─ Tower of Wind〜Moonpeta〜Moonbrooke ─

王城で暮らしていた頃は、アレンとアーサーは言うに及ばず、ローザも、自ら料理などしたことはなかった。

それぞれの出奔より時が経った今でも、男二人に出来るのは、削った木の枝に刺した魔物や獣の肉を焼くくらいのもので、ローザに適うのも似たり寄ったりだが、彼女には、嗜みの一環として菓子作りをした経験があったので、彼女が一行に加わって以降、若干──本当に、悲しくなるくらいの若干だが──だけ、野営時の彼等の食事情は良くなっており。男二人の手によるそれよりも、微妙に味が良い……ように感じられる、少なくとも生焼けの心配はしなくていい獣の肉を夕餉にしながら、火を囲みつつ、約束通り、三人は語らった。

そんなつもりはなかったけれど、やはり何処かにはあった遠慮を忘れ、それぞれが自身の考えを言い合い、アーサーとローザが語る魔術の云々を基にアレンが戦い方を組み立てて、組み立ててみる度、それよりもこっちが、とか、いえ、そっちの方が、とか、時には大きな声まで張り上げつつ、彼等は夜更けまで知恵を絞った。

そうして迎えた翌朝は、三人揃って寝不足だったが、誰もが、何となしに心と足取りを軽くしていた。

本当の意味で、自分達が打ち解け始められた気がした。

やはり、親しい友人や知人の前で話している時とは何処か違っていたやり取りも、かなり砕けてきて、潮風に吹かれつつ、立ててみた幾つかの作戦を試しながらの風の塔への道行きが、まるで苦にならなかった。

バギの術以外にも、ローザは、ホイミよりも上位の治癒呪文であるベホイミと、眠りを齎す術のラリホーを操れ、その分、アーサーが前線に出られる機会が増えたので、魔物達との戦いは、又、少し楽になり。

────ムーンペタを発って、一月近くが経った頃。

予定より少しだけ早く、彼等は、眼前に聳える風の塔を見上げていた。

塔、と言うからには『塔』なのだろうと判ってはいたが、風の精霊の為の祭壇として建てられたそれなのだから、精々、二、三階建ての物だろうとアレンやアーサーは思っていたのに、風の塔は、想像よりも遥かに高く、それを目にした二人は戸惑ったけれど。

その理由を、ローザが二人に教えた。

風の精霊が好む場所となるように、所謂祭壇形式でなく、敢えて、風が能く通り抜けるように設計した高い塔を建立したのだ、と。

「だからね、中も複雑に入り組んでる筈なの。地階から屋上までの風通りだけを優先したら、迷宮に似た形になってしまったらしいと、昔、乳母やから聞いたことがあるわ」

「成程。一寸手強そうですね」

「だな。気を付けて行こう。ここにだって魔物は出るだろうしな」

そんな説明に、風の塔は、人間の都合は一切無視した場所か……と、ちょっぴりだけうんざりしつつも三人は頷き合い、そろそろと、中へ踏み込む。

────内部は、ローザの乳母やの話通り、確かに迷路のようだった。

こんな作りで本当に風通しはいいのだろうか、と思わず疑いたくなったくらい、存在理由が謎な部屋が幾つもあり、都合八階建てらしい塔の最上階へと続く階段も嫌気が差す程あって、何処をどう辿ればいいのかさっぱり判らず、アーサーの荷物の中から、彼が趣味に使っている書き物帳を引き摺り出して、簡単な地図を拵えつつ手探りで進むと言う手間も掛けさせられた。

とは言え、悪いことばかりではなかったが。

行き止まりにぶつかっては引き返す、と言うそれを繰り返していたら、精霊達への捧げ物として安置されていた様子の、旅や戦いに役立つ品々が見付けられ、「一寸申し訳なくは思うけれど、貰ってしまおう」と、行き掛けの駄賃的な収穫が得られたから。

