─ Full Moon Tower〜Tepa ─

「あの方は、何処に?」

「何時の間に消えたのかしら……」

「判らない。掻き消えた、としか言えない。聖なる祠にいた守人と言い、先程のご老人と言い……。人ではなかった、と言うことか」

「そういうことなんでしょうね。霊魂……ではなかった筈ですから、精霊……?」

「聖なる祠にいらっしゃったあの方も、先程のあの方も? でも、彼等が精霊だったなら、煙のように消えてしまったのも納得は出来るわね」

今の今まで直ぐそこにいた老人が、音も立てず何処へと去ってしまったのは、人でなく、精霊だったからなのでは、と三人は言い合い、

「………………精霊、か。────何も彼も、運命さだめ。それが、精霊のお告げか。……成程」

もしも、本当に彼等が精霊で、あの老人が告げたことは『精霊のお告げ』だったのだとしたら……、とアレンは一人、僅かに瞳を細めた。

「アレン? 何です?」

「御免なさい。何か言った? 聞こえなかったの」

「……いや、何でもない。一寸、独り言。──テパに戻ろう。あの彼が精霊だったなら、この石は、月の欠片に違いないんだろうしな」

「ですね。満月の塔の探索も、大変でしたしねー」

「早く戻って休みましょう。一休みしたら、今度は、月の欠片を使う場所を探さないと」

某かを会得した風だった、その刹那の彼の呟きは、アーサーにもローザにも届かぬまま終わり、疲れたとか、しんどかったとか、正直に告げ合いつつリレミトで以て塔を抜け出した彼等は、今夜もこの疲れを癒すのに費やさなければと、テパの宿屋に向かった。

夕暮れを過ぎてから戻った宿屋にて一心地を付けてから、次は何処を目指せばいいのだろうと、三人は、客室の寝台の上に広げた世界地図を囲んだ。

「私、さっきから少し気になっていたことがあるの。曾お祖父様が『そう』とご存知の上だったのかは兎も角、ロトの兜が封印されていた聖なる祠の守人が、実は精霊だった、と言うのは素直に納得出来るの。元々、あの祠は、勇者ロトと曾お祖父様に『虹の雫』を授けた場所だから。でも、満月の塔にいらっしゃったあのご老人までもが精霊、と言うのは、少し不思議なのよ」

「ああ、ローザの言いたいことが判らなくもないです。確かに一寸不思議ですね。満月の塔は、勇者ロトとも曾お祖父様とも関わりなさそうですし、ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に出来た建造物、と言う訳でもないみたいですから」

「そうだなあ……。満月の塔は、二つの勇者伝説とは縁も所縁もないだけで、精霊とは関わりがある、と言うことなんだろうとは思うけど。……但、僕達にも視える形を取れる程に強い力を持った精霊が関わっている塔の割には、悪魔族やハーゴンの手下な魔物の蔓延り方が尋常ではなかったような……。何でなんだろう?」

「うーん……。その辺は、大灯台にいたグレムリンや、ムーンペタにいたベビルみたいに、僕達が月の欠片を取りに行くと知っていて待ち伏せてた、みたいな感じなんじゃないかなあ、と」

「…………何故。勇者ロトとも、曾お祖父様とも縁のない場所を僕達が訪れる確率は低いことくらい、連中だって判ってるんじゃないのか?」

「……ねえ。月の欠片は、海の何処かにある、浅瀬に囲まれた洞窟に入るのに必要な物でしょう? ……例えば、だけど。もしも、その洞窟に『邪神の像』があるのだとしたら。充分、彼等が私達を待ち伏せる理由になるわよね。私達が、ペルポイの牢にいたあの老人から邪神の像の話を聞いたと、ハーゴン達が知ったなら、の話だけれど」

「………………あ、それだ」

「ええ、それですね。邪神の像があるかも知れない海の洞窟も、そもそもは精霊に関わっていた場所で、だから、満月の塔にあった月の欠片も、精霊だったんだろうあのご老人が守っていたのかも、と考えれば、万事納得出来そうですし」

「ま、その辺のことまで深く悩んでしまうと話が進まないから、月の欠片があれば入れる洞窟に、邪神の像があるのを期待して、探そう」

燭台の火に透かしながら、穴が空く程世界地図を睨み付けつつ、満月の塔にいたあの老人はー、とか、月の欠片はー、とか、何処かの洞窟にあるのはー、とか、彼等は諸々を語り合い、尚も世界地図を睨み続け、

