─ Castle of the Dragon King ─

「成程のぅ…………」

長々と続いたアレン達の語りが終わって直ぐ。

やる気の欠片も感じられない怠惰な態で、彼等の話に耳を貸していた竜王の曾孫は、くすり、と忍び笑いを洩らした。

「其方達が『真っ当』になったか否かは兎も角。少なくとも、無知な愚か者のまま終わるつもりはない、とは知れた。…………ならば。些少、尚早な気がせんでもないが、付き合うてやるとするか。ロトの末裔相手に教鞭を振るう、師の真似事も悪くないからのぅ」

どうして、そうやって馬鹿にしたように笑う、と言いたいのをグッと飲み込んだアレンが、沈黙と共に彼を睨めば、竜王の曾孫はうきうきとしたそれへと声音を変え、「今から、其方達の師匠の役を務める」と言い出す。

「師?」

「意味が能く判らないんですが?」

「師は師じゃろうが。先生。其方達に教えを与える者。教科は、歴史じゃな」

「……? どういうことだ?」

「じゃから。要するに、儂の教える『歴史』を知れば、其方達の思い煩いは晴れる、と言うだけのこと」

己達の抱えた煩いや疑問を晴らしてやる、と言いながら、何故、『師』となって、しかも『歴史』を教えるなどと彼が言うのか判らず、話の繋がりも見えず、三人は首を傾げたけれど、黙って聞いていればいいのだと、さらりと彼等の訝しみを躱した『竜ちゃん』は、

「然り乍ら。『それ』を知れば、其方達は今以上に思い煩うやも知れぬ。……その覚悟はあるか?」

面持ちも、態度も一瞬で塗り替え、重々しく問うた。

「ああ」

「ええ」

「判りました」

「……そうか。ならば。──とは言え、何処から語るべきか。…………うむ、学ぶのは『歴史』なのじゃから、始まりから語るべきかの」

「始まり?」

「そう。始まり。恐らくは、其方達に関わる全ての始まり」

問いを受けても、怯むことなく三人共に頷いてみせれば、僅かに遠い目を覗かせた竜王の曾孫は、静かな声で、『始まりの物語』から紡ぎ始めた。

遥かな古、精霊ルビスが創りたもうたこの世界に、人々が『魔王の爪痕』と名付けし、ラダトーム北の洞窟の奥底に生まれた全てを拒む底無しの罅割れより、闇の世界を支配し、全てを滅ぼす者──大魔王ゾーマが現れた。

ゾーマは、この世界を決して明けぬ闇の中に封印し、人々の絶望を喰らい、果ては、ギアガの大穴で結ばれた、空の彼方の異世界をも己が物にせんと企んだ。

されど、ゾーマの命により空の彼方の異世界を恐怖に陥れていた、魔王バラモスを討ち果たした勇者アレク──後の世に、勇者ロトとして伝説を残した彼の者が、闇に閉ざされし大地に降り立ちて、精霊達の、果ては、自ら救いしルビスの加護をも賜り、大魔王ゾーマを討ち滅ぼした。

闇の封印は解かれ、世界には光が満ち溢れ、なれども、その全てを齎した勇者アレクは、一人、何処いずこへと消えた。

────それより、刻過ぎること幾星霜。

ゾーマの城と呼ばれたかつての魔城に、再び闇が現れた。

奇しくも、ゾーマがアレクに残した不吉な予言の通りに。

そして、ラダトーム王国に伝わる言い伝えの通りに、アレク──勇者ロトの血を引きし者も現れた。

その昔、伝説の勇者ロトが神より授かり、魔物達を封じ込めたと言う光の玉を、奪いて闇に閉ざした竜王を討ち、光の玉を取り戻す為に。

ロトの血を引きし若者──アレフは、竜王に囚われたラダトームのローラ姫をも救い出し、古き言い伝えのまま、世界に現れた魔──竜王を討ち果たしたが。

其方こそ、この世界を治めるに相応しいと、王位を譲らんとしたラダトーム王に背を向け、共にの道行きを願ったローラ姫のみを伴い、己が治めるべき国を、己自身で探すべく、再び旅立った。

