『親愛なる我が友へ』

  


 

『親愛なる我が友へ

 この手紙が君に届くのは、果たしていつになるだろうか。
 相変わらず君がいつあの屋敷に戻るか判らないけれど、そこしか送る場所がないから、書き送ることにする。

 フィガロは先日、降神祭が終わって降神節に入った。待降節の賑やかさから一転して、街はしっとりと落ち着いた雰囲気に包まれている。
 私は、日付が変わる直前から始まった越年の聖祭を終えて、つい先ほど部屋に帰ってきたところだ。
 聖祭は城と神殿と神宮の中央に位置する屋外の「聖堂」で行われたから、少し体が冷えてしまった。
 待降節の忙しさが嘘のように、すっかり落ち着いて、こうして年を越した。一昨年、君はあの祭礼を見ていたから覚えていると思うけど、去年も賑やかだったよ。去年は、侍従の一人と一緒に、去年と違う広場の市へ行ってきた。広場に集った人々と一緒にダンスを踊ったんだ。久しぶりにあれを踊ったら疲れたよ。・・・これは年齢のせいだろうか。
 それにしても、どうして、待降節の祭礼の準備はああも忙しいんだろうね?毎年やっていることなのだから、いいかげん慣れたことのはずなのに、なぜか毎年慌ただしい。
 今年はずいぶんと寒い夏だったから、作物の収穫がやや不良だった。けれど、相変わらず工業製品の輸出は好調だったから、税収に影響はない。街は未だ復興の途上にあるけれど、人々の確かな営みが感じられるのが嬉しい。
 あれから私が国外へ出ることはなくなってしまったけれど、他の地域の復興は順調だろうか。君やロックから聞き及ぶ範囲では、心配することもなさそうだけれど、特に旧帝国領の復興が気掛かりでならない。もしも叶うなら、その目で見たことを知らせに、来てほしいと思う。

 年が改まったばかりで、相応しい話題ではないかもしれないけど、このところ私の頭から離れないことが、ある。
 私たちが手に入れた平和がいつまで保つのか、そんなことは誰にも判らない。相変わらず世界中で地域紛争は絶えないし、フィガロも同様に、国境を接する地域で抱える領土に関する懸案は、そのほとんどが未だ解決を見ない。コーリンゲンの割譲問題も。時間がかかることばかりだ。
 フィガロは・・・否、フィガロの王である「私」は、世界崩壊の原因の一部を作った。私には、あの魔導師に喧嘩を売った自覚がある。だから、私は、世界をあの魔導師から取り戻さなくてはならなかった。君には白状しておくけど、私にとってあの戦いは、自分で蒔いた種の後始末という側面を持っていた。
 私は斯様な次第から、復興に尽力することも私の義務であり責任であると思っている。
 フィガロは、復興のために必要な技術や人的、物的資源の提供を各国に約束した。それは、一日も早く、全ての被災者が「日常」に戻れるようにするために必要だと思ったからだ。
 そして、資源は提供するが、各国の復興は、そこに住む人々の力で行われるべきであると考えていた。たとえ人々から求められようとも、フィガロが他国の復興の舵を執ることは間違っていると思う。自らの手で「日常」を取り戻すことこそが、復興のはじめの一歩だと思うし、フィガロには、復興事業によって発生する利権を漁るつもりがないことを、示す必要があると思った。
 また、ある国が領土領海、それに付随する権益について対外的に問題を抱えていたり、宗教対立や人種間の対立など国内に抱える問題に直面した時、他国の人間が軍事力や財力をもって口を挟むことはあってはならないと考えている。
 が、周囲からは復興や調停の旗手たる立場を望む声が後を絶たない。
 私は、信念を「変えない」ことの難しさに、今、直面している。
 紛争の当事者でない私には、当事者間で話し合うためのテーブルを用意することくらいしかできないというのに、何を私に望むのだろうね。
 私の判断は「絶対」ではない。私に裁定を求められても困惑するばかりだ。
 私は自らの育った文化や価値基準でしか物事を計れないし、その私の判断に真の客観性は存在しえない。私は、フィガロで生まれ、フィガロで育った。その環境のなかで、私の価値観や善悪理非の基準は培われた。だから私の思考も言動も、「フィガロ的なもの」から自由にはなれない。客観的であろうと努力をしても、人間は絶対的客観性を持つことは不可能なのだ。どこまでも相対的な客観性のなかで最良と思われるのものを選びとるしかない。
 そのことを、あの旅の中で、私は思い知らされた。

 迂遠なことを、書いてしまったね。・・・ごめん。
 君だったら、私の逡巡を笑い飛ばしてくれるのではないかという思いがある。
「くよくよ悩むな」「酒を飲んで寝てしまえ」「明日のことを思い悩むな」などと、君の声で、君が言う言葉が、すぐに思い浮かぶ。確証などないくせに君は断言するけれど、君が言うと説得力があるのが不思議だ。
 明後日からまたすぐに慌ただしい毎日が始まる。
 新年祝賀の行事が目白押しだ。私が、次の日の起床時間を気にせずに杯を傾けることができるのは、今晩と明晩くらいしかない。
 願わくば、私の想像の中ではなく、現実に、君に叱り飛ばして欲しかったりする。
 君は「迷うな。まっすぐ前を見れば、答えは見えている」って言うだろう。
 君は「ちょっと脇目をふれば、見えなかったものが見えてくる」とも。
 去年、最後に君に会ったのは夏至祭の終わった数日後だったろうか。あの時、君が土産にと置いていってくれた異国の葡萄酒を、今、傾けている。ずいぶんと濃厚な味で、まるでプラムで作ったような葡萄酒だったので、食後に開けて良かったと思った。
 おかげで体が温まってきた。
 もう少し飲むけれど、今夜はゆっくり眠れそうだ。
 ありがとう。

 君の無事を祈りながら、筆を置くことにする。
 君と、君の船に、神のご加護がありますように。

     ・・・新年に。
     エドガー・R・フィガロ  』


 蝋燭の炎が揺らめく下で、金色の髪の彼は筆を置いて、グラスに注がれた濃い紅色の異国の葡萄酒を口に含んでから、小さなため息をついた。
「どこにいるのかなぁ、君は」
 と呟いて、穏やかで柔らかな笑みを湛えて、もうひとつ用意しておいたグラスに酒を満たして、自分の向かいの座る者のいない椅子の前に、供したのだった。

 


 

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