─ Sea Cave ─

洞窟の入り口から続いていたなだらかな細い下り坂を辿り切り、一歩進むや否や、痛いと感ずるまでの熱気に襲われて、三人は、一度ひとたび立ち止まった。

「溶岩……」

「……海底火山…………?」

「凄い所ね……」

洞窟内は、携えてきた松明が無用と長物と化す程明るかった。

但し、その明るさを生んでいたのは、辺り一面に溢れていた、赤々と煮え滾る溶岩の流れだった。

溶岩は、下り切った坂の先に僅かばかり広がっていた足場も取り囲んでいて、彼等は、そこより一歩も進めなくなる。

「こんな所……どうやって進めばいいのかしら……」

「困ったな。流石に溶岩が相手では、毒沼の時みたいに耐えれば何とか、と言う訳にはいかないし……」

「うーーーん……。トラマナ……は魔方陣を無効化する術ですから、溶岩には無意味ですよね……。…………あ、そうだ。言い伝え通りなら、水の羽衣は、溶岩だろうと猛吹雪だろうと跳ね返す筈です。だから、溶岩地帯を抜ける時だけ、アレンが水の羽衣を羽織って、ローザを抱き抱えて渡るのはどうですか? 羽織るだけならアレンでも大丈夫でしょう? その状態で魔物と出会してしまったら逃げるしかなくなりますけど、それ以外に手は無いような気が」

「でも。水の羽衣を纏えば溶岩の上でも渡れる保証は無いのよ。だからって、試してみるのは危険過ぎるわ。もしも駄目だったら……」

「いや、試そう。僕が試してみる。どの道、某かを試すより他無いなら、無事で済む確率が一番高そうなことに挑んでみるしかない。それでも駄目だったら、一旦引き上げて、何か手を探そう。──ローザ。水の羽衣を貸してくれ。…………あ、二人共、先に言っておくけど。僕が羽衣を羽織った姿を見ても、笑ったりしないように」

このままでは奥を目指す処か、すごすごと船に戻るしかなくなると、三人は、溶岩の熱気に煽られながら立ち尽くしつつ打開策を探し、ロト伝説にも登場する水の羽衣に賭けてみることにした。

それとて何処までも賭けでしかなく、当てが外れたら大怪我処の騒ぎでは済まぬし、アレンに至っては、勢い、水の羽衣に袖通した自身の姿を想像してしまい、滑稽以外の何物でもない……と、そちらの意味でも鬱な気分に陥り掛けたが。

ままよ……、と。

普通に似合う、とか何とか、羽衣を羽織った己を盗み見たアーサーとローザがコソコソ言い合う声を、耳朶からも脳裏からも追い出し、そろそろと、アレンは、溶岩の流れへ一歩だけ踏み出す。

──進めた足に恐る恐る身を預けても、熱さも痛みも感じなかった。

煮え滾る溶岩を踏み締めた足裏から伝わってきたのは、弾力のある綿か何かの上に立っているに似た感触で、二歩、三歩と歩み進めても、溶岩の流れの直中に佇んでみても、熱気すら感じなかった。

「うん。行けそうだ」

「じゃあ、行きましょうか。水の羽衣を手に入れてからテパを発つことにしたのは、正しい判断でしたね。二着手に入れられたのも、幸いでした」

「でも……、アレン、本当に平気なの?」

「平気って、何が?」

「だから、その……、ずっと私を抱えて歩いて、平気かしら、って……」

「心配しなくても大丈夫。ローザを落としたりなんかしないから。あ、でも、しっかり掴まっていてくれないと困るかな」

「…………そういうことではないのだけれど……。──御免なさい、宜しくね、アレン」

言うまでもなく、怪我も火傷も負わずに済み、何時でも治癒魔法を唱えられるように構えながら固唾を飲んで見守っていた二人の許まで引き返したアレンは、アーサーと二人頷き合って、何故か小声でゴニョゴニョ言い出したローザを、ひょい、と横抱きに抱え上げ、『灼熱色の道』の上を辿り始めた。

珊瑚の海の底に広がっているのだろう洞窟も、酷く入り組んでいた。

だが、其処彼処に流れを作り、又、至る所から吹き出している溶岩ばかりが目に付く地下の洞窟の中で、アーサーの趣味用の帳面──燃え易い紙製のそれは広げられなかったので、辻にぶつかる度、壁面や、溶岩の浸食を免れた床に剣先で印を刻みつつ、彼等は洞窟内を彷徨う。

テパの村の宿屋で巡らせてみた仄かな想像が当たったのか、溶岩だらけの海底洞窟も、かつては精霊と某かの関わりを持っていたのを示す小さな祭壇が幾つも見付けられ、遥か以前に何者かが捧げたのだろう『一寸したお宝』──満月の塔でも手に入れた祈りの指輪等々も拾えたけれど、溶岩流を渡っている時以外は一々ローザに水の羽衣を返しているアレンは、あちらこちらと彷徨っている内に、周囲の熱気に当てられ朦朧とし始めてしまって。

