何が何やら能く判らなかったが、ザハンを訪れることになった経緯や、金の鍵を手に入れた成り行きをアレンが語ったら、ローレシア王は、「ああ、そういうことか」と納得した風に、三人へ『金の鍵の秘密』を打ち明けてくれた。

金の鍵と、ロトの武具に纏わる話を。

────数十年前。

勇者アレフが授かった三人の子供達──アレン達の祖父や祖母達──が成人を迎え、長男はローレシアを、次男は新たに建国されたサマルトリアを継ぐと決まり、長女も、ムーンブルクへ嫁ぐことになった時。

どうしてか、アレフは、竜王討伐の旅の最中さなかに手に入れて以来、長らく愛用していた伝説のロトの武具を『手放した』。

その理由は語らぬまま、長女には鎧の、次男には盾の封印と守護を託し、兜は、アレフガルド大陸の南に位置する、自身ともロトともゆかりある祠に封じ、長男には、それぞれの封印を解く為の鍵にもなるロトの印を託した。

………………と、ここまでは、アレン達三人も子供の頃から幾度か聞かされた話だったが、その話には、彼等の知らぬ続きがあった。

アレフは、ロトの印を、『金の鍵』でなければ決して開けられぬ箱に仕舞い込んでから、ローレシア王城の宝物庫の奥に押し込み、更には、絶海の孤島──そう、ザハンに住まう一人の男に鍵を預けてしまった、と言う『続き』が。

……そんな、一見は『公平さ』に欠けるやり方でアレフがロトの武具を『手放した』訳は、彼の子供達の内、ロトの武具を纏えたのが長男のみだったから──と言われている。

実際、アレン達の祖父母は、「それを理由に、子供達の間に要らぬ禍根を生まぬ為にの配慮」と、父であるアレフから告げられた。

長女はおろか、次男でさえ、盾すら持ち上げられなかったのも事実だ。

但。

アレフの子供達の仲は、長男しかロトの武具を纏えなかった、と言う程度で揺らぐようなものではなく、彼等自身、父へ、「再び、ロトの武具が世界に必要とされる日が来ないとは限らぬのだから、そのようなやり方は却って良くないのではないか」と進言もしたのだけれども、アレフは、子供達のみならず、誰が何を言っても頑として聞き入れず。父アレフが、本当は何を思ってそのようなことを言い出したのかは判らぬまま、彼の子供達は父の言い付けに従い、各々に託されたそれぞれの品は、それより数年後、『ロトの盟約』に基づき、ロト三国間で結ばれた同盟の、証代わりの品ともされることになり。

「……と、まあ、そういう訳でな。金の鍵がなければ、儂でも、ロトの印には触れることさえ出来んのだ」

「成程……。しかし…………曾お祖父様は、何故、わざわざ金の鍵をザハンに預けられたのだろう。ローレシアからは遠く離れた、絶海の孤島に持ち込まずとも良かっただろうに」

────父王の話を聞き終えた直後。

『勇者アレフが関わった、三つ目の謎』か、とも、曾お祖父様は酷く面倒臭いことをしたな、とも思って、アレンは渋い顔をし、ぽつりと独り言を洩らした。

「ああ、それか。……これも、其方には打ち明けずにいた話だが、ローレシアとザハンは、決して遠くなどない」

誰に向けてのものでもなかった、言ってみれば自身から自身への問い掛けだった彼の独り言を、父王は拾い上げる。

「……………………は? 父上、今、何と仰られました?」

「ローレシアとザハンは、近い、と言ったのだ。──この城の地階の隅に、鍵の掛かった小部屋があろう? 子供の頃、城中を遊び場にしておった其方でも入れなかった部屋が」

「はい。宝物庫と地下牢以外で、唯一、私にも立ち入れなかった小部屋のことなら、記憶しておりますが」

「あの部屋の中にはな、ローレシアとザハンを繋ぐ旅の扉があるのだ。儂も使ったことはないが、儂の父上の話では、ザハンは、くびれ部分が切れている瓢箪のような形をした島──要するに、大小二つの島が隣り合っているような地形で、その小島の方にある祠に、城内の旅の扉の対があるとのことだった。何でも、干潮時だけ、二つの島を繋ぐ道が出来るらしくてな。その道が繋がっている間なら、ローレシア王城からザハンの村まで、徒歩で辿れる。しかも、茶を一杯飲む程度の時を掛けるだけでな」

