港町ルプガナで迎えた二日目。

各々の朝の日課を終え、朝食を摂って直ぐ、三人は、再び街へと繰り出した。

その日の外出は、ロンダルキア大陸へ向かう定期船が出ているか否かを調べる為のそれで、宿を出て真っ直ぐ向かった港で、彼等は、ルプガナでも、民間人が乗り込める定期船は全て廃止になっている、と知らされた。

但し、客を乗せて海を行く定期船以外の船の行き来は以前通りなので、自らが船主となる──即ち船を買うか、然もなければ雇うかすれば、他大陸目指しての出航は許可されているとも、港で働く人々は教えてくれたのだが。

「外洋にも出られる船を買う…………。外洋船って、一体、幾らするんでしょう……」

「船主になるよりは安いでしょうけど、船一艘を雇うと言うのも……。今の私達の財力では、到底無理よね……」

「国に知らせれば資金は何とかなるだろうけれど、連れ戻されてしまうだろうし……」

果たして、どれだけの金を積めば、外洋船を買ったり借りたり出来るのだろう……、と港の片隅に寄って頭を付き合わせた三人は、虚ろな、酷く遠い目になった。

「ですよねぇ……。……でも、船主達に、話だけでも持ち掛けてみるのはどうでしょう? 幾らあれば、船が雇えるのか程度は判るでしょうし、上手くすれば、ロンダルキアへ行く貿易船に潜り込めるかも知れませんよ」

「私達が船を雇うのではなくて、私達を雇って貰うと言うこと?」

「……ああ、そうだな。確かに、その手は使えるかも知れない。水夫の真似は出来ないけれど、船の護衛や用心棒を探している船主を見付けられれば、交渉の余地はある」

だが、ここまで来て諦める訳にはいかないと、うーむ、と唸りつつ悩んだ彼等は、自分達が雇われの身になると言うのはどうだろう、と思い付き、停泊中の貿易船の船主や、港に出入りしている商人達に片っ端から声を掛けて歩いたのだけれども、話し掛けた全ての者達に、やけに複雑そうな顔をされながら、

「その手のことは、街一番の船主に話を通してからにしてくれ」

と、追い返されてしまった。

何でも、人々曰くの『街一番の船主』とやらは、ルプガナを母港とする船主達の総元締の役も兼ねている人物だそうで、彼が首を縦に振らぬ限り、自分達には何も言えない、と。

なので、港を出た彼等は、高台にある、『街一番の船主』の館を訪れたのだが。

「余所者には船を貸さぬ、余所者は雇わぬ、それがこの街の慣し。それに。例え、貴方々がこの街の者だったとしても、何処の馬の骨とも判らぬ若造共を、護衛や用心棒として雇う訳にもいかぬ。……そういう訳じゃから。すまんが、お引き取りを」

いきなり訪れた彼等を自ら出迎えてはくれたものの、街一番の船主だと言う老人は、三人が語る事情を碌に聞きもせず、すげなく言うと、さっさと屋敷の中に引っ込んだ。

「ええー……。そんなぁ……」

「何処の馬の骨とも判らぬ若造共、だなんて、随分な言い草だわ」

「まあまあ。確かに今の僕達は、そう言われても仕方無いから。……けど、困ったな…………」

取り付く島もなく屋敷より叩き出され、又もや彼等はその場に突っ立ち、うーむ……、と頭を悩ませる。

「さーて、どうしましょ?」

「どうしましょ、と言われても……」

「密航……と言う訳もいかないわよねえ……」

「ふむ。密航、ですか。ちょっぴり過激かなあ、なんて思わなくはないですけど……考えてみます?」

「……アーサー。考えなくていい。ローザも、密航、なんてやり方は忘れてくれ。そんなことをした挙げ句、万が一、僕達の出自がバレたら大事になるから……」

唸り、悩み、物騒な案まで検討してはみたが、どうしても、これだ! と言う知恵は出ず。揃って、限界を超えた知恵絞りに歩きながら挑んでしまった為、何時しか道に迷っていた彼等は、街の北の外れの、酷く寂れた一角に辿り着いてしまった。

