─ Tepa〜Delkondar〜Sea Cave ─

「何じゃ。そこの若いの。背の高い方のお前さんじゃ。何か不服か?」

「いや。不服なことなど一つも無いが?」

「なら、何で顔を顰めたんじゃ」

「思いの他、薄い布だと思っただけだ」

「……お前さん、もしかして、これを着たら『下』が透ける、とでも思ったのか?」

「………………そういう訳じゃない」

「念の為に言っておくが。この羽衣は、何が何でも素肌の上に着なければならん物ではないぞ? 薄手の服の上から羽織る物だぞ? そりゃまあ、これだけを着込んでもいいが」

一瞬のことだったけれども、アレンが眉間や鼻の頭に皺寄せたのに気付いたドン・モハメは、ぐりん、と彼へ首廻らせ、「ひょっとして、しなくてもいい心配をしなかったか」と、彼にとっては『痛い突っ込み』をしてくれて、

「…………だから、そういう訳じゃない」

「え、えっと……。み、水の羽衣、受け取らせて頂きますね」

「……有り難うございました」

そっぽを向いてしまったアレンを盗み見ながら、アーサーは、プ……、と笑いを堪えつつ、ローザはほんのり顔を赤らめつつ、ドン・モハメに頭を下げて、水の羽衣を受け取った彼等は、何処となくそそくさと、彼の隠居宅を後にした。

「アレン……。気持ちは判りますけどね? 判りますけど」

思い掛けず、二着分も水の羽衣を手に入れられたことを喜びながら村の通りを辿りつつも、アーサーは、ぐ……、と変な風に喉を鳴らすことで、再び込み上げてきたらしい笑いを堪える。

「そこまで笑わなくてもいいだろう……。幾ら、ロト伝説で語られているような力を持つ羽衣でも、そんなに薄い、透けそうな生地の物を、ローザに押し付ける訳にはいかないと思っただけでっっ」

「ええ。ですから、アレンの気持ちは判ってますってば」

「ローザは、女性と言うだけじゃなく、淑女で、ムーンブルクの王女殿下でもあるのだから──

──あの、ね。アレン。アーサーも。もう、その話はお終いにして貰えないかしら?」

「………………あ、御免……」

「御免なさい、ローザ。──でも、この羽衣は、とってもローザに似合いそうですね。……二着あることですし、折角だから、僕も着ちゃおうかなあ。…………僕が着ても、女性に間違われたりしないですよね……」

「え。君が……?」

「アーサー、貴方が?」

クスリと彼に忍び笑われて、微かに頬を赤らめたアレンは言い訳がましく捲し立て、だから、アーサーの声には益々笑いが忍んで、居た堪れないから止めて頂戴と、少年達の言い合いをローザが制せば、『微妙になってしまった空気』を払拭しようとしたのか、アーサーが、自分がこれを着たら……、と真顔で悩み出したので、今度は、水の羽衣を纏ったアーサーをうっかり思い浮かべ、水の羽衣姿の彼は、確かに女性に見えるかも知れない、と納得もしてしまったアレンとローザが、揃って吹き出してしまって。

「…………二人共。今、どんな想像しました……?」

「……言えない」

「……私も」

笑い合って、きゃあきゃあと騒いで、賑やかに村の通りを宿屋まで辿ったアレン達は、随分と厄介になったテパの宿を引き払い、村の船着き場に出て、その日の内にデルコンダルの港に飛んだ。

何百年も前に失われてしまった筈の、船毎ルーラで飛ぶ、と言う術を用いる度、何処の港でも騒ぎになったので、騒がれること自体には慣れてしまったが、デルコンダルでとなると、もう言わずもがなな理由で『問題』が発生し兼ねぬから、それはそれは迅速に船の補給を終えた──正しくは終えて貰った──彼等は、噂を聞き付けた途端、絶対に王都より出張って来るデルコンダル王の『襲撃』を受けるより早く、何とか港を発つこと叶えた。

出航直後の船の甲板で、良かった、間に合った……、と胸撫で下ろした彼等が先ず目指したのは、世界地図上で見付けた二つの『点』の内、デルコンダル大陸の南西の海に浮かんでいる方だった。

何となくだけれども、地図で見る限り、そちらの方が大きそうだったので。

例の洞窟とやらが、どんな風になっているのか具体的には想像も付かないけれど、浅瀬に囲まれている以上、それなりの大きさではあるだろう、と思えたから。

────そういう訳で、約半月振りに洋上の船に揺られること数日。

デルコンダルの港より、真っ直ぐ南西を目指して海を進んだ外洋船は、浅瀬──夥しい数の珊瑚に囲まれた、小型の上陸船でも近付けない小さな島を発見した。

不可思議な世界地図を頼りに波を掻き分け進んだので、目的の洞窟があるらしい島自体は迷うことなく見付けられたが、小島を取り囲む珊瑚の余りの多さに、どうやって島に上陸したらいいのかと、三人は思わず首を捻った。

本当に、あの石──月の欠片を用いれば島に辿り着けるのか、と不安に駆られもした。

「例の洞窟があるらしい島は見付かったが……」

「……どうするんでしょうね、この先」

「と言うか。月の欠片を、どう使えば島に渡れるようになるのかしら」

岩山ばかりが目に付く、大まかに言って凸型をしている小島の程近くで船を停め、眼前に広がる珊瑚を眺めながら、唯々、三人は唸る。

「えーーと。確か、ザハンの尼僧様は、『月の欠片が星空を照らす時、海の水が満ちる』と仰ってましたよね」

「ええ。その筈よ。……星空…………。ひょっとして、夜でないと駄目と言うこと?」

「そうだなあ……。じゃあ、夜を待ってみようか」

『正解』を求めて唸って、知恵も絞って、一つと違わず言い伝え通りにしてみれば何とかなるかも? と彼等は夜の訪れを待つことにした。

己達の推測通り、これより向かう洞窟の中に邪神の像があるならば、洞窟内には手強い魔物達が蔓延っているばかりでなく、自分達を待ち構えているそれも数多だろう。

そんな所の探索に、敢えて日没を迎えてから挑むのは、或る意味では自殺行為と言えるけれども致し方ない、と考えながら、日暮れまでの時をやり過ごすこと数刻。

西の水平線の彼方に太陽が落ち、墨色になった空に星々が瞬いたのを確かめた三人は、数日前に手に入れたばかりの『月の欠片』を、荷物の中から取り出す。

ザハンで語り継がれてきた古い言い伝えは、『月の欠片が星空を照らす時』と謳っているので、物は試しと、手にした石をアレンが頭上高く掲げてみたら、途端、月の欠片は月光色に輝き辺りを照らし出して、と同時に、ゴウッと音立てて海の水が逆巻き、激しく船を揺らした。

甲板にいた誰もが咄嗟に手摺りに縋った程の、波打つ強い揺れは暫し続いたが。

揺れが収まった時には、何時しか競り上がった海水が、海面に顔覗かせていた珊瑚達を覆い尽くしていた。

カンテラを片手に甲板の手摺りから身を乗り出してみたら、海面は、上陸船でなく外洋船そのものを島に横付け出来るまで上昇していると判り、

「行くか」

「ええ」

「はい」

接岸した船より下りたアレン達は、今度は松明を手に島の最奥目指して進んで、ぽかりと大きく口を開いていた、地下へ続いているらしい洞窟の中へと踏み込んだ。