「旅の扉…………。……話には聞いております。ロト伝説の中にも、旅の扉は出て参りますし……。ですが、それが、この城内にあって? しかもザハンと? …………父上、どうして、そのことを以前に教えて下さらなかったのですか。お陰で、私共は…………」

アレフが金の鍵をザハンに預けた理由は、人々が思うよりも遥かに、ローレシアとザハンが近いから、と呆気無く父王に教えられ、思わずアレンは、まことに恨みがまし気に父王を見上げた。

もっと早くに、そうだと教えてくれていれば、要らぬ苦労をしなくて済んだのに、と。

「仕方無かろうが。金の鍵や旅の扉の話は、代々のローレシア国王のみに伝えられる『秘密』とされてきたのだ。本来なら、其方が即位するまで明かしてはならなかったのだぞ。今は、場合が場合故に打ち明けただけのこと。文句があるなら、天国の爺様相手にしろ、としか儂には言えん。父上曰く、爺様が何を考えていたにせよ、ザハンに金の鍵が預けられたのは、『爺様の道楽』が一因の筈だ、とのことだったしな」

「道楽……? 曾お祖父様が、道楽?」

「そうだ。爺様──勇者アレフには、唯一の道楽があったのだ。爺様が存命だった頃、未だ幼子だった儂でも覚えておる。……爺様は、父上達の目を盗んで、時には一人で、時には婆様──ローラ姫を連れて、息抜きと称し、行方を晦ますのが大得意だった人でなあ……。とんでもない所に、何時の間にか『隠れ家』を拵えるのも、大層上手かった。幾つになっても見た目すら若い頃と余り変わらぬ、迷惑なくらい元気な人だったから、そんな道楽に走ったのかも知れんが、爺様が勝手に何処かに消える度、父上は胃の臓を痛めるし、城内は大騒ぎになるしで…………。……ああ、うむ。今にして思えば、懲りぬ人でもあったのだな、爺様は」

「………………では。行方を晦ますのが、曾お祖父様の道楽で。道楽の一環で、ローレシアとザハンを旅の扉で繋がれただけでなく、『隠れ家』まで拵えて。丁度いいとばかりに、『隠れ家』を設けた『逃亡先』に、曾お祖父様は、序でのように金の鍵を預けられた、と。そういうことですか……? なのに、そのことは、ローレシア国王に即位した者にしか明かされぬ『秘密』とされた、と?」

「……そういうこと……かも知れんな」

「……………………判りました。父上の仰る通り、文句は、天国の曾お祖父様に宛てます……っっ」

だが、ローレシア王は、全ては、其方達の曾祖父、勇者アレフの所為だ、とそっぽを向いてしまい、『衝撃の告白』を受けたアレンは、ふるふると肩を震わせつつ引き攣り笑いを浮かべ、

「あー……。まあ、その。何時までも、こうしているのも何だ。席を替えて、茶でもせぬか」

身の内に遣り場の無い怒りを抱えたのだろう息子を宥める風な声を出しながら、ローレシア王は立ち上がった。

玉座の間を辞して回廊を辿りつつも、父から聞かされた話の全てが真実であるなら、勇者と呼ばれた、今は天国に在るだろう己が曾祖父に、目一杯八つ当たりたい、とブツブツ文句を垂れ、『我が家』に戻ったのに胃の臓が痛い……、と背も丸めたアレンと、彼と同じような心地になりながらも、「気持ちは判るけれど、色々を思い詰めると、本当に、体を内から痛めてしまう」と、ひたすらに彼を宥めたアーサーとローザは、ローレシア王の仰せに従い、暫し、午後の茶の席を囲んだ。

茶の席では他愛無い話しか出なかった、と言うのも相俟って、細やかな茶会が終わる頃には、もう三人共に何時もの気分に戻っていたばかりでなく、待ち構えているだろうと想像していた『試練』も越えずに済んで、自分達の旅を『公に』認めて貰えたのだから、何はともあれ良かった、と却って機嫌を良くしていた。

アレンは固より、アーサーもローザも、本当の意味で寛げる王城にて、久方振りに心から安らげ、調理場を取り仕切る料理長達が張り切って腕を振るった夕餉も満喫出来たし、明日には『ロトの印』も手に入れられると、時が経つに連れ、彼等の機嫌は益々良くなった。

流石に、ローレシア王城のアレンの自室で、三人並んで仲良く眠ると言う訳にはいかなかったので、そこだけは、三人共に少々物足りなく感じたけれども、たまには独り寝を堪能すると言うのも悪くないと、彼等は就寝を告げてより、それぞれ別れて……、が。

アレンは自室に戻らず、父の許へと向かった。