この頃、私の旅は終わりに近付きつつあった。

魔の島へ渡る為の虹の雫を手に入れた以上、覚悟を決めて竜王城へ乗り込む以外に私のすべきことは無かったし、望むことも無かった。

ロトの剣は我が手に無かったが、それとて、竜王城内を探索してみるより他の手立ては無く、丁度、初めてラダトームを旅立った日より数えて一年程が経った頃、私は、竜王城へ行こうと決めた。

……だが、どうにも、本音では踏ん切りが付かずにいた。

頭の片隅や胸の片隅に、戸惑いや躊躇いに似たものが湧いて、消えてくれなかった。

と同時に、恐怖としか言えない何かが、じわじわと私を染め始めた。

竜王城へ足踏み入れることや、竜王と戦うことや、竜王自身が怖かったのでは無く、得体の知れない、見えない何かが怖かった。

どうしても答えの掴めない、幾つかの不思議が怖くてならなかった。

姫の力に縋らせるまで、竜王を苦しめているらしい呪いの正体。

『上の世界』の存在だった筈の竜王を、この世界に齎した者の正体。

神の眷属たる竜族の彼が、悪魔の化身になった理由。

『勇者ロト』が、子孫に伝えようとしたことの真意。

……そう言った、幾つかの不思議に思いを馳せる度、どうしてか、私は恐怖を感じた。

敢えて言葉にするならば、神のような『絶対の存在』に逆らうに似た恐ろしさ。

けれども私は、その恐怖を、無理矢理捩じ伏せた。

とどのつまり、自覚が伴わぬだけで、私は竜王が怖いのかも知れない、と思い込んだ。

竜王の正体は、本来の路を見失い、使命にも背き、悪魔の化身となったのだろう神の眷属たる竜族の王だ。

そんな存在に、人の身で挑むのだから、恐ろしくない筈が無い、と。

触れてしまった幾つかの不思議も、忘れることにした。

どれだけ悩もうが、そんなことの答えなど知る術も無いのだから、と無理矢理に。

そうして私は、今度こそ決意を固め、魔の島へ渡り、竜王城へ乗り込んだ。

────竜王討伐物語では、その後、私は城内で見付けたロトの剣を手に、一息に竜王の許へ向かったことになっているが、実際は違う。

ロトの剣を探し出した後、私は一度、あの城へ挑む為の最後の拠点にしたリムルダールに戻っている。

勇者アレク自身が、神の鋼オリハルコンで以て甦らせた、鍛え上げられた刹那から彼の為だけに存在していたあの剣を胸に、本当に、私は私の思う通りに事を成して良いのか、一晩でいいから考えたかった。

不寝で思い巡らせてみても、結論は変わらなかったが。

竜王を討つ以外、私に選べる路は無かったし、行きたい路も無かった。

竜王討伐と光の玉の奪還を拝命したロトの血を引く勇者として、行ける所まで行く他は無かった。

あの頃の私の、掛け値無しの本音を綴るなら、やはり、平和を望みたくあったしな。

平和が訪れれば、少なくとも、魔物に親兄弟を奪われた孤児はいなくなるし、ローラ姫の為にもなる筈だったから。

……想いを交わし合おうとも、私と姫では、そもそもの身分も立場も違う。

ロトの末裔だと証されても、身分の上では私は平民且つ孤児で、竜王が出現するまでは世界の覇権を握っていた大国ラダトームの世継ぎたる姫とは釣り合わぬし、なまじ、伝説の勇者ロトの末裔、との立場を得てしまった分だけ、話がややこしくなるのは目に見えている。

