徒歩での旅などしたこともないローザ──アレンもアーサーも、出奔するまではそうだった──に、いきなりの無理を強いれる筈無く、ムーンペタを発ったその日から数日は、極力街道から外れぬようにし、外れる際も、歩き易い野の上を選び、三人は進んだ。

何はともあれ、先ずは旅に慣れることから、とも決め、聖水で結界を張りつつ行ったので、魔物との戦いもなかった。

が、遠目に海が見え始めた辺りから、街道は廃れ始め、足許も悪くなり。何時までも魔物を避け続ける訳にはいかないと、その橋を渡れば大陸東部に踏み込めると相成った日の朝、朝食代わりの携帯食を齧り終えて直ぐ、アレンは、アーサーとローザを呼んだ。

「この先は、足を取られる砂浜が続くと思う。街道は期待しない方がいい。魔物との戦いも、そろそろ避けられそうにない。聖水も尽きそうだし。……二人共、大丈夫か?」

「はい。判ってますよ」

「ええ。大丈夫」

「ローザは、最初の内は自分の身を守ることに専念しつつ、連中の動きとかを学んで欲しい。その内に、どうすればいいのか判ってくると思うから、兎に角、焦らないこと。アーサーは、これまで通り、基本は後方支援で」

「んー……。文句言うつもりはないんですけど。それだと、アレンが大変じゃありません?」

「私も、そう思うわ。確かに私は、実際には魔物と戦ったことはないけれど……」

何となくの成り行きで、旅や戦いの主導を任される立場になっていたアレンが、暫くはこんな感じで、と告げれば、アーサーもローザも、少々不服そうになった。

「今の内だけだから。僕だって、何時までも単身での斬り込みが続けられるとは思っていない。三人での戦いに慣れるまでの話だ。僕自身も慣れなくてはいけないし、僕が突っ込む分、二人には、後ろを守って貰わなくてはならない。誰も、背中には目がないのだから。……だろう?」

「そうですねえ……。……判りました。その代わり、危なそうな時には助太刀しますからね」

「なら、少なくとも今日は、私もアレンの言う通りにするわ。でも、慣れてきたら、手を出しても構わないでしょう?」

「ああ、勿論。そうして貰えれば、僕も助かる。……ああ、それから。旅の足は落とすつもりでいるけれど、疲れた時には隠さずに、疲れたと言ってくれ。頼むから、無理だけはしないで。──じゃ、行こうか」

折角、旅の仲間として在るのに、一人だけを矢面に立たせるのは嫌だ、と二人は口々に言ったけれど、駄目、とアレンは彼等の言い分を退け、野営を片付け発った。

自分達の中では最も戦闘に長けているアレン相手に、アーサーやローザでは楯突けないので、言われた通り、その日は大人しくしていたが、一日、二日と過ぎても戦い方を変えない彼に、二人は焦れ始める。

「……アーサー」

「何です?」

「アレンって、少し過保護なのかしら」

「少しじゃなくって、大分ですね。大分過保護。僕達を想ってくれるのは嬉しいんですけど、ちょーっと行き過ぎかなあ、と。……ま、何言っても、事、戦いに関しては、僕とローザじゃ心許ないのは否めませんけど、アレンが一番年下なのにー、とは言いたくなりますねー」

「…………そうよね。やっぱり過保護よね、彼。それこそ、一番年下なのに。少しずつは慣れてきたから、私にも分担させてと言ったのだけれど、夜の見張りもさせてくれないし……」

「あー。あれは、僕と二人の時からなんですよね。真夜中の見張りは自分がするから、って言い張りっ放しで……。………………そうだ。ローザ、少し、アレンを脅かしてみましょうか」

「脅かす?」

「一寸、耳貸して下さい。あのですね……────

先頭を行くアレンから数歩だけ下がり、ぼそぼそごにょごにょ、彼は過保護だ、と小声で言い合った二人は、アーサー発案の『企み』を練った。

「どうしたんだ、二人して」

「え? お喋りしてただけですよー」

「ええ、少し話していただけ」

「……そうか?」

「そうですってば。……あ、ほら、アレン! 向こうからマンドリルが!」

ああしてこうして、と企みを語る二人に気付いて振り返ったアレンを、アーサーもローザもにっこり笑顔で誤魔化し、そこへ、彼等が辿っていた海岸を見下ろせる崖上から、マンドリルと言う大猿の化け物が駆け下りて来た。

