「え…………」

「だって、それは……」

「ええと……。ルビス様は、確かにこの世界の創造主で、大地母神と同一視されてもいる方ですけれど、あくまで精霊であって神そのものではありませんから、この世界に永久の平和を、と言う願いまでは叶えられなかった、とか……?」

「……でも。だとしても。力の源が断たれた闇の中から、新たな魔が生まれる理由にはならない、よな……」

「そうね…………」

虚を衝かれ、竜王の曾孫の怠惰な様を気に留める余裕すら失い、そんなこと、考えたこともなかった……、と三人は忙しなく視線を彷徨わせた。

「処でな。儂は、だーーー……いぶ以前から、人相手に問うてみたいことがあったんじゃ。故に。アレン。アーサー。ローザ。世の人共の代わりに答えよ。……儂の曾爺様──王の中の王と名乗った竜王は、どうして、其方達の曾祖母でもあるローラ姫を攫ったと思うか?」

すれば、竜王の曾孫は、再び問いを変えた。

やけに、うきうきとした弾む声で。

「……妻に娶る為」

「そういう話ですよね」

「ええ。そう聞いているけれど……」

「何で、妻に娶ろうと思ったんじゃ?」

アレン達が口々に言えば言う程、竜王の曾孫の声音は弾み。

「…………子を残す為……?」

「竜王が、ローラ姫を愛していたから……なのかな…………」

「兎に角、婚姻したかったのでしょう?」

「ふむ。理由は何にせよ、曾爺様はローラ姫と婚姻したかった、と。で、子をしたかった、と。それが、其方達、人の答えか?」

「いち、おう…………」

「…………ローラ姫に、卵が産めるか?」

終いに彼は、ケラケラと笑い始めて。

「曾お祖母様に、卵が産める訳無いだろう。何を馬鹿なことを。その前に、笑うな」

「ロト伝説を、能ーーー……く思い返せば、儂の言いたいことが判る筈なんじゃがのー。アレクが光の玉を授かったのは、空の彼方の異世界の、竜の女王の城。天界に続く光の扉をも有する、神に仕えし竜族の居城。彼の城をアレクが訪れた時、既に竜の女王は、重い病に冒された余命幾許もない身で、アレクに光の玉を授け終えると、一つの大きな卵を産み落としてから息絶えた。……即ち。この逸話一つだけでも、竜族は母の胎からでなく、母が産みし卵より生まれると判る。…………ローラ姫に、卵が産めるか? 竜王の子が孕めるか? 子が生せずとも、種族を違えども、愛すればこそ、攫ってでも己が妻にと望んだとでも? 曾爺様がか? 其方達人の間では、未だに悪魔の化身と言われとる竜王がか?」

甲高くて耳障りな笑い声と彼の態度に、流石にアレンは腹を立てたが、唐突に笑声を収めた竜王の曾孫は、面から一切の表情を消しつつ言った。

「……………………」

ほんの少しばかり語気強く語った彼の言葉に、三人は、沈黙のみを返す。

「竜族にも、人で言う処の男女の別がある。男たる竜と女たる竜が交わり子孫を残す。じゃが竜族は、男たろうと女たろうと、交わりを持たずに卵を産める。但し、そうして産み落とされた卵より孵りし竜の命は、短く終わる。……本来、竜族は、何千年もの刻を生きる種族であると、其方達も知っておろう? なのに何故、儂が竜王の『曾孫』なのかの答えはそこにある。我が曾祖父が残したモノも、祖父や父が残したモノも、交わりなき卵じゃったから。儂が、こうして存在しておるのは、アレフに討たれるより早く、曾爺様が卵を残したから。………………では。再度問おうか。竜王は、何故、ローラ姫を攫ったんじゃろうの?」

