─ Shrine of the Flame ─

「えええええー…………?」

「ここ? 本当に、ここが炎の祠なの……?」

「……この笛、壊れたんじゃないのか?」

『祠?』中に響いた綺麗な音色が消えて直ぐ、はあ? とアーサーは目を丸くし、ローザはきょとんと目を瞬いて、アレンは、山彦の笛を引っ繰り返し、序でに引っ叩いた。

「……うーーむ。…………一応、探してみます……?」

「でも、アーサー。この世には、信じられることと信じられないことの境目と言うのが、歴然とあるわよ」

「僕もそう思う。幾ら何でも、こんな、祠なのかも疑わしい場所が炎の祠だと言われても、正直、困る」

「あー……。僕も、そう思いますけどねー……? ……ま、まあ、二人共そんなこと言わずに。折角来たんですし、山彦の笛は『そうだ』と言ってるんですから、探すだけは探してみませんか」

そのまま彼等は、こんな所が炎の祠と言われてもー……、と暫しの間、『祠?』の直中に突っ立ち黄昏れていたが、こうしていても仕方無いからとのアーサーの促しに従って、半信半疑のまま、太陽の紋章を探し始めた。

だが、本当に、『祠?』の中には三つの旅の扉以外に何もなく、大灯台でのことを思い返しつつ、壁を叩いてみたり蹴ってみたり、果ては、ローザの物となった雷の杖を借りたアレンが、柄で以て天井のあちこちを突きまくってみたけれども、出て来たのは、もうもうと舞い上がった埃と小さな石の欠片のみで、

「やっぱり、違うんじゃないかしら」

「だよなあ……?」

無駄な労力としか思えない、とローザとアレンはボソボソと言い合う。

「でもー。山彦の笛が壊れるなんて、早々無いと思うんですよねえ……」

耳に届いた二人のボソボソに、同感ですけどー、と小声で返しながら、アーサーが、もう一度山彦の笛を奏でた。

「うーーーん。…………うーーん……? あれ……」

「どうした、アーサー?」

「さっきと、何も変わっていないと思うけれど?」

と、彼は頻りに首を捻り始めて、アレンとローザは言い合っていたボソボソを止め彼へと向き直り、

「僕の気の所為でなければ、笛の音に返される山彦、外からしません?」

「外? え、外って……外、か?」

「ええ。外。屋外でも野外でも戸外でも露天でもいいですが、兎に角、外から」

「アーサー……。アレンが言っているのは、そういうことではないと思うわよ……。……でも、外って。外って……?」

『祠?』の外から山彦が返されている気がする、と言い出したアーサーを先頭に、三人は、屋外へ出てみた。

「…………雑草ばかりの空き地と、雑木林しかないが?」

「……そうね」

「……そうですね」

「外は外で。野外で。祠ですらないが?」

「…………そうよね」

「…………そうですよね」

が、そこにあったのは、緑の雑草に埋め尽くされた小さな空き地と、疎らに立っている木々だけで、アレンは眉間に盛大な皺を寄せ、ローザとアーサーは小さく呻く。

「……アーサー。もう一度、山彦の笛を吹いてみてくれないか。それで、最後にしよう」

そうして三人は一様に盛大な溜息を吐き、アレンが言った通り、最後にもう一度だけ山彦の笛を吹いてみてから、別の祠へ向かおうと決めた。

「……え…………」

「えーー…………」

「…………私、少し、腹が立ってきたわ……」

すれば、『祠?』の中で奏でた時よりも、より大きくて綺麗な反響音が直ぐ近くからして、彼等は、げんなりしつつも、ひたすらに笛を吹きながら、最も反応の強い場所を探した。

