確かに、その際の姫の打ち明けは、信じ難いものだった。

出来事を経験した姫自身が、語った処で信じては貰えぬ、と私にも黙していた程に。

だが、私は信じた。……と言うより、信じざるを得なかった、と言った方が正しいか。

姫の話は、私が掴んだ、竜王の正体に関する答えに添っていたから。

竜王が、闇の世界に属するモノなら、呪いなどには掛からない。魔物や魔族は、呪いを受ける側で無く、呪いを振り撒く側だから。

その手の嘘を吐くにしても、自分達が呪われる側に立つ、と言う発想を持つことなど、彼等には有り得ないだろう。

しかし、竜王が姫に求めたのは呪詛払い。

だとするなら、竜王と言う悪魔の化身は、生まれながらの悪魔の化身では無くなる。

……そう、私が考えた通りに。

────この話を、姫から聞かされた後。

私の中に僅か残っていた、竜王は、そもそもは神の眷属だった、と言う答えに対する疑いや迷いは完全に消え去り、性懲りも無く、私は、新しく芽生えた幾つ目かの疑問に取り憑かれた。

神の眷属だった筈の存在を、か弱い人でしかないモノの力に縋らせた程の呪いとは何か、との疑問と。

彼をこの世界に齎した者は誰か、との疑問の二つに。

が、頭を悩ませてみても、この疑問の答えは中々見えて来ず、悩みながら私は旅を続けた。

聖なる祠で虹の雫を授かる際に必要である筈の『ロトの印』──ロトの剣に同じく、ラダトーム城から魔物達が盗み出したあれが、メルキドの南東の毒沼にあると判ったので、印を探しに件の毒沼へ赴き、かなり重労働をさせられつつも、無事、ロトの印を探し出した私は、生まれ故郷のドムドーラを訪れた。

ロトの印と同じく、在処が掴めたロトの鎧を求めに。

この辺りのことも、竜王討伐物語が語っているままなので、くどくどしく書くのは止めるが、思い出も記憶も無けれど、無惨な姿を晒す廃墟と化した、私の故郷と言われている街の有様には思うことがあったし、勇者ロトの末裔が居を構えていた街に、そのロトの物だった伝説の武具を盗み出して、隠し持っていた武器商人も住まっていた、と言うのは、物凄い皮肉だ、と感じながら、故郷の廃墟を探索し、紆余曲折の果て、ロトの武具──鎧に兜、それに盾も一纏めにされていた──を私は手に入れた。

……少々話は逸れるが、ロトの鎧兜や盾を身に着けた──否、身に着けられた刹那は、本当に感慨無量だった。

私は勇者アレクの血を引く者なのだと、ロトの末裔なのだと、漸う実感出来たし、何より、己の血筋が知れたのが、私が何者なのかが知れたのが、心底嬉しかった。

私には、アレフと言う名以外にも、持っているものがあったのだ、と。

顔も知らない両親のみならず、遠い先祖のアレクに感謝した。私に血を伝えてくれたことを。

数百年の時を経て生まれた私まで続く『血』を齎してくれたアレク同様、世界を脅かす魔を討つ運命を辿っていることには、少しだけ苦笑せざるを得ない気分にさせられたし、運命の皮肉や、血の恐ろしさのようなものを感じたけれど、それはそれで嬉しかったし、喜びだった。

子供の頃から大好きだったロト伝説が語る、伝説の勇者の末裔として、伝説の勇者と同じ路を辿っている自分が、甚く誇らしかった。

私にとって、勇者ロト──アレクは、憧れの人だったからね。

あれから長らくが経った今でも、彼は、憧れの人だ。

憧れの意味は…………全く変わったけれど。

剣以外のロトの武具を身に着け、ロトの印を手にラダトームに寄ってから──あの鎧兜を纏った姿を、姫に見せたくてな。彼女は、我がことのように喜んでくれたよ──、私は、聖なる祠に行った。

ロト伝説通り、そして私が思った通り、太陽の石、雨雲の杖と共に、ロトの印を差し出したら、あの祠の守人は、すんなり私をロトの血を引く者と認め、虹の雫を授けて寄越した。

だから、魔の島へ渡る為の三つの神具に関しては、ほぼ伝説のままだったし容易かったな、と思いながら聖なる祠を発って直ぐ、思わず私は首を捻った。

……お前も、能く考えてみてご覧。不思議に思わないか?

