─ Liriza〜Moonpeta ─

炎の祠が『予想外』過ぎたり、太陽の紋章の扱いが……、だったりとした所為で、遠い先祖でもある偉大な勇者に散々文句を垂れたのと、盛大な文句垂れを終えて直ぐ、「幾ら何でも、何時の日か勇者ロトだろうと殴る、とまで思ってしまったのは不敬過ぎた……」との自己嫌悪に襲われた、と言う二つの理由で以て、炎の祠だった『祠?』からリリザに着いた直後、アレンは、街の門前で腹を抱えて踞ってしまったくらい、胃の臓を痛めた。

そんな彼を、アーサーとローザは、「本当にアレンは、変な処が剛胆で、変な処が繊細だ」と、しみじみ感じ入りながら宿屋に引き摺り、強制的にゆっくり休ませた彼の胃炎が収まった翌日、近郊の港に待たせておいた外洋船に戻った三人は、今度は、ムーンペタの街へ向かい始める。

──彼等が再びムーンペタを目指した理由は、彼の街も、『勇者ロトが大魔王ゾーマを討ち倒して暫くが経った頃に出来た』場所の一つだったからだ。

先日、ローレシア王城の談話室にて話し合いに勤しんだ際、思い出せる限り、当時の建造物や、当時に出来た街や村などを三人で書き出してみた結果、ムーンペタも『そう』だと気付け、且つ、世界各地の祠巡りの出発点にしたローラの門から最も近かったのもムーンペタだったので、祠巡りの次に行おうと決めた、水の紋章が隠されているかも知れない街や村巡りは、そこから始めよう、と彼等は定めた。

序でに、『復刻版・ルーラ』の為の契約印も置けるし、と。

────そういう訳で、リリザの港を発った彼等は、ムーンブルク大陸沿いに船を南下させ、数日後、無事、ムーンペタ郊外の港に到着した。

去年のあの頃は、本当に本当に苦労したのに……、と感慨深く思いながら、港と街を結ぶ短い街道を往き、三人は、昼過ぎ、ムーンペタの街に入った。

リリザの街同様、ムーンペタも以前と何一つも変わっておらず、前回も厄介になった宿を訪れ、彼等を覚えていてくれた女将と些細な談笑をしてから部屋を取り、荷物を預け、次いで、変化の呪いより解かれたばかりのローザを世話してくれた、元ローレシア王城女官の家を訪れた。

数ヶ月振りに三人と再会し、彼等の無事な姿をその目で確かめた元女官の彼女は、心底喜んでくれ、不意の訪れだったにも拘らず、茶や一寸した軽食を振る舞いつつ丁重にもてなしてもくれ、

「彼女に、無事な姿を見せられて、嬉しいわ」

暇を告げ、元女官の家を後にして直ぐ、はにかみながらローザは言った。

「ああ。彼女には、本当に世話になったしな」

「ええ。あの三日の間、凄く良くして貰ったこと、一生忘れない」

「ローレシア王城で女官を務めていただけのことはあるなー、と色んな意味で思いましたけど、献身的な人ですよね、彼女」

とてもとても嬉しそうに、何やらを思い出しつつ微笑む彼女を真ん中にして、語り合いながら三人は宿の客室に戻り、じゃあ、そろそろ試してみよう、と荷物から山彦の笛を引き摺り出す。

「あ。当たりだ」

「へー……。水の紋章は、ムーンペタにあったんですね」

「幸先がいいわ」

奏でてみた笛は、又もや、この街の何処かに紋章が隠されていると教えてきてくれて、こんなにも簡単に水の紋章に近付けるなんて、と彼等は、はしゃいだ風になった。

「良かったですね。これで、街や村巡りはしなくて良くなりましたし。太陽の紋章を手に入れてから、数日と経たずに水の紋章も……、なんて、良い意味で驚きですよねー」

「アーサーが、紋章や精霊に関わる品々の隠し場所に、勇者ロトとの関わりが……、と気付いてくれたからよ。そこに気付けたお陰で、探す場所も絞れて、トントン拍子に太陽の紋章と水の紋章に辿り着けたんだわ」

「そう言って貰えると嬉しいです。──明日にでも水の紋章は手に入れられるでしょうから、今度は邪神の像探しが出来ますね。邪神の像を探して、ロンダルキアに続く洞窟への道を開けば、最後の一つ、命の紋章も探し出せて、五つの紋章、全て揃えられます。今ままでに掴めた、ロンダルキアや邪神の像に関する話を繋げると、ハーゴン達の本拠へ行くには、ペルポイの教会で兵をしている彼が子供の頃に見たと言う、ロンダルキアの山々の麓の、山が割れるらしい場所で邪神の像をどうにか使って、ロンダルキアへ続く洞窟を開けば良くて、その洞窟の中には命の紋章もある、と言うことになりますもんね?」

