三度目にアレンが目覚めた時、枕辺には、アーサーとローザが揃っていた。

二人共に未だ不安そうな面のままで、具合はどうだとか、気分は悪くないかとか、様々に彼を案じ、が、どんな問いにもしっかり答えるアレンの態度から、彼の容態は大分回復したと断じるや否や、今度は二人は、代わる代わる、怒濤のように語り始めた。

彼が、最悪、とも言える目に遭わされたあの夜から数えて既に二日が過ぎてしまったことや、『あの夜』の出来事を。

────『あの夜』。

アレンがそうだったように、二人も、そうとは知らず薬の所為で寝入ってしまっていた。

が、デルコンダル王太子よりの差し入れだと、疑いもせずに手にした葡萄酒片手に三人が語らっていた時から一刻程が過ぎた頃、先ず、アーサーが目を覚ました。

何時の間に、と思いながら慌てて起き上がった彼は、自身と同じく敷物に横たわって寝ていたローザを起こし、きちんと寝台で眠ろうとして、そこで漸く、室内にアレンの姿が見当たらないと気付いた。

何が理由にせよ、彼が、誰も使っていない寝台が直ぐそこにあるのに、床や敷物の上で眠る自分達を放置したまま何処かへ出掛ける筈など無い、との確信を持っていた二人は、彼の不在に何となく嫌な予感を覚え、身繕いをすると、アレンを探しに出た。

ひょっとしてひょっとすると、何か急なことがあって、彼は、未だ続いているだろう叔父王の宴に呼び戻されたのかも知れない、とも考えた──正しくは、そう考えたかったアーサーとローザは、先ず、デルコンダル王の許へ行き、そこにもアレンの姿が見当たらぬと知って、益々、嫌な予感を募らせた。

叔父である国王以外に、夜半、アレンが一人きりで訪ねてもおかしくない相手が、デルコンダル王城にいるとは思えない。

やはり、こんな時間に、彼が一人きりで城下へ出るとも思えない。

……そう思い、二人は、思い切って事の成り行きをデルコンダル王に打ち明けた。

すれば、傍で彼等の話を聞いていた王太子が、葡萄酒を差し入れた覚えなどない、と言い出し。思い過ごしで終わってくれれば良かった嫌な予感が当たってしまったかも、と感じざるを得なくなってしまったアーサーとローザが、無礼を承知で、アレンから話に聞いた『厄介なお姫様』のことを持ち出したら、二人が多くを語らぬ内に、王は血相を変えて立ち上がると、二人を連れて、例の王女の部屋へと走り出し……────

「………………成程……」

────代わる代わる、アーサーとローザがそこまでを語った時点で、アレンは、背を預けていた、寝台に積み上げられた枕達に、ぐったりと一層深く身を沈めた。

聞いているだけで、眩暈がしてきそうだった。

「きっと、叔父上には心当たりがあったんだろうな。彼女の振る舞いは、前々から、叔父上の肝を冷やしてばかりだったのかも知れない」

「多分、そういうことなんでしょうね。流石に、アレンからこういう話を聞いているので、とは言えなくて、物凄く遠回しに彼女のことを尋ねた途端……、でしたから」

「でも、何にせよ、間に合って良かったわ。……その、あれこれ想像してしまっていたけれど、まさか彼女が、いっそ貴方を亡き者にしてしまえば、とまで思っていたなんて、考えもしなかったもの」

「その辺りの話は勘弁してくれないか。思い出したくもない……。……ああ、それよりも。二人は、あの酒を飲んで大丈夫だったのか?」

「平気ですよ。彼女の従者だった二人が言っていたんですが、彼等が使ったのは、効き目の薄い薬だったんです。それも、ほんの少しだけ。本当はあんなことしたくなかったけれど、彼女の言い付けに逆らえなくて、一応だけでも眠らせればと思って、とも言ってましたっけ。なので、ローザと僕はどうにもなりませんでしたし、目も直ぐに覚めたんです。但、大抵の人には余り効かない筈の眠り薬が、アレンにとっては毒みたいな物だった、ってことらしいですね」

「多分、アレンは、眠り薬みたいな物は受け付けない体なのよ。だから、大事になってしまったんだわ。……本当に、もう…………っ」

「そうか……。二人が無事なのは良かったけれど…………」

どうにも色々が歪み切ってしまっているとしか言えない彼女でも、今回の件は、何かを思い余っての凶行だったのではないかと思いたかったのに、その考えは甘かったと思い知らされ、アーサーやローザと話し続けながらも、アレンは深い溜息を吐いた。

