そろそろ、ローレシア城内が静まり始める時刻にも拘らず、アレンが父王の許へ向かったのは、叱責や罰は免れ、旅の許しも貰えたが、やはり、ムーンブルクへ行くと一人城を飛び出したまま、一年近く、報せ一つ入れなかったのは詫びなければならない、と考えたからだった。

それとこれとは話が別だ、と。

玉座の間で対面した際も、午後の茶の席でも、アーサーやローザの手前か、ほんの少々『余所行き』な態度だった父も、自分に対しては言いたいことが五万とあるだろう、とも。

なので、夜の更け始め、彼は父王の部屋を訪れる。

立ち入りを許された室内には、彼の父だけでなく、爺やである宰相の姿もあった。

未だ執務が残っていたのだろう、二人は、何処となく厳しい顔付きで語り合っていたが、彼の訪れを受けて手を止めてくれた。

「夜分に申し訳ありません、父上。爺やも」

「いや。構わん。……どうした?」

「父上の言い付けに背いたばかりでなく、長らくの間、報せの一つも入れずにいた、お詫びに参りました。勝手な振る舞いばかりを致しまして、誠に申し訳ありませんでした」

座るよう促された長椅子の一つに向かう前に、アレンは父の傍らに立って、深々と頭を下げる。

「……出来ればな、玉座の間で、こうしてやりたかったのだ」

座していた父王は、ゆっくりと彼を見上げてから徐に立ち上がると、彼の頭に拳を振り下ろした。

「明日には、其方の母にも詫びておけ」

「はい」

「…………本当に、無事で良かった。────さあ、アレン。早く座らぬか。儂と爺やに、土産話の一つや二つ、聞かせてくれるのだろう?」

父王の鉄拳は酷く重たく、ズキズキと芯から頭蓋が痛んだが、鉄拳を下されたアレンも、下した父王も、傍で見守っていた宰相も、何処か晴れやかに笑み。

──それより、父と息子と爺やは、長らく話し込んだ。

旅の空の下で見たこと聞いたこと、感じたこと、サマルトリアの話、ムーンブルクの話、ルプガナやラダトーム王国を訪れた際のこと、竜王の城跡、大灯台、ザハン、デルコンダルと巡ったこと、とアレンは次々二人に語り、父王と宰相は、彼の話に聞き入った。

話す方も聞く方も、胸の奥を重くせざるを得ない逸話も少なくなかったし、デルコンダル王城にての『事件』は、アレンの中に収められたままで終わったけれど、それでも彼等の語らいは、中々尽きなかった。

「と言うことは……、殿下方は、今、その五つの紋章とやらを探しておられるのですか」

「ああ。嘘か真か、とは思うけれど、本当なら、精霊神ルビスの加護が賜われる紋章を、放ってはおけない」

「確かにな。……しかし、竜王の曾孫、な。その正体の真偽は兎も角、何故、堂々と、竜王の曾孫と名乗るような者の許にロトの剣があるのだ。爺様は、何を考えて…………」

「……判りません。光の玉のことにしても、ロトの剣のことにしても。ですが、どれもこれも捨ててはおけぬことですし、或いは、曾お祖父様が、お祖父様達にロトの武具をあのような形で託した本当の訳も、関わりがあるのやも知れません。……父上。お祖父様か、曾お祖父様の何方か、ロトの剣に関して、何か仰っておられませんでしたか?」

「いや。但、爺様は、この国を築いた時には既に、ロトの剣は無かったものと扱っていた節があるのは言える。儂が子供だった頃、爺様は、鎧兜の話はして下さっても、剣の話だけは一度もして下さらなかった。父上達も、爺様からロトの剣の話を聞いたことは一遍もなかったらしいしな」

「そうですか…………」

だが、夜が更けるに連れ、三人の語らいは、アレン達の旅の『これまで』から、『これから』に関わるそれへと移り変わる。

「そうなりますと、やはり、ロトの盾と兜を手に入れられた後は、残り三つの紋章を探すのが先決になりますな」

「……そうなる、かな。ハーゴン達に奪われてしまったロトの鎧の行方は掴めぬままだし、竜王の曾孫と名乗る『あれ』が、大人しく、こちらに剣を渡すかどうかは判らない。紋章の手掛かりも少ないけれど、残り三つの紋章は、街と祠と洞窟にある、とだけは掴めているから、そこから何とかしてみるつもりだ」

