……数日間も取り憑かれてしまっていた『不思議』に対する結論を、そうやって出して直ぐ。

私は今度は、別のことが気になり始めた。

竜王とは何なのか、が。

──お前も知っているだろうが、大魔王ゾーマに関しては、『勇者ロト』なる存在が『この世界』に降り立つ以前より、様々に語られていた。

大魔王ゾーマとは何者なのかを、人々は能く知っていた。例え、伝説や伝承が語ることのみが根拠であっても。

だが、私含め、誰も、竜王に付いては知らなかった。

何処からやって来たのかも。

人々に断言出来たのは、当時から遡ること約三十年前、突然の天変地異と共に何処いずこからともなく現れたのが竜王、と言うことのみだった。

竜王とは、ロト伝説や正史に記されている、大魔王ゾーマが消滅の間際に告げた『不吉な予言』通り、闇の中から再び現れた新たなる魔だ、との認識とて、確かにそうだと言う証拠は何処にも無かった。

能く能く考えてみれば、『その存在』を竜王と呼ぶ訳すら曖昧だった。

ローラ姫以外、竜王の姿を目にした者など皆無だったのに。竜王が人々の前に姿現し、自ら名乗ったことなど一度も無かったのに。

誰が言い出したのかも知らず、人々は、新たなる『魔』を竜王と呼んでいたのだ。

本当に、その呼び名通り、竜族なのか否かも疑わずに。

皆がそう呼ぶから『そう』なのだろう、と。

但、竜王は、ゾーマが出現を予言した存在、と考えるのが最も妥当ではあったから。私は、ゾーマとは真逆に、誰も何者かを知らぬ竜王のことも、ロト伝説を紐解き直せば見えてくるのではないか、と考えた。

竜王と人々が呼ぶ、新たなる魔のことが記載されているのは、ロト伝説と正史のみ。

その片方である正史とてロト伝説が基で、つまり、ゾーマ滅した後の世に、新たなる魔の存在を伝えた唯一はロト伝説なのだから、その正体への手掛かりも、あの伝説の中には潜んでいるかも、と。

伝説を紡いだ当人であるアレクとて、あの洞窟の石碑に、魔の島へ──実際に竜王が降臨したあそこへ渡る為の術を書き記したのだから、とも。

…………そうして。

幾度も幾度も、頭の中でロト伝説をなぞって……気付いた。

私の考えが正しければだが……、ロト伝説に登場する全てのモノの中で、『竜王』になれるのは、たった一人しかいないことに。

勇者アレクに光の玉を授けた、竜の女王が産み落とした卵から生まれただろう竜。

天界に最も近い城の主だった竜の女王の子。即ち、神の眷属。

その者しか、竜王には。少なくとも、ロト伝説の中では。

……そうと気付いた私は、自分で自分を疑った。

俄に信じられることでは無いだろう? 悪魔の化身の正体が、神の眷属だなどと。

…………だが、考えれば考える程、悩めば悩む程、合点がいった。

竜の女王の跡継ぎは、確かに、呼び方を選ぶとするなら竜王になる。竜の王、と言う意味で。

神の眷属であるなら、出現と共に世界に天変地異を齎す程の力を秘めているのも納得出来る。

竜王に関して私達が何も知らなかったのも、そもそもは、この世界に生まれた存在では無かったからで、かつてギアガの大穴でこの世界と結ばれていた、上の世界のことをも語るもの──ロト伝説以外、竜王の正体に繋がるものは皆無だったのも。

────そう、私は。

考えて考えて、己で己に慄きつつも、自らで掴んだ『答え』を、やがて受け入れた。

その後も、私は、『不思議』を晴らしては別の疑問を覚え、その『答え』を得ては次の『不思議』に当たる、と言うのを繰り返した。

そうやって、考え事ばかりに気を取られていた所為か、或る日、竜王討伐物語通りの失態を犯した。

大陸西部の岩山の洞窟を探索していた際に、うっかり呪物に触れてしまった、と言う奴。

盗賊か何かが何処ぞより盗み出した戦利品に見せ掛けてはあったけれど、見るからに禍々しい気を放っていたのに、何を思ったか、私は呪物を掴んでしまって……、自業自得だが、それはもう、竜王討伐物語に書かれていることの三割増くらい酷い目に遭った。

