「アレン。爺様達から聞かされた通りなら、其方は中身まで、アレフに能く似ておる」

が、そう間を置かず、『竜ちゃん』は籠った声の笑いを引っ込め、彼等の曾祖父の話を始めた。

「但、アレフの方が、其方よりも遥かに頭は柔らかかったらしいがの。生まれ故郷のドムドーラを魔物達に滅ぼされてよりは、孤児の一人としてラダトームの教会で過ごしただけあるのか、俗なこと含めて市井を能く知っておって、臨機応変、と言う言葉も知っとったそうな」

次いで彼は、又、ふいっと手を振って、何処からともなく、既に熱い茶が注がれた人数分の茶器一式を、自身と三人を隔てる卓の上に出現させると、その内の一つを取り上げ、中身をズビズビ啜りながら語りを続ける。

「曾お祖父様は、そういう出自の方だったそうですから、巷の色々をご存知だったのは、おかしな話じゃないと思いますよ?」

じー……っと、茶器の中で揺れる茶を眺めて、人間用の紅茶に間違いないっぽい、と見定めたらしいアーサーは、『竜ちゃん』に倣い、何処か和んだ風に茶に口を付けた。

竜王の曾孫と一緒になって寛いでいるようにしか見えない彼を、素直にそんな物を飲んで……、とアレンとローザは見据えたけれど、大丈夫ですよー、と穏やかに笑まれ、且つ、一緒に飲みましょうよと誘われてしまったので、二人も恐る恐る茶を取り上げ、

「そうじゃな。別段、不思議でも何でもない、当然のこと。但、俗を能く知る者は、時折、自身でも俗な思い付きをする。────今より百年と少し前。このアレフガルドでは、何処の街や村でも、曾爺様がローラ姫を攫ったのは、己が物とする為なのだろうと噂しておったそうでな。アレフも、そういうことなのだろう、と信じておった」

何を疑っているのやら、と肩を竦めつつ、『竜ちゃん』は『昔話』を進める。

「だが、救い出したローラ姫は、弱っていただけで純潔は守っておった。故に、アレフは不思議に思った。疾うに、姫は竜王の物とされてしまったとばかり思っていたのに、無事だったのは何故か、と。そうして、思い至った。竜王が姫を連れ去ったのは、妻とする為──要するに、己が物とする為でも、子を生させる為でもないのではないか、と。そもそも、ロト伝説が語る通りなら、姫には竜王の子は生せぬ、とも。……恵まれていたとは言えぬ育ちの所為か、アレフは、人共に悪魔の化身と言わしめる竜王でも、愛だの情だのを解せる心はある、と言うような『幻想』を抱く質ではなかった。『悪魔の化身』が、愛や情で以て『人族の女』に手を出すなどと、奴には信じられなかった。故に奴は、『答え』は二つに一つだとも思った。竜王がローラ姫を攫ったのは、竜王は本来、愛や情を解せる存在──即ち、魔物や魔族とは異なるモノか、然もなくば、明確な理由がそこにあるかの、何方かではないかと。………………そして」

「……『そして』、何ですか? 曾お祖父様は、何を思われたんですか」

「…………そして。そんなことを思い立った奴は、それを切っ掛けに『立ち返った』。竜王とは何なのか、と言う処まで。胸に灯ったその疑問の答えは、正史の中にある、とも奴は思った。竜王──闇の中から現れる『新たなるモノ』の訪れは、ゾーマの予言と言う形でロト伝説に記されており、己が祖先も、魔の島へ渡る術を石碑に書き残したのだから、『新たなるモノ』が何者かの答えも、ロト伝説の中にある。とするなら。ロト伝説に登場する全てのモノの中で、『竜王』になれるのは、たった一人しかいない。…………そう。在りし日のアレフは、アレン、先程の其方と同じ答えに、そうやって辿り着いた」

そこまでを語って、話の合間合間にズビズビと啜り続けた茶のカップを、竜王の曾孫は卓に戻した。

カップの中身は、すっかり空になってしまっていたから。

「でも……。でも、竜王が本当に、空の彼方の異世界からやって来た、竜の女王の子供なら。何故、彼は、人々に悪魔の化身と言わしめた程の存在になったと言うの。竜の女王は、天界へ続く扉さえ有する、竜族の城の主だったのよ。神の眷属だったのよ。どうして、神の眷属が、降り立った異世界をゾーマのように闇に閉ざそうとしたの。そんな筈無いわ」