群れの雄達なのか、現れたマンドリルは三匹おり、一人で相手をするには数が多い、と小さく舌打ちしつつ、アレンは、己目掛けて落下する風に飛び掛かって来た一体を、鋼鉄の剣で横薙ぎにする。

狙いは喉元だったが、切っ先が捉えたのは相手の顔で、両目を裂かれた大猿の化け物は血飛沫を撒き散らしながら暴れ、舞い散る血と大きな体躯に視界を奪われ掛けた彼の背後から、残り二匹が襲い来た。

「風の精霊よ、応えよ。──バギ!」

「火の精霊よ、応えよ。──ギラ!」

これは、一発や二発は確実に喰らう、とアレンが身構えた刹那、背後から、二つの高い声が上がった。

「……え?」

それは、下位の風系魔法、バギと、下位の火系魔法、ギラを生む声で、何事だ? と思わずアレンは振り返り掛ける。

「アレン! 前! 前ーーー!」

「もう一度よ、アーサー!」

しかし、そんなことをしている場合か? とアーサーとローザに揃って叫ばれ、

「あ、ああ……」

何がどうなっているんだろう……、と首を捻りながら、アレンは剣を構え直した。

剣技と魔術の連携で、三匹のマンドリルを退け終えた後。

「アーレーンっ。僕のギラ、役に立ちました?」

「私のバギは、どうだったかしら?」

一つ肩で息をし剣を鞘へ納めたばかりのアレンへ、口々に言いつつアーサーとローザは駆け寄った。

「助かった、けれど……。……えーと。何がどうなって……?」

互い、にこにこーーー……っと、何やら腹に一物隠しているとしか見えない笑みを浮かべて迫って来た二人を見比べ、やはりアレンは首を捻る。

ローザのバギは兎も角として、アーサーには、ギラの術は使えなかった筈なのに、と。

「ふふふふー。ムーンペタで、この先をどうするか話し合った日、僕、出掛けてましたでしょう? 実はあの時、火の精霊との契約をしに、礼拝堂に行ってたんですよ。僕は、割に火の精霊と相性がいいので。この先も旅を続けるなら、命の為の魔術以外も使えなくちゃ駄目だろうな、って思ってそうしたんですけど、アレンってば、そのこと話す暇もくれないんですもん」

「それに。私が言ったことも忘れていない? 私には剣は持てないけれど、魔術がある、と言った筈よ。風の精霊の加護の篤い、『世界一の魔法使いの国』の王女なのよ、私。バギくらいなら操れるの。なのに、私が何の術を使えるかも訊かないんですもの、アレンってば」

「と、言う訳でー。アレンは、自分ばっかり魔物の前に飛び出して行くから、一寸、ローザと脅かしてみたんですよ。ねー、ローザ」

「ねー、アーサー。────アレン。そろそろ判って? アーサーも私も、多少なら戦いでも役に立つって。これでも、色々と慣れてきたつもりよ?」

にこにこ笑顔は引っ込めず、又もやアーサーとローザは口々に言う。

「………………御免、二人共。すまなかった」

ああ、僕は今、二人から責められているんだな、と、そこで漸く気付き、アレンは素直に詫びた。

彼等の訴えは、己の或る種の身勝手さも指摘していたので、詫びる以外、彼には術がなく。

「……アレンがね、ローザや僕を想ってくれてるのは能く判るんですけど。僕達は、旅の仲間なんですから。戦いでも、皆で協力し合いましょう?」

「私も、そう思うの。三人一緒で頑張らなきゃ、先には進めないって。だから、自分だけで負わないで。ね?」

「…………ああ。──今晩にでも、三人で色々を練ろう。僕には、魔術を活かしての戦い方は判らないから、二人に教えて貰わないとならないし」

「ええ、そうしましょうねっ」

「なら、早速だけれど、野宿出来そうな所を探しましょう。話すことは沢山あるもの」

非を認めた彼に、アーサーとローザは、良かった、と裏表のない笑みを浮かべ直した。