─ Rupugana ─

アレフガルド大陸の西に浮かぶ、島と言うには大き過ぎる、が、大陸と言うには小さ過ぎる大地の東端に位置する、どの国にも属さず独立を保ち続けている港湾都市ルプガナは、乱世と言える今尚、活気に満ち溢れた街だった。

サマルトリア王都もムーンブルク王都も内陸部にあるので、街を取り囲む高い壁と、同じく高い門を潜って一歩中に入った途端、海も港も見慣れていないアーサーとローザは、心底物珍しそうに視線を彷徨わせっ放しだったし、アレンの眼差しも、余り落ち着いていなかった。

海近くに位置するローレシア王都で生まれ育ったから、彼は、海にも港にも馴染みがあるが、商業船にも解放しているだけの軍港と、生粋の、しかも世界最大の貿易港とでは、やはり勝手が違った。

軍艦を除く外洋船の出航を禁じざるを得なくなった為、陸路で往復出来る地域内で物流を回さなくてはならないロト三国とは違い、依然、他大陸へ向けて出航する船のある港町の至る所に、王族の彼等でさえ見たこともない、何処の国の物なのかも判らぬ珍しい品々が溢れていた。

きょろきょろと、『おのぼりさん』の如く辺りに目を走らせる彼等を捕まえ、「何か買って行かないか」と声掛けてきた、商魂逞しそうな露天商の話では、ルプガナは、「直ぐそこを流れている暖流のお陰か、緯度的には有り得ぬくらい暖かい」のだそうで、確かに露天商の話通り、寒さよりも暑さを感じる、通りを行く人々の衣装も薄手の街だった。

雨も少ないのか、港近くには、それこそ露天が軒を連ねていて、あちらこちらから、何かを焼いている、又は何かを煮ている、やたらといい香りも漂っており、

「嫌だ、お腹が空いてきちゃった……」

「……えーと。僕もです」

「以下同文。でも、先に部屋を取ってしまおう」

きゅる……、と一斉に鳴った腹を押さえて、三人は、先ず宿へ向かった。

けれども、活気溢れる街は訪れる者も多いのか、行く宿行く宿で、満室です、と断られてしまい、四軒目の宿で漸く、二人部屋が一室だけ取れた。

文句さえ言わなければ、二人分の料金で三人泊まってくれて構わない、と宿の主に言われたし、野宿をするよりは遥かに良いし、と彼等は主の話に乗り、確保出来た部屋に荷物を放り込むと、再び街へ繰り出し、水夫や人足や、商家の主や女将らしい人々でごった返す港の屋台にて、立ったまま食事、と言う、生まれて初めての経験に挑む。

「……お行儀悪いわよね。でも、凄く美味しいし、楽しいわ」

とか、

「これって……、どうやって食べればいいんでしょうか。噛み千切れってことかな……」

とか、

「…………う。辛い……っ」

とか。

思い思いに買い求めた物を齧りつつ、口々に好き勝手を言っては笑いながら食事をし、食べ終えた後は、露天を冷やかしがてら街をぶらつき。

「ねえ。一寸。そこのお兄さん達。あたし、可愛いでしょう? ぱふぱふ、してかない?」

「…………ぱふぱふ……?」

「ぱふぱふって、何でしょう?」

「やーだ、お兄さん達、ぱふぱふも知らないの? 未だ子供なのね。……いいわ、それじゃ又ね! お兄さん達が、大人になったらね!」

迷い込んだ裏路地で、アレンとアーサーは、穏便に例えるなら、露出の多過ぎる格好をした『女性?』に誘いを掛けられたが、『彼女?』の言う『ぱふぱふ』が何を指しているのかさっぱり判らなかった二人は、唯々不思議がるしか出来ず、呆れた風になった『彼女?』に、シッシッ、と追い払われ。