勇者アレクが、ロトの名と共に石碑に刻んで子孫へ伝えようとしたことは、ロト伝説の中に全て書かれている。

ロト伝説が正史とされたのは、未だ彼が生きていただろう時代で、正史と化した自身の伝説が早々廃れる筈が無いのは彼にも判っていた筈だし、あの石碑は明らかに、彼の血を引く者のみに宛てられていた。

人は、自身や自身の血族の由来を抱えたがる生き物だ。私が見本。

要するに、ロトの血を引く者だけが読めるような細工をした石碑に、魔の島への渡り方を、わざわざ刻んでおく必要など、アレクには無かった筈だ。

魔の島への渡り方は、血を分けた子孫には、己達一族の由来でもある自身の伝説と共に確実に伝わると彼は確信していただろうし、そうでない者にも、即知だったのだから。

では何故、私達の先祖は、『勇者ロトの血を引く者』へ『あんな物』を残したのか。

……そう思ったから、私は首を捻った。

不思議で不思議でならず、石碑に刻まれていた言葉を何度も思い返して、もしかしたら、アレクが自身の子孫へ残そうとしたのは、魔の島への渡り方では無く、それ以外の何かなのではないか、と考えた。

何かを隠し潜ませるには、あの文面は短過ぎるが、石碑に刻まれていた文字と、ロト伝説との唯一の違いだけは明確だった。

それが何かと言えば、アレクが神具を託した三人の賢者の存在。

三賢者は、ロト伝説には登場しない。敢えて言えば、太陽の石を託された『大臣風の男』が内の一人に該当するが、彼も、賢者とは記されていない。が、賢者達は石碑には登場する。

…………もし、それこそが、私達子孫へアレクが伝えようとしたことなら。

────と、私は次にそう考えて、それまでは気にも留めなかった、されど『不気味』なことがあったのを思い出した。

そろそろ、三つの神具を手に入れておこう、とし始めた頃のことだ。

手始めは太陽の石の入手からと思い、私は、ラダトーム王城へ出向き、地下を探した。

──ロト伝説には、あんなにはっきり王城の地下室のことが記されているのに、何故か、王城の者達は誰も地下への道筋を知らず、地下室そのものも、「噂には聞いた」程度にしか把握していなかった。

だが私は、アレクが城の地下室にいた『大臣風の男』に太陽の石を預ける場面を綴った、伝説の一節通りの場所に、地下室を見付けた。

そこにて、アレクに曰く三賢者の一人に会い、石を譲り受けた時、賢者は、「自分に太陽の石を預けに来た勇者ロトの姿を、今でもはっきり覚えている。其方には、確かに勇者ロトの面影がある」と言った。

……この全て、改めて考えてみると『不気味』だ。

この世界の人々の誰もが何時でも詳細を知れる、ロト伝説通りの場所に存在しているにも拘らず、私以外には辿り着けなかったラダトーム王城の地下室も。

そこにいた賢者の一人が告げたことも。

それに、雨の祠にいた雨雲の杖の守人だった賢者も、聖なる祠で虹の雫を授けてくれた賢者も、太陽の石の守人と同じようなことを私に告げた。

其方のような者が再び現れる日を長い間待っていただの、この地に再び勇者が現れただの。

そんな三賢者の言葉の数々は、要約すると、彼等は、各々が守っていた神具を勇者ロトから直接託された、と言う意味になった。

彼の時代から数百年の時が流れているのに、彼等は、勇者ロトが『神秘なる品々を託した三人の賢者』達自身だ、と言う以外の解釈は出来なかった。

────だとするなら。

彼等は、人では無い、と言うことになる。

勇者アレクが私達子孫に本当に伝えたかったことも、彼等は人で無く、恐らくは神の遣いか精霊の類いだ、と言うことになる。

……しかし。

そこまでの答えを得ても、その事実が意味する処は、私にも判らなかった。

何故、勇者アレクが、そんなことを子孫に伝えようとしたのかが。