─ Lorasia ─

馬車の揺れが止まるより早く、三人共、「いよいよ……!」と益々以て腹を括ったのに、誰も、中々外へ出して貰えなかった。

御者から門兵達へ、門兵達から城内の誰かへと、多分だが、伝言遊びのように王太子殿下の突如の帰還が伝えられた後、数人の近衛兵を引き連れ城内より駆け出て来たローレシア王国宰相の彼──アレンの『爺や』が手ずから馬車の扉を開けてやっと、彼等は、ローレシア王都に自らの足を着けられた。

「アレン様! 殿下……!」

もぎ取りそうな勢いで馬車の扉を開け放った宰相は、嬉しそうに顔をクシャクシャにして彼等を出迎え、

「今、戻った。……ただいま、爺や」

今にも感涙に咽びそうな彼の様に、デルコンダルでの『悪夢』再び、と思いつつも、アレンは微笑み掛ける。

「逞しくおなりになられて……。爺は、嬉しゅうございますぞ」

「ああ、まあ、多少は。うん。──それよりも。サマルトリアのアーサー殿下と、ムーンブルクのローザ殿下をお連れしているから」

アーサーやローザの手前、一寸した見栄を張りたかったのだけれど、ふと、数ヶ月前のあの頃よりも、爺やが小さくなってしまったような気がして。

が、直ぐに、爺やが小さくなってしまったのではなく、自分の背が伸びたのだ、と気付いた彼は、そう感じるだけの時が流れてしまったのか、とも思って、どうにも照れ臭くはあったが、暫し、爺やの好きにさせてから、アーサーとローザを前に押し出した。

「おおお、我がローレシアに、ようこそおいで下さいました、アーサー殿下。ローザ殿下も。ご無事で何よりでした……。今、支度をさせております故、ごゆるりと為されて下さいませ」

「そんな暇は無いんだ、爺や。僕達は、父上にお願いがあって立ち寄っただけで──

──そのようなお話は、後程。先ずは、両殿下にお寛ぎ頂きませんと。陛下にお目通り為さるにしても、そのお召し物と言う訳には」

「しかし、そんな悠長なことをしている場合じゃない」

「…………アレン殿下。それ以上、ごちゃごちゃ仰られましたら説教ですぞ。──ささ、皆様、こちらへ」

諸手を上げて己達の無事を喜んでくれるのは有り難いが、暢気なことはしていられない、とアーサーやローザを盾にアレンは主張したのに、何を言うかと、爺やは説教の一言で彼を黙らせると、いそいそ案内に立ってしまい、

「宰相殿のお説教は、アレンでも怖いんですか?」

「あの方も、アレンが可愛くて仕方無いのねぇ」

「………………二人共。僕をからかって楽しいか……?」

デルコンダル王にしてもローレシア宰相にしても、アレンと近しい者達は皆、押しが強い人達ばかりだ、と忍び笑いつつ、こそこそ言い合うアーサーとローザに『苛め』られ、アレンは、『我が家』を目の前に、ちょっぴりいじけた。

まあ、それでも、問答無用で監視付きの部屋に閉じ込められるような目に遭わなかっただけ良かったと思おう、一先ずは、一寸恥を掻いただけで済んだのだから、とアレンが自分に言い聞かせ終わった頃、漸く、アーサーとローザも忍び笑いを引っ込めて、傍目には寛いでいると見える風に振る舞いつつ、その実、何時何が起こってもローレシア王城から『逃亡』出来るように身構えながら、アレンは己の部屋で、アーサーやローザは案内されたそれぞれの部屋で、やたら張り切った女官達や侍従達に世話を焼かれての支度を終えた。

それまで身に着けていた旅の為の衣装は、着替え終えると同時に洗濯をすると持って行かれてしまったので、最悪は諦めることにし、余程でない限り兵士は踏み込まぬローザの部屋に武具や手離せない道具を隠してから、ローレシア国王に目通りすべく、三人は玉座の間へ向かった。

陛下がお待ちです、と告げつつ迎えに来た宰相を先触れに、暫しのだけ置いて中へと足踏み入れれば、深々と玉座に腰下ろした父王がギロリと自分達を見据えてきているのが見え、やはり『試練』か、と先頭に立って御前へと進み出たアレンは、静かに傅く。