その所為で、ほんの少し、『竜ちゃんの語る昔話』には『隙間』が生まれ、僅かに口付けただけの茶器を握り締めながら、信じられない、とローザは首を振る。

「そこじゃ」

「……何処よ」

「…………ローザ・ロト・ムーンブルク。其方、存外キツい性根じゃの。──真実、神の眷属たるなら、何故、竜王は第二のゾーマの如き存在と化したのか。……それを考える前に。どうして、竜の女王の子は、この異世界へ降り立ったのか。そこから考えれば良い」

「………………うん?」

「どうしました、アレン?」

「……話が変だ」

独り言にも近かった彼女の言葉を受けて、ポン、と竜王の曾孫が膝を叩けば、ローザはキッと眼前の彼を睨み、「あー、怖い」と、わざとらしくそっぽを向いた彼と、そんな彼を睨み続ける彼女とを見比べたアレンは、おや、と洩らした。

「変?」

「勇者ロトが、竜の女王の許を訪れたのは、大魔王ゾーマの存在を知ってからだ。人には越えられない、高い山々に四方全てを囲まれた大地に竜の女王の城はあって、魔王バラモスの城に乗り込む為に目覚めさせた、大空を翔られるラーミアに頼らなければ、ロトでも辿り着けなかった。要するに、彼が竜の女王と対面したのは、バラモスを倒した直後の、ゾーマの許へ向かう為の道を探していた最中。竜の女王に会い、光の玉を授かった彼は、間を置かず、この世界にやって来ている。そこからゾーマを討つまでに、彼と彼の仲間達が要した時間は、半年と少し」

「…………ですね。あれ? そうすると……確かに、変ですね」

「だろう? ロトに光の玉を授けた時に、竜の女王は卵を産み落としてる。その約半年後、ゾーマは倒され、ギアガの大穴は塞がってしまって、ロトも仲間達も、元の世界に戻れなくなった。……竜族は、産まれてから僅か半年で、自らの意志で以て異世界へ降り立てるまでに育つのか? それとも、神の眷属は、ギアガの大穴みたいな物などなくとも、異なる世界同士を簡単に行き来出来るのか?」

「さ、あ…………。竜族の生態までは能く知りませんけど……。…………その辺り、どうなんですか、竜ちゃん」

「半年では無理じゃな。竜族は、人なんぞとは掛け離れた育ち方をし、永の刻を生きるが、生誕より半年でどうこう、と言うのは、流石に現実的でないのぅ。第一、竜族の卵とて、産み落とされると同時に孵りはせぬ。孵るまでの時が要る。異なる世界同士の行き来も然り。それが出来とったら、儂とてこんな所にはおらん。そんなことが為せる神の僕は、儂の知る限り、ラーミアだけじゃ」

ローザ同様、少々口を付けたのみで、以降は手にしていただけだった茶器を両の掌で弄びながら、アレンは眼差しを伏せ、彼と一緒になって首傾げたアーサーに問われた竜王の曾孫は、そんな訳あるか、とあっさり告げた。

「でも……、なら、誰が?」

「儂に問うてばかりおらんで、少しは己で考えんか。……女王亡き後、跡を継ぐ子の卵を大切に守り育むと誓った精霊達や妖精達で溢れとった彼の城から、孵る以前の卵を持ち出し、異世界にまで下ろせるモノは、そう多くはない。……先ず、只人には無理じゃの。彼の城に辿り着くことも出来ぬ。アレクならば叶えられたじゃろうが、アレクに、そのようなことを成す必要なぞない」

「あ、ゾーマですか? ゾーマやゾーマの手下の誰かが、とかですか?」

「理由は何じゃ? もしも、ゾーマに竜の女王の城への手出しが叶っていたならば、光の玉を放っておいたのは何故じゃ?」

「…………ああ、もうっ! 教える気があるなら、勿体振らないで! 貴方は結局、何をどう語りたいの? 一体、私達に何を教えたいのっ?」

────その後も、竜王の曾孫の話は、何処かのらりくらりとした調子で続き、いい加減にして! と、とうとうローザが声を荒げた。

何かを語りたいなら、何かを教えたいなら、出し惜しみなどするな、と。

「……そうまで申すなら、致し方ないのー。後になって、悔やんでも知らんぞ? ──この世に生れ落ちたばかりとは言え、神の眷属たる竜族の長──の卵──を、高く険しい山々に守られた堅牢な城より、何者にも邪魔されずに連れ出せるモノなど、一人しかおらん。人共が、神、と呼ぶモノしか」

だから、「あー、はいはい……」と軽い溜息を吐いてより、胸の前で両手を組んで、僅かばかり天を仰ぐ風に面を持ち上げた竜王の曾孫は、三人へ『答え』を教えた。