しかし、彼等の目指す物は、予想外の宝ではなく、あくまでも風のマントで。

「うわああああ! 落ちるっっ。アレン、こんな所通ったら落ちちゃいますよ!」

「怖い! 嫌、ここ怖い! アレン! アーレーンーー!」

精霊への捧げ物を失敬しながらの右往左往を続けた果て、どうやら、外に面している、狭くて剥き出しの、通路とも言えぬ通路を行かなくては駄目らしいと、強い風が吹き荒れるそこを抜けようとしたアレンへ、アーサーとローザは、落ちるだの怖いだのと、ぎゃんぎゃん悲鳴をぶつけてきて、

「……そんなに怖いか?」

「怖いです! だから止めて下さい、そんなこと!」

「怖いわ! お願いだから端には行かないで!」

「………………。言う程、狭くも怖くもないと思うけれど、まあ、いいか」

その程度、別に怖くも何ともないアレンは、わざとらしく身を乗り出し地上を覗き込んでから、やれやれ……、と苦笑しつつ、ひょい、とローザを背負い、アーサーとは手を繋いで先へ進み。

「やっと見付けた……」

「へー、これが風のマント」

「私が言ってはいけないけれど、本当にこれで、宙を漂えるのかしら」

散々遠回りをさせられて、漸く、二階にあった、扉も窓もない部屋への侵入を果たした──どうやってか、と言えば、三階の一角に空いていた天井の穴から──三人は、訪れる者が絶えても、恭しく安置されていた風のマントと巡り合えた。

時にローザを、時にアーサーを背負って歩き、神聖な塔の中にも巣食っていた魔物達と戦い、とした為、少々疲労困憊気味のアレンを余所に、アーサーとローザは、手に入れたばかりの、やけに薄い布地で出来ている、酷く軽くて長いマントを弄り倒す。

「……元気だな、二人共…………」

「…………えーと。御免なさい、アレン。疲れちゃったでしょう?」

「その……、我が儘を聞いてくれて有り難う」

二人して……、と何処となく恨みがまし気に言うアレンへ、アーサーとローザは、えへ、と誤魔化し笑いを浮かべ、

「精霊達と何回か契約を繰り返さないと駄目なんで、一寸時間掛かっちゃうと思いますけど、近い内に、リレミトとかルーラとか使えるようにしますから」

「私も、せめてトヘロスは使えるようにするわ。出来ればリレミトやルーラも」

「期待してる。──さて。ここを出て、ムーンペタに戻ろう」

御免ね……? と上目遣いで見遣ってきた彼等へ、言ってみただけで気にしてない、と笑んでやってから、彼は、ムーンペタへの帰還を告げた。

一足飛びに、キメラの翼でムーンペタへ戻り、二日程休息を取ってから、三人は念入りに支度を整えた。

ムーンブルク王国北部から、大陸北西部に位置するドラゴンの角へ向かうには、かなりの長旅をしなくてはならない。

それでも最短で大陸西部へ到達出来る旅程を組むと、ムーンペタ以上の都市への立ち寄りは望めなくなるので、少なくとも、小さな町や村では手に入れ難い品々は出立前に買い求めるしかなく、思いの他嵩張ってしまった旅の荷物を各々背負い、もう、当分は訪れることないだろう『人と人とが出会う街』より、彼等は去った。

──ムーンペタを出て暫く南下し、そこからは一路西を目指す、と言うその行程の三分の一程度は、王都へ向かう際と等しいが、以降は、途中でもう一度南下し、アレンとアーサーが以前に使った王都を臨める山を越え、都近くを通る街道沿いに行くか、山越えをせず、西海岸にぶつかる所まで行ってから南へ下りて、再度西を目指すかの、二つの道が選べる。

なので、アレンは、山越えをせずに済む道──要するに、滅びてしまった王都を避ける道を行こうと決めていたのだけれど。

立ち寄れずとも、せめて、今の王都を我が目で確かめたい、とローザが言うので、それが彼女の達ての願いなら、と。

一度目の時よりも遥かに早く、二十日足らずで辿り着けた、なだらかな山道を再び登った。