「ああ、気持ちいい」

「寝台で寝るなんて、久し振りですものねー。やっぱり、草や土の上で寝るのとは違いますね」

どうしたら、アーサーとローザは考えを改めてくれるのだろう、でも上手く言い返せない、とアレンが頭を抱えていた間に、寝台に乗り上げたローザは壁際を確保しつつアレンの手を引っ張って、アーサーは彼の背を押しながら敷布に寝転がり掛けて、

「何でなんだ……。どうしてこうなるんだ…………」

ぶつぶつぶつぶつ、呟きを繰り返してから、渋々、アレンも横になった。

二台のそれを並べ繋げた、即席の巨大寝台の丁度真ん中に寝てはみたものの、左右から二人に挟まれて、どうにも落ち着かなかった。

オアシスでのあの時は、彼にとっては不可抗力でしかなく、故に然程は気にせずにいられたが、今宵のこれは、敢えて、であり。窮地に陥ったような心地になった彼は、指一本動かせない……、と身を固くする。

なのに、落ち着くや否や、早くも両脇の二人は瞼をトロンとさせ始めて、剰え、又、引っ付いてきた。

「……あの、な。二人共。もう少し、こう……離れて……」

「…………えー、何ですー……?」

「御免なさい、眠たいの……」

「……………………悪かった」

だから、小声で文句を言えば、酷く眠た気な声を揃って出され、どうして僕が文句を言われるんだ、どうして僕が謝るんだ、と思いつつも、アレンは盛大な溜息を一つだけ付き、溜息と共に、そうだ、二人が寝入った頃を見計らって抜け出せばいいんじゃないか? と知恵巡らせたけれども。

「引っ付いて寝ると、気持ちいいんですよー……」

「そうそう。気持ちがいいの……」

その心を読んだかの如く、二人は脇に潜り込んできて、両腕の付け根を枕にされてしまったアレンは、益々窮地に陥る。

何を考えているんだと言いたくはあるが、百歩処か千歩譲って、腕枕を求められたのはよしにする。そこは、目を瞑ってもいい。と言うか、瞑らざるを得ない。だが、こうされてしまっては、自分は、二人を抱えなくては眠れないじゃないか、と。

泣きたい気持ちすら覚え始めていた彼は、随分と長い間、灯りの落とされた暗い室内の天井を睨みながら一人唸り続けて、さんざっぱら躊躇った果て、そろそろと腕を動かし、眠ってしまった彼と彼女の肩を緩く抱いた。

────又、夢を見た。

見るのは三度目になる夢を見ていた。

聞き慣れ始めた正体不明の声『達』に、此度も、幾度となく名を呼ばれた。

三度目となるその夢の中では、叩かれこそしなかったが、代わりに、くすくすと忍び笑われた。

……一度目は一方的な訴えをし、二度目は叩き、三度目は笑う声『達』は、随分と失礼な連中らしい、とは思ったが。

やはり、声『達』の正体は判らなかった。

目覚めたら、くすくすと忍び笑う声が聞こえた。

「続き……?」

「おはようございます、アレン。続きって、何のことですか?」

目覚めたつもりでいたけれど、僕は未だ夢の中なのだろうか、と薄目を開いたアレンは、声の正体は、己の顔を覗き込んでいるアーサーのそれだと知った。

「アーサー? 何を笑って……?」

声と、意識と、目の前の風景が漸く重なり、もしかして、夢の中で忍び笑っていたのもアーサーなのかも知れない、と彼は首を巡らせる。

「アレンもローザも、子供みたいな顔して寝てるなあ、と思って」

「子供、って……」

枕に頬杖付き、じっとこちらを見遣ってくるアーサーの言い草と、いまだ己の腕枕で眠っているローザを見比べ、むぅ、とアレンが口尖らせた途端、

「んー……。もう一寸だけ……」

静かにして、とローザがむずかった。

「あ、御免なさい、ローザ。未だ夜明け前なのに、騒いでしまって。……僕も、もう一度寝ようかな。何でか目が覚めちゃったんですよね」

小さく身を丸めた彼女へ小声で詫びて、アーサーも、再び横になる。

「だからって、何で、懲りずに僕の腕を枕にするんだ。本物の枕を使えばいいだろうに」

ころん、と転がり様、彼は、昨夜のようにアレンの腕を枕にして、枕──もとい腕の持ち主は、いい加減勘弁してくれと、うんざり顔になった。

「でもー。アレンの腕の方が、何となくいい感じなんですよねー。……ほら、砂漠のオアシスに着いた夜も、三人でこんな風に寝たでしょう? 実は、あれ以来、味を占めちゃってて」

「何となくいい感じ、とか、味を占めてる、とか言われても……。だからって、男が男に腕枕と言うのは、真面目にどうかと思う」

「なら、ローザならいいんですか?」

「そうじゃない。どうしてそうなる」

「んもーーー……。もう少しだけ寝かせて頂戴と言ったのに、二人共……。──アレンの腕枕は気持ちいいの。貴方に寄り添って眠ると安心出来て、アーサーも私も良く眠れるの。……納得した? したなら、お喋りは止めて頂戴。せめて、夜が明けてからにして」

そのまま体勢は変えず、こそこそと少年二人が言い合っていたら、ムッとした顔付きで起き上がったローザが、一から十まで不毛な言い争いを『お怒り』で制したので、

「…………御免」

「ローザに怒られちゃったじゃないですか。アレンの所為ですからねー」

「…………………………はいはい。もういいよ、それで……」

彼女より理不尽な『お怒り』を喰らっただけでなく、アーサーにまで、訳の判らぬ『お叱り』を受けたアレンは、不貞腐れつつ二度寝した。

臍を曲げ、半ば勢いで傾れ込んだ怠惰な二度寝は僅かで終わり、次にアレンが瞼を開いたのは夜明けの直後だった。

同じく二度寝に突入したらしいアーサーとローザは未だ夢の中のようで、幸せそうな寝顔を無防備に晒していた。

「全く……」

相変わらず己に引っ付いたまま寝ている両脇の二人を見比べ、呆れと遣る瀬無さと少しの苛々が混じり合った溜息を盛大に吐いてから、アレンは、困ったような、何処か曖昧な笑みを浮かべる。

────色々諸々がどうしたって釈然としないし、本当にこんな風にしてしまっていていいのだろうかと、自分にも、二人にも、激しく問い質してみたいけれど、アーサーもローザも幸せそうにしているから、少なくとも今は細かいことはどうでもいいか、細かくもないし、どうでもいいことでもない気もするけど、……と半ば『悟り』の境地に達したような心地になって、現状に目を瞑った彼は、毎朝の日課である鍛錬に勤しむべく、そう……っと、二人が眠り続ける寝台より抜け出した。

この折に抱えてしまった『悟りの境地』が仇となり、この日を境に、アーサーとローザが、隙あらば彼に引っ付いて寝ようと企み、やがてはそれを毎晩の習慣と化させ、果ては、アレンにも、自分達三人はそうやって眠るのが当然、と思わせるまでになる運命を辿るのを、その朝のアレンには知る由もなかった。