「判りました。ならば、こちらでも、五つの紋章の手掛かりを探ってみると致しましょう」

アレンより、光の玉やロトの剣や、五つの紋章の話を聞かされた宰相は、机を挟んだ対面の長椅子に並び座る親子を見比べつつ言い、

「そうだな。ローレシアもサマルトリアも、邪神教団の強襲に備え続けねばならんし、何れは両国力を合わせ、教団本拠に攻め入るつもりでおるから、国を挙げての力にはなってやれんが、せめて、それくらいは」

ローレシア王も、傍らの息子を見遣りながら、それがいい、と頷く。

「有り難うございます、父上。有り難う、爺や。アーサーとロー──あー、アーサー殿下やローザ殿下と話し合ってみなければ何とも言えないが、サマルトリアでロトの盾を、聖なる祠でロトの兜を手に入れたら、ベラヌールに行くつもりだから、一先ず、繋ぎはベラヌールに入れてくれ」

細やかながら、と協力を約束してくれた二人にアレンは礼を述べつつ、今後の旅の予定を告げた。

「ベラヌール、ですか? ロンダルキアの南西の、あの小さな大陸の?」

「ああ。世話になっている船の船長達から、ベラヌールは水の都と聞いた。竜王の曾孫が言った通り、『水は街に』あるなら、ベラヌールが『らしい』だろう?」

「成程。それは確かに、一理ありますな。では、殿下の仰せの通りに」

「ベラヌールか。確か、爺様がローラの門に拵えた旅の扉は、ベラヌール大陸の何処かにある祠か何かに繋がっていた筈だ。それを使えは繋ぎも容易いな」

「…………曾お祖父様は、一体、幾つ、旅の扉を作られたのですか……」

「さあ……。ローレシアとザハンを、ローラの門とベラヌールを、ローレシアの南の祠とデルコンダルを、それぞれ繋ぐ旅の扉があるのは儂も承知しておるが、それ以上は」

「は!? デルコンダル? ローレシアの南の祠とデルコンダルを繋ぐ旅の扉があるのですか!? では私達は、労せずローレシアに戻れた好機を二度も見逃して、正直に船旅をして来たことになるのですかっ!?」

「まあ、な。くどいようだが、文句は、天国の爺様に言うのだぞ。……と言うか。デルコンダルとローレシアを繋ぐ旅の扉があるのは、其方も承知しているとばかり思っておったが……。婚礼前の儂と王妃の話を、誰からも聞かされておらんのか?」

…………と話は今度は、アレン達の旅程から旅の扉に及んで、ザハンからこっち、自分達が如何に馬鹿正直過ぎる旅を続けていたのか思い知ってしまったアレンは、思わず知らず声張り上げ握り拳まで固め、父王は、小声で言い訳めいたことを洩らしながら、ばつ悪そうに息子から目を逸らした。

「曾お祖父様…………………………っっ」

「あー…………、アレン殿下。他に、何やらお困りのことはございませんか。この爺に手配り出来ることでしたら、何なりと」

だから、ブツブツブツブツ、天国の曾祖父へ向け、恨んでも宜しいですか、とか、私もそちらに行った暁には殴っても良いですか、とか、アレンは危ないことを呟き始め、そんな彼の考えを逸らすべく、慌てて爺やが口を挟んだ。

「困ること……。そうだなあ……。ルプガナのご老人が船を貸して下さったお陰で、野宿の回数も減ったし、早々は食事にも困らないし、路銀を頼るつもりはないし……。ローザ……殿下は女性である分、何かと困ることがあるかも知れないけれど、うーん……」

「何でも宜しいのですよ。お心当たりの一つや二つ、おありでしょう、殿下にも」

「……ああ、そう言えば。困ったと言う程ではないんだが、旅の途中で、一つ、どう対処したらいいのか判らなかったことがあったから、それに関して訊きたい」

「はい。如何なことでございますか?」

すれば、爺やの思惑通り、アレンは曾祖父への八つ当たりを止め、旅の諸々に思いを戻し。

「『ぱふぱふ』とは、何なのか知りたいんだ」

そうだ、このことを知りたかったんだ、と彼は、無邪気とも言える笑みを浮かべて、何一つ憚ることなく、ローレシア王国宰相相手に、『ぱふぱふ』に関する教えを乞うた。