「只今、帰還致しました、父上。アレンにございます」

「長らく御無沙汰しておりました、ローレシア国王陛下」

「陛下。ムーンブルク第一王女、ローザ・ロト・ムーンブルクにございます」

礼を取り、父王へと頭を垂れた彼の斜め後ろに、同じく傅いたアーサーとローザが、それぞれ、やはり礼を取れば、

「善くぞ、無事で戻った、アレン」

三人を見比べ、深い深い溜息を吐いてから、一転、ローレシア国王は笑みを浮かべた。

「……え? ……あ、はい……?」

「アーサー殿も、ローザ殿も、無事で何より。──ローザ殿。心配しておったのだぞ。お父上やお母上、それに、ムーンブルク王都の者達のことは真に残念であったが……、其方だけでも無事で良かった。これからは、この儂が其方の父代わりとなろう。困ったことがあったら、何時でも言ってくるのだぞ?」

開口一番、入牢申し付けられても不思議ではないとすら思っていたのに、穏やかに話し掛けられ、勢いアレンはおかしな調子の声になったが、父王はそれに構わず、しんみりした声で、ローザへと言葉を掛けた。

「有り難うございます、陛下……。お心遣い、痛み入ります」

「……うむ。…………積もる話は、又、後程にな。────さて、アレン。アーサー殿も。顔色からして、小言を喰らう程度では到底済まないだろう覚悟で、ローレシアに戻って来たように見えるが。どうだ?」

「……はい」

「陛下の仰る通りです」

「だろうな。だが、その心配は不要だ。儂も、サマルトリア王も、其方達を叱責するつもりなどない。只では置かぬと思ったこともあったが、そうもいかなくなった」

次いで、王はアレンとアーサーを見比べ、要らぬ心配はしなくていいと、今度は苦笑を拵える。

「え? あの、陛下……?」

「……? 父上。それは、どういうことでしょうか」

「人の口に戸は立てられん、と言う話だ。其方達は其方達なりに、気を遣って旅しておったのだろうが、ローザ殿の無事も、其方達三人が連れ立って諸国を訪ね歩いておるのも、あちらこちらで噂になっておる。ロト三国の王子王女が、ハーゴン討伐の旅を続けているそうだ、とな。……少し前から、ローレシア王都は其方達の噂で持ち切りだ。サマルトリアでも似たようなものらしい。恐らくは、ムーンペタ辺りでも。……叱れる訳が無かろうが」

「そうでしたか……」

「その代わり。儂やサマルトリア王が、其方達の好きを認めると同時に。何を思ってのことにせよ、其方達の旅は、ハーゴン討伐の旅となる。……それで良いのか?」

故に、成り行きが見えない、と訝しんだアレン達に、父王はその理由を語ると面を引き締め、お前達が何をどう考えていようと、市井が求めているのは『それ』で、この先、『それ』はお前達の『義務』となるが、と覚悟の程を尋ねてきた。

「………………はい。それが、私達の本懐です。本日、ローレシアに帰還致しましたのも、その為にです」

竜王の曾孫に己達の旅の目的を問われた時に同じく、彼等の中の『答え』はいまだ、「行ける所まで行く」だったが、その時アレンは、『それ』こそが本懐、と告げた。

既に、『息子達を叱らずに送り出す覚悟』を決めた父王を前に、曖昧なことは言えなかった。

例え、本音がどうだろうと。

「相分った。……ならば。勇者ロトの血を引きし者達として、三人力を合わせ、邪悪なモノを滅ぼして参れ」

「必ずや、仰せの通りに」

「うむ。──処で、アレン。旅を続ける為にローレシアに戻ったと言っておったが、何をしにだ?」

「ハーゴンを討伐するには、ロトの武具の力を借りなければならぬと存じます。ですので、『ロトの印』を拝借させて頂きたく、お願いに上がりました」

────本懐。

……そう言ってみせた息子を、じっと見詰めていたローレシア王は、幾度か頷いてから少々話を変え、やっと本題に入れる、とアレンは帰城の理由を語る。

「ロトの盾と兜の封印を解く為にか? だと言うなら、アレン。先ずは、ザハンと言う島に行け。ザハンの村に住む、タシスンと言う者を訪ねて、『金の鍵』を受け取って参れ」

と、父王は、ならばザハンで金の鍵がどうこう、と言い出し。

「……………………。……あの、恐れながら父上。金の鍵でしたら、持参しておりますが」

「……………………。……何で、其方が既にそれを持っている?」

アレンは、どうして、ロトの武具の封印を解くのにザハンの尼僧から押し付けられた金の鍵の話が出てくる、と首傾げ、父王は、どうして、その存在さえ知らなかった筈の鍵を息子が手にしているのか、と首傾げ、思わず、父子は揃って不思議そうな顔して見詰め合った。