「すまない。少し、くらくらしてきた……」

「大丈夫ですか? アレン。休みましょうか」

「本当に大丈夫なの? 随分顔色が悪いけれど。何処か、怪我でもしたのではなくて?」

「…………そう言えば、さっき、結局空だった祭壇の箱を開けた時に、何か刺さったような、刺さらなかったような……」

──! だから! そういうことは直ぐに教えて下さいって、この間も言ったじゃないですかー!」

「捧げ物に見せ掛けてある罠が無いとは言い切れないのよっ。毒が仕込まれていたらどうするのっ!」

「御免……。でも、熱さの所為なのか何なのか、自分でも能く判らなくなってしまっていて……」

アーサーとローザは、己の体の具合は固より、痛覚も鈍くなり始めているらしい彼を叱り飛ばしたり癒したりしながら、慌てふためきつつ世話を焼いて。

腕力と体力の問題で、アーサーにはローザを抱え続けられなく、又、流石にローザよりもアーサーの方が重いので、アレンが彼女を抱えて行く以外に選択肢は無い溶岩渡りの最中は、魔物に襲われても一目散に逃げるしかなくて。

アレン達は、様々な意味で様々に手を焼かされたのだが、そんな、面倒臭いことこの上無い海底の洞窟にも、一つだけ、良いことがあった。

格別の良いことが。

それが何かと言えば、はぐれメタルと呼ばれている、スライム族の魔物に幾度か出会せたこと。

武具の素材として重宝されるメタルスライムと同じ部類の魔物で、スライム族にしては好戦的だし、マヌーサやベギラマまで操る輩だが、体躯の問題で、大きく素材が取れる分、素晴らしい値段で売り飛ばせるメタルスライムよりも尚、真に真に素晴らしい値段で職人達が買い取ってくれる素材──もとい魔物、それが、はぐれメタルなので。

うにょん、と地を這いずる如くに進む、はぐれメタルを見掛けた瞬間、三人はパッと目の色を変え、疲れも暑さも吹き飛ばして追い掛け、逃すなー! と、何方が魔物なのか判らないまでの勢いで、うにょんうにょん逃げる灰色のアレに挑み、逃げられたり、マヌーサに惑わされている内にやっぱり逃げられたり、ベギラマを喰らった挙げ句に何処までも逃げられたり、と散々コケにされつつ、「自分達は、何でこんなに、貧乏が身に沁み付いてしまったんだろう……」と我に返って落ち込みつつ、何とか二匹程狩れた、はぐれメタルを荷物袋に突っ込んで、

「有り難う。はぐれメタル──の皮」

と思い掛けぬ『収穫』を拝んでから、すっかり機嫌も具合も良くした彼等は、改めて、海底洞窟の最下層を目指し。

都合五階層分程、海底洞窟を潜ったら、それまでに辿って来た所に比べれば幾分か狭い、何処となし某かの手が加えられている雰囲気の場所に出た。

何だろう……? と立ち止まって耳を澄ませてみれば、溶岩が流れる音や煮え滾る音に混じって、微かに、祈りのような物を捧げている声も聞こえた。

「祭壇かしら?」

「祭壇……と言うよりは、簡素な礼拝堂みたいですね。但し、邪教の」

「こんな所にか? 何か意味があるのかな」

「可能性の話でいいなら、幾らでもありますよ。ここは地の底ですから、地上よりも地獄や冥界みたいな所により近い、と彼等は考えてるとか。彼等が崇める邪神は地底が本来の住処だから、とか。でも、個人的に一番推したいのは、元々、この海底洞窟は大地の精霊か火の精霊が宿られていた所で、そこを、ああして乗っ取って邪神を祀ることで、大地や火の精霊の力を抑えるか奪うかしようとしている、と言う可能性ですね。大地と火の精霊は、火山や溶岩や、大地の揺れの源でもありますから──

──まさか、連中は、精霊達のその力を邪神の物にして、何れは天変地異のようなことを起こすつもりでいるのか?」

「ええ。僕はそう思いますよ」

「だったら、邪神の像が有ろうと無かろうと、今直ぐにでも彼等を止めないとならないわ」

「だな。……二人共、いいか? 行こう」

気配を殺し、そろそろと、祈りが聞こえてくる方へと忍んで行けば、邪神教団の神官──満月の塔で散々やり合った、地獄の使いと思しき後ろ姿が二つ並んでいる、祭壇か、然もなければ礼拝堂らしい区画があって、あれは何だろう、彼等はこんな所で何をしているのだろう、とボソボソ言い合った三人は、気配を殺したまま、地獄の使い達の背後に近付いて行った。