……そして、それより数年後。

竜王現れし時、この世界に生まれた『新大陸』に、勇者アレフは広大な王国を築いた。

勇者アレフがこの世を去りて後も、王国は、ロトの血を引きし勇者の子らによって代々治められ、百年と少しの時が流れた。

「………………それが、どうした。そんな話、改めて語られずとも、僕達には空で言える『歴史』だ」

────静かな声で、滔々と竜王の曾孫が語り出したのは、この世界の者ならば誰もが知る『正史』で、今更何を、とアレンは顔を顰めた。

本当に、今更だった。

況して彼は、たった今語られた『正史の粗筋』のみならず、ロト伝説も、勇者アレフの竜王討伐物語も、一言一句違えずに語ることが出来るのだから。

「儂とて、ロトの末裔たる其方達相手に、今のような話を語り聞かせるなんぞ、馬鹿馬鹿しく思うとるに決まっとるじゃろうが。しかし、その今更を、敢えて繰り返すことに意味がある。────人の世では、所詮伝説だの、単なるお伽噺だのと言うとる輩もおるようじゃが、今の話は、この世界の『正史』。そして、其方達にとっては、『先祖達の物語』であるが故に能く能く知る、恐らくは真偽を疑ったことも無い筈の『歴史』。……この、正史を、歴史を、其方達、不思議に思うたことはないか?」

だが、竜王の曾孫は、何も知らん若造は黙って聞いとれと言わんかったか? とアレンを『叱って』から、彼等の師に成り切って話を続け、

「……何処か不思議か?」

「さあ……。これと言って、不思議に感じる所なんてないですよね? 何処にも引っ掛かりませんし……」

「私もよ。目に付く矛盾もない……と思うけれど……」

問われた三人は、別に、不思議なことなんて……、と頭を悩ませる。

「そうか。何一つも不思議には思わんか。ならば、問いを変えてやろう。────『光在る限り、闇も又在る。儂には見える、再び、何者かが闇から現れよう』。……ロト伝説に曰く、ゾーマは消滅の最中、そうアレクへ言い残した。先程、其方達が語った推測通りなら──アレクが、一人姿を消した訳がそこにあるなら、アレクは、その不吉な予言を信じたことになる。事実、ラダトーム王都近くのロトの洞窟の石碑には、アレクが己が子孫に残した、この魔の島へ渡る為の術が刻まれておった。……何故、それを、アレクは信じたのじゃろうな?」

「何故、勇者ロトがそれを信じたか…………? ……それ、は……ゾーマの予言だったから、じゃないのか?」

「大魔王ゾーマは、闇の力の源でもあって、本当に大昔から神と戦い続けてきた、とも伝承されているわ。勇者だった彼ならば、そんな存在が残した不吉な予言を気にして然るべきでなくて?」

「もっと単純にも考えられますよ。ゾーマの予言であろうとなかろうと、可能性は皆無じゃないから、と」

「………………やはり、其方達には、不思議なことでも何でもないか?」

「ああ。別に、不思議には思えない」

「ほーー。儂は、とーても不思議じゃがなー? ────伝承は語る。大魔王ゾーマは、闇の力の源であり、古も古から神との戦いを繰り広げた存在、と。…………そう。勇者アレクが滅ぼしたのは、闇の力の源。なのに何故、ゾーマ滅した後に、力の源を失った闇の中から何者かが現れるのかの? 理屈のみで語るなら、おかしな話だと思わんか? まあ、そこは、所詮伝説や伝承の世界の話じゃから、と流しても良し、ゾーマが語ったことは、そもそもは予言でなくこの世の理だった、と流しても良しじゃが。何故、アレクは、己が救い、恩返しを誓ってくれた精霊ルビスに、もう決して、新たな闇が生まれぬようにして欲しい、と乞わなかったのじゃろうな? 儂なら乞うぞ? 精霊ルビスは、この世界の創造主。永久の平和を齎してくれぬかと、頼み込むに相応しかろ?」

と、『竜ちゃん』は、仕方無い、と彼等へ別の問いを与え、尚も頭を悩ませた三人を、「知恵の巡りの悪い奴等じゃのー」と、椅子の肘掛けに頬杖付きつつジト目で眺めながら、理屈のみで語るならばの話だけれども、伝承や正史が語る通りなら、ゾーマの残した予言は矛盾している、と欠伸を噛み殺しつつ告げた。