「そうね。問題は、その、ロンダルキアの山の麓までどうやって行くかだけれど……、それは、追々考えましょう。──その他は、聖なる織り機でしょう? それから……、あ、そうだわ。テパに水門の鍵を返さないといけなかったのよね。邪神の像を探しに出る前に、テパを訪れるのはどうかしら?」

取った部屋の寝台の一つに三人並んで座り、水の紋章も、もう間もなくで、とアーサーは尚も喜び、ローザも笑顔を振り撒いて、気が早くなったらしい二人は、ムーンペタを発った後の予定まで語り合い出したが、アーサーとローザに挟まれたアレンは、そっと、唇を噛んだ。

己の頭上を飛び交った二人のやり取りから、何故か、『あの時』に感じた、血も凍えるような恐怖を思い出してしまったから。

何か、何処かが、決定的に違う……、と思わされた、違和感のようなものも。

あの語り合いを終えて以降、旅はこの上もなく恙無く、少々立腹はさせられたものの労せずに太陽の紋章は手に入れられ、水の紋章とて、手始めに訪れたこのムーンペタにあると知れ。

何も彼も、順風満帆と言えるのに。

満足気な顔をしているアーサーとローザを他所に、彼は、ふるりと身を震わせた。

「……アレン?」

「今、震えませんでした? 寒いですか?」

「……あ、いや、そうじゃなくて。太陽の紋章を見付け出したばかりなのに、水の紋章まで呆気無く見付かったから、少し拍子抜けしただけなんだ。余りにも順調過ぎて、気が抜けそうになった」

「確かに、怖いくらい順調ですよね」

「でも、良いことではあるわ。拍子抜けしてしまった、と言うのには同感だけれど。……それはそうと、そろそろ食事にしない? 沢山食べて、湯浴みもして、ゆっくり休みましょう。遅くとも明後日には、何処にあるかも判らない邪神の像を、探しに出ないとならないのだから」

ほんの僅かだけ彼の様子がおかしくなったのに傍らの二人は気付き、心配そうにその顔を覗き込んだが、ローレシアでの時よりは大分ましだったアレンの言い訳に、「んー……、まあ、そう言うなら」と多くは言わずに済ませ、ローザの主張に従って、食堂で夕食にしようと部屋を出た。

食事を終え、湯浴みも終え、引っ込んだ客室で就寝の時間を迎えた時。

「あの……、な」

酷く言い辛そうに呼び掛けながら、アレンはこっそりと、寝支度を始めようとしていたアーサーとローザの機嫌を窺った。

「その……、すまないが、今夜は一人で寝かせて貰えないか」

微妙に二人から視線を逸らしつつの彼が言い出したのは、今夜だけ、彼等の『枕』代わりの役から解放して欲しい、との『珍しい頼み事』で、

「アレン。やっぱり、具合が悪いんじゃないですか?」

「風邪? それとも、胃の臓?」

一瞬のみ、きょとん、としてから、アーサーとローザは彼に詰め寄る。

「そういう訳でもない……と言うか、あー…………。……その、正直に打ち明けると、寒い」

「やっぱり……」

「あら……。熱……は無いみたいね」

ズイズイと迫って来た二人から益々目を逸らしたアレンは、限界まで小さくした声で囁き、アーサーは、だと思った……、と呆れ、ローザは、彼の額に掌を当てた。

「うん……。だから、今の内に治してしまいたから……」

「そうね。その方がいいわ」

「あ、寒気がするなら、暖かくしないとですね。僕、毛布貸して貰ってきます」

「……有り難う」

具合が、とか、寒いから、などと嘘でしかないのに、大丈夫なのかと二人に気遣われ、アレンは思わず俯き、そそくさと着替えて、彼等の何方とも目を合わせぬまま、狭い寝台の中で一人身を丸めた。

「お休み」

「ええ。お休みなさい」

「お休みなさい。能く休んでね」

元々からのそれと、アーサーが帳場から借りてきてくれたそれと、二枚重ねの毛布を頭から被った彼が、くぐもった声で就寝を告げれば、アーサーもローザも、今宵はそれぞれの寝台に一人で横になって、部屋の灯りを落とした。