「……ねえ。やっぱり、どう考えても密航しか手はないと思うの」

「だから! ローザ、それは駄目だったら!」

「…………アレンは、そういう処、本当に頭が堅いですよね。真面目って言うか」

「アーサーも! 問題はそこじゃない!」

昔から、三人寄れば何とやら、とは言うものの、どれだけ頭を捻り倒してみても、現状で取れる唯一の策は密航、との、穏便でないやり方しか思い浮かばなくなっていたローザやアーサーを、最も常識人らしいアレンが声高に窘めていた最中、

「あら? 一寸待って、二人共。ここ……何処かしら……?」

漸く、ローザが、迷子になってしまっているのに気付いた。

「え? 何処? …………あ、本当だ。何処なんだ? ここは」

「……もしかして、僕達、道に迷っちゃってます?」

突然立ち止まって辺りを見回したローザに釣られ、アレンもアーサーも、おや、と視線を彷徨わせる。

「迷ってるな、確実に。戻らな────

──た、助けて! 誰か助けて! 魔物達が!!」

街を守る高い石壁も直ぐそこに迫った、活気溢れた街の片隅にぽつんとある、本当に寂れた一角に迷い込んでしまったと知って、慌てて踵を返し掛けた時、三人の耳朶を若い女性の悲鳴が劈いた。

「魔物!?」

「行くぞ、二人共!」

「ええ!!」

幾ら寂れた場所とは言え、強固な石壁に守られた街中に魔物が姿を見せるなど、本来なら有り得ぬことなのに……、と訝しく思いつつも、悲鳴が上がった方角へと駆け付けてみれば、故意的に崩された様子の石壁と、恐怖に立ち尽くす少女と、二匹の魔物が彼等の目に飛び込んできた。

「あれは……」

「グレムリンだわ! 悪魔族!」

「知能が高い魔物です、気を付けて!」

体躯は余り大きくない、が、決して綺麗とは言えない、薄赤のような紫のような微妙な色合いが目にうるさい、もう既に懐かしいと言わざるを得ない祖国ローレシアで嫌と言う程出会したスライムとは又違う意味で小憎らしい顔をしている魔物達を見据え、背に負った鋼鉄の剣を抜き去りながら僅かに目を細めたアレンに、ローザがその正体を告げ、アーサーが忠告を飛ばし、

「アーサー、彼女を頼む! ローザ、援護を!」

悪魔族は確か、炎を操るのを得意とし、火系の術への耐性もあった筈、と思い出したアレンは、件の魔物達とは相性が悪いだろうアーサーに少女を託して、ローザが唱えたバギを盾代わりに、二匹のグレムリン相手に斬り込んだ。

体躯に見合った翼をも持つ、小さな魔物達が吐き出す炎の息を、逆巻く風を生むバギの術が散し飛ばす隙を縫い、彼は先ず、渾身の一振りで一匹目の首を刎ね飛ばす。

「ケケケケケケケケケケケケケ!!!」

だが、直ぐ脇で、仲間の首と胴が生き別れるのを目にしても、もう一匹のグレムリンは甲高い耳障りな声でけたたましく鳴き、一際大きな炎を吐き出した。

まるで、仲間が討たれたことすら、歓喜に繋がると言わんばかりに。

「うわっ!」

「きゃあっ!」

ゴォォ……、と空気を焼く音を立てながら燃え広がった紅蓮の炎は、足を挫いた少女を癒していたアーサーも、再度の詠唱を紡ごうとしていたローザも飲み込もうとし、

「アーサー! ローザ!」

咄嗟に、二人の仲間と炎との間に立ちはだかったアレンは、精一杯伸ばした両腕で振り被った剣で宙を薙いだ。

唯、無我夢中で振られただけのそれは、虚しく空を掻くのみかと思われたが、込められていた想いが、アレン自身も思いもしなかった威力と技を生んで、切っ先から放たれた剣圧は、強さと硬さを持つ風を呼び、紅蓮の炎を斬り裂いた。

「……! 今ならっ!」

自ら割り開いた炎の向こう側に続く灼熱の道の先に見えた、高く嗤い続ける小憎らしい顔したグレムリン目掛け、熱気が肌を刺す道を駆けたアレンは、再度、剣を振り被った。