─ Horn of the Dragon〜Rupugana ─

六階建ての、ひょろ長い塔は、地階から最上階までの中央を貫く吹き抜けを有しており、階段を昇りながら螺旋状に辿って行けばいいだけの、単純な造りをしていた。

南のそれと、北のそれを繋いでいた吊り橋を落としたのは……、の話通り、内部には魔物達が蔓延っていたが、その顔触れは、砂漠や草原に出没した物と然して変わらなかったばかりか、運良く、メタルスライムと言う名の、種族的にはスライムと同じだが、一般的なそれとは違い、希少な金属で体を覆っている魔物と出会えた。

非常に硬く、臆病故に素早い、捕らえるのも仕留めるのも容易ではない魔物なのだが、その身を覆う金属は、如何なる魔術も跳ね返す真実希少なそれで、材料に欲しがる武器職人や防具職人も多く、彼等の間では高額で取引されているし、メタルスライムを倒せて初めて、一端いっぱしの冒険者と認められる風潮もある。

そんな魔物を、一匹だけだったが何とか狩れたので、ルプガナで換金すれば少し路銀に余裕が生まれると、三人は年相応にはしゃぎ、気分良く、塔最上階へと昇り続け。

その刹那を魔物達に邪魔されては堪らないからと、大事に取っておいた最後の聖水を使って結界を築き、三人は、塔最上階の北側の縁に立った。

「う、わー………………」

「ここから、飛ぶ……の……?」

塔そのものの高さだけなら、以前に訪れた風の塔より低いのだが、ドラゴンの角は岬の尖端に建っており、覗き込んだそこからは、こちら側の岬の崖と、向こう側の岬の崖を抉るように隔てる海峡も窺え、飛べたとしても、万が一途中で何か起これば、真っ逆さまに海に落ちる、怖過ぎる、高過ぎる……、とアーサーとローザは後退る。

「ここここ、怖い……。洒落じゃなく怖いんですが……」

「み、認めたくない現実ってあるのよね…………」

「怖いんだから、下を見ない。覗くから、余計怖くなるんだ。────ほら、向こう」

怖い怖いと、頻りに繰り返す二人に、又か、とアレンは顔を顰めて、北東の、遥か彼方を指差した。

「ルプガナの街……? わーーー、ここからでも見えるんですね」

「多分、そうじゃないかしら。この先には、ルプガナより大きい街はない筈だもの」

「あそこに行くと思えば、飛べるだろう?」

伸ばされた指が示す先には朧げな街の影があり、目を見開いたアーサーとローザに、彼は言う。

「……そうよね。行かなくちゃ」

「ええ、行きましょう。アレン、お願いしますね!」

今は未だ遠い、港町ルプガナの影を目にし、ローザもアーサーも、悲鳴を飲み込んだ。

…………宙を漂える──かも知れない魔法具、風のマントを手には入れたが、それは一つしかない。

しかし、彼等は三人。

どうするか、と相談し合った彼等は、自分達の中で最も力のあるアレンがマントを羽織り、残りの二人は、彼に抱えて貰って飛ぼう、と決めた。

力があるばかりか、年齢で考えても性別で考えても長身の部類に入る彼がアーサーとローザを抱き抱えて、年齢的にも性別的にも人並みだが彼よりは大分小柄な二人が両脇から彼に掴まって、そうすれば、何とかはなる……かな? と。

なるかな? ではなく、何としてでも何とかなって貰わなくては困るのだが、かなりの不安が残るのは正直な処で、さりとて、他に術があるでなし。

「ああ。……二人共、いいな? ────飛ぶぞ!」

彼が身に着けても踝に届くまで長い、風のマントを羽織ったアレンは、右腕でアーサーを、左腕でローザをしっかりと抱き、ぎゅ……っと二人が縋り付くのを待って、躊躇うことなく飛び降りた。

「やっぱり怖いーーーーーー!!」

「いやぁぁぁぁぁーーーーー!!!」

腹を括る間も与えられず、まことにあっさり石の床を蹴られ、浮き上がったと思った途端、急激な落下の衝撃を肌で感じ、怖いものは怖い! とアーサーもローザも、挟まれたアレンの耳を劈かんばかりの悲鳴を上げる。

「アレンの意地悪!」

「どうして飛んじゃうの!」

「…………意地悪とか、どうしてとか、そういう問題じゃないと思うんだが……。──大丈夫だから。ほら、目を開いて」

悲鳴は八つ当たりに取って代わり、「あのな……」と呆れながらもアレンは、ちらりとだけ己の背を確かめ、きつく目を瞑ったままの二人を促した。

ままよ、と彼が宙へと飛び出た直後、鳥の羽を模した風な裾を持つマントは、意思が存在しているかのように大きく広がり、風を孕んで、地へと向かっていた三人の身を、上へ、そして前へ押し出し、伝説通り、宙を行かせていた。

それを既に体感していた為、アレンは二人を宥めて、

「……僕達、生きて……、って、わあ、空から全部が見えますね!」

「飛べてるのね! 見て、海峡があんなに下にあるの!」

「はしゃぐのもいいけれど、二人共、ちゃんと掴まれ」

隼が上空より大地を目指す時の如く、瞬く間に彼等は海峡を越え、丁度、向こう岸の大地が近付いて来た頃合いでマントは徐々に速度を落とし、ふわり……、と対岸──北のドラゴンの角の直ぐ脇に、三人揃って難なく足を付けた。

「わぁ……、凄かったですねぇぇ…………」

「あれなら、もう少し景色を楽しめたかしら」

「…………喚いたり楽しんだり、忙しいことで」

地に降りるや否や、未だどきどきしているのだろう胸を押さえ騒ぐアーサーとローザを、アレンはからかう。

「それが普通じゃないかしら」

「アレンは、肝が据わり過ぎてるんです。ねえ?」

「そうよ。あんなに高い所から、宙を行けるかも知れない、で飛び降りたのよ? 駄目だったら……、とか思ってしまうわ」

「もしもの時のこととか、考えなかったんですか? アレンは」

すれば、彼等からの『倍返し』を喰らい、

「いや、別に?」

「本当ですかぁ?」

「まあ……、考えなくもなかったけれど。万に一つのことがあっても、三人一緒でなら悔いはないかな、と」

だから、怖くも思わず、躊躇いもしなかった、とアレンは真顔で告げた。

「アレン………………。貴方、何でもない顔をして、恥ずかしいことを言う人だったのね」

「…………確かに」

「恥ずかしい? 何が?」

「それが、です」

「ええ、そこが」

「能く判らないんだが……気にしても無駄か。……何時までもこうしていても仕方無いから、発とう」

思いも掛けぬ、そして告げた当人の自覚を伴わぬ『会心の一撃』を頂き、ローザとアーサーは、「天然……!」と頬染め、唯々、理解出来ない、とアレンは首を振った。

少しばかり危険を伴うが、北東の方角目指して森の中を抜ける道を取れば、北のドラゴンの角から、目指す港町ルプガナへは、ほぼ直線で向かえる。

北も南も、切り立った崖に挟まれた海峡を越えたルプガナ地方に出没する魔物の種類も、その強さも、出た所勝負で確かめてみるより他ないから、大なり小なりの違いでしかない危険を避けるよりも、兎に角、一刻も早くルプガナに到着することだけを考えようと、都市が懐かしくなり始めていた彼等は最短の道を行き、海峡を渡ってより五日後。

世界最大の貿易港を持つ、港町ルプガナの門を潜った。