと呪われたりはしないだろうから」

僅かにだけ、アレンは肩を竦めた。

「……アレン。それは、どういう意味です?」

「貴方、まさか、勇者ロトや曾お祖父様達が信じたように、自分で自分のことを、神と言う絶対の存在に呪われしモノだからと、決め付けてしまったの? だから、二度とは呪われない、とでも思っているの?」

「だとしたら、止めて下さい、そんな考え。僕達は人なんだと、そんなモノじゃないんだと、証明する為にも、三人で、自ら望んで勇者になろうと決めたんじゃないんですか?」

「そうじゃなくて。僕は、と言ってしまったのは言葉の綾で、その所為で誤解させたなら謝る。要は、ハーゴン達が、自分達の本拠へ僕達を誘い込もうとしているなら、触れただけで呪われる物に、それでも触れなければならない、みたいな状況は生んだりしない筈だ、と思っただけなんだ。少なくとも、僕だったら、そんなことはしないな、と」

「…………ああ、そういうこと……」

「んもー、脅かすような言い方しないで下さい、アレンってば……」

「御免。本当に、言葉の綾だったんだ。──さて、戻ろう。又、暑さに負けそうになってきた……」

邪神の像を仕舞おうと、背に負った袋を下ろしながらの彼の言い回しに嫌な引っ掛かりを感じ、何時の間にかアレンは『何かを諦めて』しまったのかと、アーサーとローザが口々に問い詰めれば、言い方を間違えただけだ、とアレンは苦笑し、詫びた。

だから、真顔で彼に迫った二人は、ほっと胸を撫で下ろす。

ローレシアと言う、世界有数の大国を治める王族の一員としては愚直な部類に入る、嘘や誤魔化しも余り得意ではない筈の彼が、旅の日々を共にし、確かな絆で結ばれた、大切な存在だと認め合う自分達にも微塵も悟らせぬ『完璧な嘘』を吐いたとは、アーサーも、そしてローザも、想像すらしなかった。

…………但。

二人が一度は危惧したように、アレンは、『何かを諦めて』しまったが故に、真実大切に思う彼等相手にすら、『完璧な嘘』を吐いたのではなく。

リレミトの術で以て帰還した地上は、朝を迎え掛けていた。

東の水平線を目に痛いまでの白銀色の輝きで縁取っている、昇り始めた朝日を眺めた三人は、うっかり、はぐれメタル狩りに勤しんでしまったとは言え、随分と長い間、灼熱の海底洞窟に潜っていたのだなと、冷たい、が、今は甚く爽やかに感じる早朝の潮風を胸一杯に吸い込んで、大きく伸びもし、船に戻った。

外洋船に乗り込んで直ぐ、朝食を摂るより先に湯浴みをして、汗塗れになってしまった体と衣装を何とかしたいと、アレンが切実に訴えたのもあって、朝日が昇り切るより早く、彼等と彼等の外洋船は、ベラヌールの港へ飛んだ。