更には、聞かされた成り行きから考えて、今回の一件が既に王城中に知れ渡ってしまっただろうのは想像に難くなく、どうするべきかな……、と彼は秘かに頭を痛める。

今更、どうするもこうするもないのだが、余り大事にはしたくなかったのに、と。

「アーサー殿。ローザ殿。アレンは……──。…………おお、アレン!」

……と、彼が頭の片隅でブツブツを始めた直後、寝所の扉が叩かれて、デルコンダル王が入って来た。

「もう、具合はいいのか?」

「はい。申し訳なく存じます、叔父上。先日は、お見苦しい処をお目に掛けてしまったばかりか、今も、このような姿で」

「あのな……。詫びなくてはならんのは、儂の方だろうが」

見舞いに来た様子の叔父王は、寝台の中でとは言え、彼が起き上がっているのを見て取り、喜び勇んで駆け寄って、が、頭を下げつつの甥から飛び出た『お堅い口上』に、目一杯顔を顰めた。

「しかし、それとこれとは」

「…………ほんっ……とうに、お前は誰に似たのやら……。……まあ、何はともあれ、回復したようで良かった。──申し訳なかった、アレン『殿下』。子の不始末は親の不始末だ。到底、許してくれなどとは言えんが……無理を通して貰えぬか」

「叔父上が詫びられる必要などありません。それに、私は固よりそのつもりです」

国王のお成りに数歩控えたアーサーとローザに代わってアレンの枕元を占め、心底申し訳なさそうに肩を落とす叔父王が、たった今告げた言葉は、叔父でなく、デルコンダル国王として、ローレシア王太子に『許し』を乞う為のそれだ、と直ちに気付き、アレンは笑みを浮かべる。

「此度のことは、私が至らなかった所為でもあるのですから。叔父上や、アーサー殿下やローザ殿下にまでご迷惑をお掛けしてしまったのは、私の不徳の致す処。ローレシア王国王太子でありながら、汗顔の至りに存じます。ですから、どうか、叔父上の宜しいように為さって下さい」

「…………そうか」

「ああ、でも一つだけ。図々しいお願いですが、此度のこと、国許には内密にして頂けませんか。でなければ、父上や母上の面目を失わせてしまいますし、私も、国の皆に合わせる顔がありませんので」

…………デルコンダルの王女の一人に、王太子が暗殺されそうになった、などとローレシアに知られたら、恐らく、ローレシアはデルコンダルを許さない。現王妃が、デルコンダル国王の実姉であっても。

故に、デルコンダルとしては、今回の一件を隠蔽してしまいたいのだろう。ローレシアには知られぬ内に。

叔父王の態度は、それ故だろう。

が、唯、黙ってそれを見逃すだけでは叔父王が心苦しかろうから、決してローレシアには報せるなと、自分が頼み込んだことにすればいい、と彼は考えて、浮かべた笑みは消さず、叔父王に告げた。

「……アレン…………。本当にすまない。許してくれ。お前には、申し訳なく思っている」

すれば叔父王は、それまで以上に顔を歪め、痛まし気な手付きでアレンの頭を撫でた。

「あれは、もうこの国の王女ではない。儂の娘でもない。昨日の内に城から出して、国の東部の外れにある修道院に行かせた。あれの生みの母の妃も、納得してのことだ。……どの王子も王女も、分け隔てなく育てたつもりだし、甘やかした覚えもないのだがな。どうして、あれだけが、あんな娘になってしまったのやら……」

「叔父上……。余り、思い詰められませんように」

「…………ああ、お前を見舞いに来たのに、愚痴を言ってしまったな。すまん。────ではな、アレン。ゆっくり休めよ。又、顔を見に来るから」

その刹那の叔父王の面持ちが、アレンには、誰かを哀れんでいるそれに見えて、一瞬のみ彼は訝しんだけれど、直後、話題が例の彼女の処遇に及んだ為に、「ああ、叔父上は、あの彼女に哀れみを向けているのだろう」と、彼は叔父の心中を慮り…………でも。

『誰か』を哀れむ面のまま、デルコンダル王は力無い笑みを浮かべ、去って行った。

「叔父上も、お辛いんだろうな。親子の縁なんて、そう簡単に切れるものでも、割り切れるものでもなかろうし……」

だから、アレンは、もう見えなくなった叔父王を案じた。

アーサーとローザが、物言いた気に己を見詰めているとは知らずに。