「ここか、ここの、何方かだな」

「他に、それらしい所は見当たりませんね」

「何方かしら。両方共、一番近いのはデルコンダルね」

デルコンダル大陸の北北西に一つ、同じく南西に一つ、点のようにも見える何かが、海上に存在しているのを漸く見付けた。

「何方が正解かは、行ってみるしかないか」

「……どうします? ベラヌールの港で荷積みをして向かいます? それとも、デルコンダルの港から行きます? 何方にもルーラの契約印は置いてありますから、その辺は、どうとでもなりますけれど……」

「船毎、ルーラで港に飛んだら、瞬く間に、私達のことがデルコンダル王のお耳に入りそうよね」

「確かに。僕達がデルコンダルにいると、叔父上に嗅ぎ付けられたら厄介だからなあ……。絶対に、引き止められるのが目に見える。……でも、うん、デルコンダルの港から行こう。例え知られたとしても、王都から港に出るまで、数日は掛かるから」

「ああ、そうでしたね。だったら、何とかなりそうです。もしも駄目だったら、デルコンダル王には申し訳ないですけど、全力で逃げましょう」

「ええ、逃げ切りましょう。────なら、次に行く先はデルコンダルの港ね」

やっと目星が付いた! と喜び勇んで直ぐ、一番近い港がデルコンダルとなるとー……、と『愉快な個性』の持ち主なアレンの叔父上──デルコンダル王のことを思い出して、ちょっぴりだけ項垂れたりもしてから、水の羽衣が出来上がり次第、テパを発とうと彼等は決めた。

水の羽衣を手に入れたらデルコンダルの港に飛んで、荷積みをして船を出し、月の欠片があれば入れる洞窟を探し、洞窟の探索を終えたらベラヌールに戻り、ロンダルキアに通じる旅の扉を見付け出して。

──予定の全てが首尾良く運んだら。

ベラヌールに隠されていると言う、旅の扉を潜れたら。

漸く、ロンダルキアの、あの高い峰々の向こう側に立つことが叶う、と。

早くも、未だ見ぬロンダルキアの大地に思い馳せながら、寝支度を終えた三人は、部屋の灯りを落とした。

それより数日、唯ひたすら、ドン・モハメが水の羽衣を織り上げてくれるのを待ちつつ、彼等はテパの村で時を過ごした。

こうしてブラブラしているだけで日々を費やすくらいなら、先に例の洞窟を探しに行くべきか、とも考えたけれども、本当に目的の洞窟に邪神の像があったら、対峙しなくてはならぬ魔物達も手強かろうから、時を無駄にしても守りは固めるべきだ、との思いの方がまさったので、たまには骨休めも必要だから、と言い合って、豊かな自然だけが取り柄の村で、存分に羽を伸ばした。

アレンは、鍛錬序でに、近くの森まで一人狩りに出掛け、アーサーは、ひたすら趣味に没頭しつつ、テパ辺りでは一般的な原始宗教の研究まで始め、ローザは、親しくなった村の女性達との茶飲み話に興じながら、こっそり、ドン・モハメの仕事の進み具合を覗きに行ったりとして。

不意に訪れた、過酷な旅の疲れを癒すだけが仕事の、本当に骨休め以外の何物でもない数日に三人が秘かに飽きを感じてきた頃、思い掛けず長逗留になってしまったテパの宿屋に、『偏屈ジジイ』な彼より、水の羽衣が織り上がったと報せが入った。

「ほーれ。これが水の羽衣じゃ」

やっと待ち侘びていた報せが、とドン・モハメの隠居宅に駆け付けた三人に、『偏屈ジジイ』な彼は、世界一の羽衣作り名人、との評判に違わぬ、真に素晴らしい出来の羽衣を、手ずから広げて披露した。

「うわぁ……。とても綺麗な羽衣ですねえ」

「これが、水の羽衣なのね。本当に、素敵」

「今の世に甦った伝説の一つ、と言った処だな」

雨露の糸と同じ薄い水色をした、透ける生地の羽衣は、綺麗、としか例えようがなく、アーサーもローザもアレンも、一様に目を奪われたが。

「お前さん達が持ち込んだ雨露の糸が、かなりあったからな。二着分も出来たわい。一つは、そちらの娘さんが着ると良かろう」

ほれ、と手にしていた羽衣をドン・モハメがローザへと差し出した途端、アレンは、ほんの少しだけ嫌そうな顔になった。