それからも、怒りに似た何かが籠められた声音で竜王の曾孫は語りを続けたが、最後には、毎度の軽い調子を取り戻し、先程の問いを繰り返した。

「……………………竜王、が。やり方は兎も角、ローラ姫を愛せるだけの心を持っていたか。然もなくば、妻として娶る以外の理由があったから」

けれども、もう、そんな彼を軽薄と切って捨てられなくなってしまったアレンは、ボソリとだけ言い返した。

「まあ、そんな処じゃな。その何方が正解かは兎も角。──では、次の問いな」

「又か……。もう、いい加減にしてくれないか……」

「断る。其方達を困らせるのは、この上無く楽しいからのー。それに、今の儂は其方達の師。出来の悪い教え子共の頭も悩ませず、全ての答えを教えるのは先生でも何でもないじゃろが。只の、お喋りジジイじゃろうが。────さてさて。そもそも、そんな竜王は、何処からこの世界にやって来たのじゃろうな?」

一方、『竜ちゃん』は、そろそろ問答は終わりにして欲しいと、うんざりし始めたアレンへ向けニタリと笑みながら、これを機会に、思う存分其方達をおちょくる、とも宣言し、ひたすら問いを重ね、

「竜王は、何処から、ですか…………。何処………………」

「ゾーマの予言に倣うなら、『闇の中から』よね。だけど……」

未だ続くのか……、と内心では辟易しつつも、アーサーとローザは、うっかり『竜ちゃん』の問いに付き合い悩み始めて。

「………………王。一つ答えろ」

唐突に、何時まで経っても終わらない竜王の曾孫とのやり取りに、少々の引っ掛かりを感じたアレンは、徐に、改めて彼へと向き直った。

「……其方、何処までも律儀じゃな。──して、何を?」

「お前が、さっきから僕達に吹っ掛け続けているこの問答は、全て、正史や正史となった伝承を基にしてのことなのか。要するに、お前曰くの『矛盾』や『不思議』は潜んでいても、ロト伝説や勇者アレフの竜王討伐物語は、『真実』を伝えている、と言う前提での話なのか?」

「…………だとしたら?」

「…………だとしたら。竜王は、何処からこの世界にやって来たのか、との問いに対する答えは、『勇者ロトと同じ、空の彼方の異世界』だ。矛盾や不思議を抱えつつも、正史が『真実』だけを伝えているなら。正史の中に、全ての答えがあるなら。そういうことになる。正史──ロト伝説に登場するモノの中で、竜王になれるのは、たった一人しかいない。竜の女王の残した卵から生まれた竜だ」

横目を流して寄越した彼と視線を合わせ様、『これまでの話の前提』を確かめてから、アレンは、幾度目かの問いに対する答えを告げる。

「えっ……? アレン……?」

「アレン、貴方、何を言っているの……?」

言い放たれた彼の答えに、アーサーとローザは、唯々、目を瞠ったが。

「……………………アレン・ロト・ローレシア。それが、儂の問いに対する其方の答えか」

「ああ。そうだ」

「己の言葉の意味は判っとるか?」

「判ってる」

「『模範の答え』を出したのか。それとも、其方自身がそう思うのか。何方だ」

「僕自身の答えだ。全ての答えが正史の中にあるなら。竜王は、勇者ロトと同じく、空の彼方の異世界より、この世界にやって来た神の眷属、それ以外に有り得ない。……そう思っただけだ」

「そうか。……ならば、そろそろ、鬱陶しいじゃろう問答は終いにしてやる」

最後まで、彼の言葉に耳を貸した竜王の曾孫は、その答えに行き着いたならば、問答責めは打ち止めだ、と大きく伸びをした。

「……のう、アレン・ロト・ローレシア。其方、ものすーーー……ごく、ロト伝説やアレフの竜王討伐物語が好きじゃろ」

「…………ロト伝説も、曾お祖父様の竜王討伐物語も、空で言える。……それが、どうした」

「ほんに、血は争えん、と言うだけだ。儂も爺様から聞いた話じゃが、アレフも、ロト伝説を大層好いとったらしい。其方のように、ロトの英雄譚を空で語れたとか。……其方が、先程の答えに辿り着けた理由の一つは、ロト伝説やアレフの竜王討伐物語を、一言一句違えぬまでに覚えておったからじゃろう。…………故に、アレフも。在りし日、其方と同じ答えに辿り着いた」

そうして、竜王の曾孫は、よっこらせ、と椅子に座り直すと、『血』と言うのは本当に恐ろしい、と喉の奥で笑い始めた。