ならば、何時の日か、我々の祖国ラダトーム王国を治める女王となる彼女の為、私に出来るのは、竜王を討ち、光の玉と共に平和を取り戻すことだけ。…………と、思ったから。

ロトの剣を抱いて一晩を過ごした後、私は再び、竜王城を目指した。

そこから、私が竜王を討つまでは、今更以上に今更過ぎると思うので、ここでは語らない。

竜王討伐物語の通り、とだけしたためておく。

我が目で確かめた、その呼び名通り竜族だった竜王は、確かに、悪魔の化身と例えられても何ら不思議ではない、世界や平和を脅かすモノにしか見えなかった。

こいつの正体は、神の眷属の筈なのに……、との思いが僅かも掠めなかったと言ったら嘘だが、そのような想いなど簡単に遠くに追い遣れるまで、竜王は、確かに『世界の敵』だった。

…………但し。これを読むお前が、信じるかどうか……、とは思うけれども。

彼は、悪では無かった。

何も彼も──命も人生も運命も、姫や世界への想いも、全て差し出しロトの剣を振るわなければ、到底勝てはしなかっただろう竜王との死闘を制した直後、私は、その場に頽れた。

命が無事だっただけ儲け物だと真面目に思ったくらい、満身創痍だった。

死闘としか言い様の無い、何も彼も差し出しての戦いに勝てたことも、生き延びたことも、夢じゃないかと思った。

あの時、本当にそんなことをしていたら、私は確実に命を落としていただろうけれど、その場に転がったまま疲れに身を委ねて眠ってしまいたくもあり、が、這いずりつつ何とか起き上がって、倒したばかりの──辺りに撒き散らした、人と同じ赤色だった血をいまだ滴らせながら息絶えている、眼前の竜王の亡骸に縋った私は、今際の際に握り締めたのだろう、竜王の手にあった光の玉を取り上げ、高く掲げた。

──途端、竜王自身が生んだらしい巨大なレミーラの灯りに照らされているのに何処か薄暗かった、竜王城の最下層に光が溢れ、禍々しい気も、薄気味悪さも消え去り、私は、平和を取り戻せたと実感した。

あの珠の持つ力のお陰か、竜族の鋭い爪や牙や尾に深手を負わされ、浴びた炎や魔術に灼かれて爛れていた体も、痕一つ残さず癒されて、気力をも取り戻した私は、王都に戻ろうと、埃を払いつつ立ち上がり、つい先程まで竜王が座していた、巨大な玉座に背を向けた。

……だが、直ぐに私の足は止まった。

踵を返して向き直った玉座の間の入り口に、大きさこそ私の背丈の半分程ではあったが、それ以外は竜王の仮の姿に瓜二つの者が、酷く強張った顔で、足も肩も微かに震わせながら、されど誇りを携えた風情で立っていたから。

…………それは、何処からどう見ても、竜王の子か血族、としか思えなかった。

少なくとも、同族であるのに違いはないと断言出来た。

故に私は、鞘に納めたばかりのロトの剣を再び抜いた。

だが、構えた私へと歩み寄って来た、震えていた、泣きそうにもなっていた『それ』は、思った通り、私が滅ぼしたばかりの竜王の子と名乗りつつ、そろりと、懐から取り出した古びた帳面を手渡してきた。

その帳面は、この手記の冒頭に書いた、旅の終わりに私が手に入れた、勇者ロト──私達の先祖、アレクが自ら綴った手記だった。

その時点では、この世に生を受けてより数年しか経たぬ、文字通り子供だった竜王の子と対面し、アレクの手記を手渡された後、実を言うと私は、一晩以上を竜王城で過ごした。

この際の出来事──主に、私と竜王の子が語らった内容とか──は、どうやってお前に伝えたらいいのかと悩まざるを得ないもので、ひょっとすると、ここから暫く、私が綴ることは支離滅裂になるやもだが、どうか、大目に見て欲しい。

今でも、あの一晩と数刻を思い出す度、私自身どうしていいか判らなくなって、叫び出したくなるような衝動に駆られるくらいだから。

でも、出来るだけ順を追って、お前にもちゃんと伝わるように記す努力はしてみる。

……努力だけで終わってしまったらすまない。

許しておくれ?