当時は、呪われた者が王城内に踏み込むなど以ての外だったからな。

呪われし者は、即ち穢れた者で、教会にて呪いを解いて貰い、更に禊をしなければ、城下の貧民窟でさえ叩き出される程の扱いをされるのが相場でね。

だから、呪物に痛い目を見させられて、力尽きそうになりながらも唱えたルーラで王城の正門前に降り立った後も尚、それ以上の痛い目に遭って、もう駄目かと思ったんだが、伝わっている通り、ローラ姫が私の窮地を救ってくれた。

──そこから先も、お前は知っているだろうから少々省いて、姫が生まれ付き持っていた、聖職者のそれとしか言えない力で呪いを祓って貰った後から続きを書くとしようか。

呪いは解かれても、厄介な呪物に削られた力や生気は直ぐには戻らず、私は、その日の夜を王城で過ごすことになり、その際、彼女から自身の力に関する話を聞いた。

────姫が何故、聖職者の如き力を持って生まれたのかは、王城の識者達にも解明は出来なかったそうだ。

但、例の書物を書き残した勇者アレクの仲間の、彼と共にアリアハンを旅立った際は僧侶だった男賢者が、ラルス一世の娘の一人に見初められて云々、と言う話がラダトーム王家には伝わっているから──但し、王家の家系図に、件の賢者らしき者の名は記されていない──、何代かを経て、その賢者の血や才が甦ったのかも、と言うことにはなったし、聖職者のように人々を癒したり呪いを祓ったりする力は、これと言って困るものでは無いから、父であるラルス十六世や城の重鎮達も、姫自身も、取り立てて気にはしていなかった。

……だが。

当人や周囲にとっては気にする程のことでも無かった姫のその力は、少々、桁が違った。

怪我を治して欲しいとか、癒して欲しいとか、他ならぬラダトーム王女を捕まえて求める者は先ずおらぬし、姫も、「癒しの力であろうとも、聖職者では無い己が、無闇に人前で力を使うのは……」と考えた為に意識して使わぬようにしていたので、やはり、当人も周囲も、『力の大小』も気にしてはいなかったが、彼女の力は強大だった。

姫に呪いを祓われた私には判った。

……司祭達が呪いを解く際には、必ず、祈りの言葉を唱えるだろう?

が、彼女は、祈りすら唱えずに私の呪いを祓ってみせた。彼女がしたことは、私に触れる、それのみ。

魔術の使役には呪文の詠唱が不可欠なように、聖職者達の行いにも、祈りの言葉は不可欠なのにも拘らず、だ。

……それは、彼女の力の大きさを示唆している。

────そんな彼女の力に、目を付けた者がいた。

竜王だ。

私の失態が引き起こした騒ぎがあった晩、王城の一室で、自身の力に関する話を語ると共に、竜王の城にて起こった出来事も、姫は漸く打ち明けてくれて、その話に曰く、竜王は幾度となく、呪詛払いをしろと彼女に求めたのだそうだ。

何故、そのようなことを、とは思ったが、彼女には、恐ろしい相手の求めに従うより他無く、呪詛払い程度なら、と言われるがままに力を使った。

けれど、竜王が、当人の弁通り何かに呪われているのか否かの判断は姫にも付かず、何度目かの呪詛払いを求められた後、竜王城内の牢から、あの石牢に移されたので、何れにしても、自分の力は竜王の期待には応えられなかったのだろう、とも姫は言った。

マイラの村でのあの夜、竜王城での一件だけは濁して誤摩化したのは、このような話は、竜王が自分に手出しをしなかった、と言う話よりも遥かに、信じて貰えないだろうと思ったから、とも。