「何のことなんだろう、ぱふぱふって」

「さあ…………。聞いたことも、読んだこともないです」

「私も判らないけれど……、あの人、大人になったら、と言っていたから、もしかして、如何わしいことだったりするのかしら……」

ぱふぱふとは何ぞや、と三人揃って素朴に悩みつつ、夕陽に染まり始めた街中を宿へと引き返し始めた時には、

「あー……? 男か。男には用はねえなあ……。────よう、そこの姉ちゃん! 俺と一杯やらねえか? 付き合えよ」

未だ夕刻なのに既に出来上がっていた、彼等にぶつかり様、目を付けたローザに絡んできた千鳥足の酔っ払いの鼻先に、アレンが無言のまま抜き去った剣の切っ先を突き付けると言う、一寸した騒ぎも引き起こして。

「目紛しい一日でしたねー」

「んもうっ。何て無礼な酔っ払いだったのかしら」

「でも、ちゃんと思い知らせておいたから、きっと、もう大丈夫」

「確かに。それにしてもアレン、あの人に容赦無かったですね」

「ん? ……ああ、以前、顔見知りのローレシア海軍兵に言われたんだ。船乗りと言うのは、軍人、民間人問わず荒くれ者が多いし、海賊上がりも少なくないから、腕っ節に物言わせるのが手っ取り早いし、良い、って。それに、あんな奴に、ローザに触れさせる訳にはいかないだろう?」

戻った宿の部屋で、てんでに寛ぎながら、ルプガナ初日の出来事を、彼等は何時までも語り合った。

その日、三人の内で、宿の共同浴場を最後に使ったのはアレンだった。

本当にさっぱりした、と幸せの溜息まで吐きながら廊下を行き、客室の扉を開けた彼は、一歩中へと進んだそこで、思わず立ち止まる。

アーサーもローザも疲れているだろうし、寝台は二人で使ってくれていいから、と言い残してから湯浴みに行ったので、もう彼等は寝入っているとばかり思っていたのに、何故か二人は夜着姿のまま、ガタガタと寝台を引き摺っていた。

「お帰りなさい、アレン」

「すっきりしたでしょう?」

「……あ、ああ」

彼が戻ったのに気付いても二人は手を止めず、何をして……? と、ポカンと見守ってしまったアレンを尻目に、彼等は、引き摺った寝台をもう一つの寝台にくっ付け、敷布を剥ぎ、きっちり並んだ二つの寝台全てを覆うように重ねつつ敷き直すと、帳場から借りてきた予備のそれも混ぜた枕を三つ、ぽんぽんぽん、と並べて、

「支度出来たから、寝ましょう」

「うん。ばっちりですねー」

揃って、くるりとアレンを振り返る。

「…………………………質問」

「何かしら」

「何です?」

「どういうことだ?」

「簡単な話よ。私達は三人。寝台は二台。けれど、こうすれば、三人一緒に眠れるでしょう?」

「そうそう。そーゆーことです。毛布も借りてきましたから、大丈夫ですよー」

「いや、だから。そうじゃなくて。何故、三人一緒に…………」

「いいじゃないの」

「いいじゃないですか」

大方の予想は付くが、その真意を問いたい、とアレンは言ったのに、ローザもアーサーも、彼の疑問も心情も、簡単に蹴っ飛ばした。

「アレンが真ん中でいいわよね」

「ですね。……じゃあ……、ローザは、壁際でもいいですか? そうすれば、誰かが転がっても落ちないで済みますから」

「あら、いいの? なら、そうさせて貰うわね」

そのまま、彼女と彼は、二人きりでさっさと話を進め、

「一寸待て。頼むから待ってくれ。ローザ、考え直してくれないか。婚礼前の王女殿下が、男と一緒にと言うのは良くない。アーサーも。男が男にくっ付いて寝て、どうするんだ……」

げんなり、とアレンは項垂れた。

「この場合、そういう問題じゃないと思いますよ」

「そうね。少し違うわ。こう言うと、貴方は、自分が床ででも寝れば、とか何とか言い出すんでしょうけど、それも違うわね」

が、何をどう言っても現状も未来も変わらず、彼は二人に押し切られた。