「ここか?」

「多分」

「だと思うわ」

────大海に落としてしまった砂粒を探し出すに似た心地で、漸く探し当てた『そこ』は、『祠?』の裏手の壁沿いの、地面だった。

故に又、三人揃って盛大な溜息を吐いてから、その場に片膝付いたアレンは、懐から取り出したナイフで地面を掘り返してみた。

「あった……」

刃先を欠けさせぬように気を遣いつつ、ほんの少しばかり掘り返しただけで、ナイフの先は、何かに当たってカチリと小さな音を立て、土の中に突っ込んだ指先で摘み上げてみた何かは、確かに太陽に見える模様が刻まれた、平たい石だった。

「あら……」

「……あ」

「今度は、僕ですか……?」

石にこびり付いた黒っぽい土を払ったアレンが、紋章かも知れないそれを日の光に翳してみようかと持ち上げた途端、石は、デルコンダルで月の紋章を手に入れた時のように、独りでに彼の手から転がり落ちて、大地の上でアーサー目掛けて跳ね、目指した彼に触れるや否や、ふいっと掻き消える。

「本当に、紋章みたいね……」

「ええ。アレンやローザの時と同じですし…………」

「さっきの石が太陽の紋章だったんだろうのも、無事に見付けられたのも、良かったとは思うけれど。────アーサー。君の立てた説通りだったとしたら、この場所も、数百年前に造られた勇者ロトに関わる祠で、ここに太陽の紋章を託したのは、勇者ロト、と言うことになるよな」

「……そうなる筈……ですけど。それが、どうかしました……?」

「彼は、真実偉大な勇者で、僕達の遠い御先祖様に当たる方でもあって、曾お祖父様同様、尊敬はしているが。……どうして、こんな酔狂な場所に酔狂な祠を建てた挙げ句、外の、それも地面の下に、太陽の紋章を埋めておいたのかと、文句をぶつけてもいいか? 何時の日か、僕が天に召されて、彼と同じ場所に辿り着けたら、ぶん殴っていいか……?」

星の紋章がアレンの中に消えたように、月の紋章がローザの中に消えたように、太陽の紋章もアーサーの中に消えたのを見て、ローザとアーサーは、「本当に、ここは炎の祠で、あの石は、太陽の紋章だったんだ……」と呆然となったが、アレンだけは、面から一切の表情を消し、抑揚なくアーサーへ問い掛けた。

「……いや、その。アレン、それは」

「ザハンとデルコンダルに、ローレシアに繋がる旅の扉があると父上に知らされた時も、曾お祖父様を恨みたくなったが。今は、勇者ロトを恨みたい。…………恨んでも宜しいですか、御先祖様方……っっ」

「…………アレン。忘れましょう。その方がいいわ。でないと、又、胃の臓をおかしくするわよ。私も忘れるから」

「ええ。正直、僕も、御先祖様達には色々と言ってみたい心境ですけど、太陽の紋章を手に入れられた、ってことだけを喜んだ方がいいです。何時までも気にしていると、寝込みますよ……?」

本音は、アーサーもローザもアレンと似たり寄ったりだったけれども、真面目な彼が、淡々と、何時か、偉大な先祖だろうと殴る、と真顔で言い出したのを受け、「あ、アレンがキレた……」と、ちょっぴり慄いた二人は、遠い先祖に対する文句を飲み込んで、彼の宥め役に回る。

「僕だって、気にしない方がいいことくらい判ってる。だけど。ハーゴン討伐には不可欠かも知れない、精霊ルビスの加護が賜われると言う触れ込みの紋章なのだから、もっとこう……荘厳と言うか、恭しくと言うか、兎に角、それなりに扱われて然るべきだろうと言いたいと言うかっっ。なのに、幾ら何でもこれは酷いだろう……。勇者ロトともあろう者が、いい加減過ぎ──

──はいはいはい。アレン、それくらいにして、次行きましょー、次」

「そうね。リリザに戻りましょう。……ほら、アレン、貴方、無意識にお腹を押さえているじゃない」

それでも、根が真面目な故にか、ちょっぴりキレてしまったアレンは先祖へのブツブツを垂れ続け、強引に彼のブツブツを遮ったアーサーとローザは、彼の腕を片方ずつ引っ掴んで、ルーラで以てリリザの街へと戻った。