─ Delkondar〜Lorasia ─

その夜のこと。

アレンは、夢を見た。

────久し振りに、例の夢を見た。

指折り数えてみれば、もう四度目になる。

正体不明の声『達』も、ああ……、と思えてしまうくらい聞き慣れた。

……但、四度目の夢の中での、耳に馴染み始めた声『達』の呼び掛けは、何時もよりも少しばかり、遠い気がした。

いや、遠い……と言うよりは、控え目、と例えた方が相応しいような。

だから、何となく──本当に何となく、寂しさを感じ、どうして、だったか、何処に? だったか、兎に角、そんなようなことを思わず問い掛けたら、直後、ぽふりと頭を撫でられた。

──優しく、そっと頭を撫でてくれた『何か』の手付きは、その実、哀れみでもあり、窘めでもある、と直ぐに判り。

今度は、悲しくなった。

何が何やら判らなかったけれど、唯、悲しかった。

大事を取り、例の夢を見た夜より数えてもう三日程王城に滞在してから、城門までくっ付いて来た国王陛下に、それはもう盛大且つ名残惜し気に見送られつつ、三人は、良く晴れた早朝、碌な目に遭わなかったデルコンダル王都を後にした。

そそくさと。

甥が大好き! な国王陛下の所為で、恥ずかしくて恥ずかしくて、穴があったら入りたい程の思いをさせられたから。

尤も、行きと同じく、王都から港までの短い徒歩の旅を終え、船に戻ったら戻ったで、今度は、予定を数日過ぎても帰らなかった彼等を、やきもきしながら待っていた船乗り達に盛大に出迎えられ、又もや恥ずかしい目に遭ったのだが、月の紋章かも知れない物は手に入ったし、ガイアの鎧と言う『おまけ』も付いてきたから、苦労は報われたと思おう、とデルコンダルでの何も彼もを忘れることにした三人は、気分を一新し、「本当に本当に、今度こそ!」と、一路、ローレシア王国目指して船出した。

寄り道のしようもない、順調な航海を続けて数日が経った昼下がり。

白波の向こうに、ローレシア王国王都、ローレシアが見えてきた。

竜王城の跡地を訪れた直後から、次に向かう先は、とひたすら目指し続けたのに、中々臨むこと叶わなかったアレンの故郷が、漸く。

……が。

そこから既に、彼等の『試練』は始まった。

────ロト三国の各港は半ば閉鎖状態に置かれたままで、今でも周辺の海を行くのは、ローレシア海軍所属の軍艦か、近在の漁師達が使う小舟くらいなもの。

貿易で名を馳せるルプガナの船でさえ、ローレシアを訪れなくなって久しい。

なので。

当然と言えば当然だが、見掛けぬ外洋船が港に入ろうとしているのに気付いた海軍の哨戒船に、彼等の船は目を付けられてしまった。

目を付けられただけでなく、不審船など入港させぬと言わんばかりに追い掛け回されそうになって、焦った船乗り達が慌てて旗旒きりゅう信号を掲げたら、民間船であるのは判って貰えたけれども。

厳つい軍艦に引き連れられる風にローレシアの港に入ったら入ったで、何の騒ぎだと、海軍兵達に船を取り囲まれる憂き目に遭って、

「馬鹿馬鹿しい疑いを晴らす為にも、水や食料の補給の為にも、今直ぐ、自分達が出て行くしかないんだろうなあ。嫌だけど。せめて、この騒ぎが収まってから船を降りたかったけど」

と、ちょっぴり黄昏れながら、渋々アレン達が下船したら、案の定、三人が梯子段を下り切るより早く、「行方不明だったアレン殿下が、やっぱり行方不明だったサマルトリアとムーンブルクの殿下方と一緒に帰って来た!」と、彼等全員を知っていた老将軍が騒ぎ出してしまって、だから、騒ぎは一層大きくなってしまって、こんな中下船して大丈夫なのかと、船の甲板から固唾を飲んで見守っていた、出来れば最後まで『一介の少年少女』として接していたかった船長達の目の前で、三人揃って引っ掠われるようにされた挙げ句、馬車の中に叩き込まれて。

「……まあ、こんなことになるんじゃないかな、とは思っていたけれど、やっぱりか……。別の港に入って貰った方が良かったかなあ……。然もなければ、サマルトリアの港にすれば、未だましだったかも」

「やー……、何処に入港しても、大差なかったと思いますよ。足掻くだけ無駄かと」

「でも、船長達を驚かせてしまったみたいで、心苦しくてな。僕達の出自のことは、彼等には知らせずにおきたかったんだが……」

「それは私も思うけれど、ローレシアに行くと決めた時から、覚悟していたことでしょう。隠し通せる筈の無かったことよ。本来なら、この国に着く前に打ち明けておくべきだったのだし。……そんな勇気、私にも持てなかったから、偉そうなことは言えないけれども……」

「いや、ローザが正しい。後で、船長達にはちゃんと詫びよう」

「ええ、そうね。謝らないといけないわ」

「騙そうと思った訳じゃないのだけは、判って貰いたいですからね」

────自分達を乗せ街道を往き始めた、久し振りな所為か落ち着かなくなるくらい乗り心地の良い馬車に揺られながら、そんなことを語らった三人は、少々落ち込みつつも、ローレシア王都の門を潜る為の覚悟を決め直した。

きっと、もう直ぐそこに迫った王都では、先程以上の騒ぎと『試練』が待ち受けているだろうから、と。

外洋に程近い平野に築かれた王都と港とは、子供の足でも半日と掛からぬ程度の隔たりしかない。

王族である三人を乗せるに相応しい六頭立ての豪華な馬車なら、あっと言う間だ。

故に、無事に済ませられるかは兎も角、王都での用を済ませ、船に戻ったら、船乗り達に何と言って謝るかの相談も終えぬ内に、見る見る、馬車の窓から窺えるローレシア王都の姿は大きくなった。

────約百数十年前、竜王の出現と共に起こった世界規模の地殻変動によって生まれた、未開以前で名すらなかった、正真正銘『新大陸』だったこの大地に、彼等の曾祖父、勇者アレフが最初に築いた国の王都は、大陸名や国名と同じく、彼の愛妻ローラに因んで名付けられた割には少々無骨だ。

雅さよりも堅牢さが目に付く、街並みを彩る色数も余り多くない、言ってみれば地味な印象を与える都だが、やはり世界有数の大国の王都、住まう者は数多で、目抜き通りには商店が犇めき合っており、活気も溢れている。

そんな王都の様は、一人この都を旅立ったあの夜──振り返れば、もう数ヶ月以上も前になるあの頃と何ら変わりなくて、アレンは、安堵と懐かしさを覚えた。

アーサーは、彼と共にムーンブルクへ向かうべく訪問した経験があったので見慣れた風だったが、ローレシアを訪れるのは五歳前後だった子供の頃以来になるローザは、色々が気になったのだろう、大門を潜った直後から、ほんの少しだけ窓辺に寄って、外を覗いては顔を引っ込めて、を繰り返しており。

おや、あの馬車は一体、何方を乗せているのだろう、と言った感じに注がれる都の人々の視線に見送られながら、深まった午後の、港に着いた頃よりは幾分柔らかくなった陽射しの中、彼等を乗せた馬車は城門を潜った。