さすらいのギャンブラーと名乗るほど、賭けではほぼ負け知らず、世界に一挺しかないというブラックジャック号のオーナー、セッツァー=ギャッビアーニはその日、ちんけなイカサマコインに騙された。
表裏一体のそのコインはフィガロ王の大事なものであるとわかったのは後になってからだが。
女なら、いや男でも、見る者をはっとさせるほどに絵に描いたように美しきフィガロ王、エドガー。
この機械好きで変わった王様にセッツァーは会ったその日から興味を持つ。後々二人が恋人同士となることなど、この時は夢にも思ってはいなかったが。
「あのコイン……」
セッツァーはその夜、月明かりに照らされたフィガロ兄弟を甲板でみかけた。
「ごめん……。俺……何も知らなかった、ガキだったよな」
エドガーよりひとまわりも大きな図体のマッシュが星空を見上げてそう言った。
「私のイカサマもバレてしまったようだね、レネー」
「ありがとう、感謝するぜ! ロニ」
ロニとレネー。偶然立ち聞きしたセッツァーはフィガロ兄弟の秘密の名前を知った。しかし、その時は秘密の名前とは思わなかったセッツァーだった。
そもそも強引に乗り込んできた四人とは、型通りの自己紹介はした。だが、「エドガー=フィガロです」、「セッツァー=ギャッビアーニです」と、フルネームで挨拶を交わしたわけではない。
エドガーとマッシュはフィガロ王家の者だから、エドガー=フィガロ、マッシュ=フィガロというフルネームは訊かなくともわかる。だが、ロックやセリスに関しては共に旅を続けていてもファミリーネームまでは知らない。あえて尋ねることもないセッツァー。何故なら彼にとって、“それ”は興味のないことだから。
だからロックやセリスのファミリーネームも、セッツァーにとってみれば“秘密の名前”ということにもなる。
だがセッツァーがロニとレネーは真に“秘密の名前”だと知ったのは随分と後になってからだ。
皆の前では「マッシュ」「兄貴」と呼び合うエドガーとマッシュ。セッツァーもその日以来、フィガロ兄弟の秘密の名前を聞いたことはなかった。
***下調べ***
世界は崩壊し、散り散りになった仲間を探す旅を続けた、セッツァー、エドガー、マッシュ、セリスの四人。
その旅は恐ろしくも長い旅であった。
旅を続けるうちにセッツァーとエドガーは何時の間にか体を重ねあった。
セッツァーは荒ぶ風も何のその。どん底の人生から這い上がった彼には、男が男を抱き、抱かれるという事について何の罪の意識もない。そこにあるのは快楽だけだ。
エドガーは生まれながらの王様。大勢の美しき女人や忠実な家臣達に王子よ王よと傅かれ何不自由なく育ってきたと思われる。それは穢れなど知らぬ王のイメージでもあった。だがエドガーは自身に課せられた苛酷な運命など流してしまえる術も持っている。美しき仮面を着け決して表に出すことはない。だからこそ、ある日セッツァーと“そういう関係”になる事を拒んだりもせず、なんとなく身を委ねた。
苛酷な旅に少しの快楽を求めて何がいけない……と、二人は思う。
禁欲生活が当たり前のマッシュと、初めて恋した相手を想い続けているセリスはレベル上げに二人で組んで狩りに行く事が多かった。決して“間違い”などある筈もない二人。
一方、女を見れば口説かずにはおれない王様と遊び人ギャンブラーもレベル上げに二人で狩りに行く。程よくレベル上げしたところで成り行き二人は抱き合う。
そんなことを繰り返していた四人だが、その日は珍しくパーティーを変えての狩りであった。
「兄貴、セリスを口説くんじゃねぇぞ!」
とマッシュ。濃い血の繋がりである双子の弟は冗談混じりにさらっと言う。だが、さすがのセッツァーでもそのセリフは言えなかった。
「レディを口説かないのは失礼にあたるのだよ、マッシュ。セリスが一番に会いたいと願っている、ロックのことばかり思い描いていてもね」
とエドガー。その言葉に頬を紅く染めたセリスは「行きましょう、時間の無駄よ」と強がってエドガーに促した。
その日、セッツァーとマッシュは夜の帳が下りるまでレベル上げをした。二人は殆ど言葉を交わす事はなかった。
だが帰り道につとセッツァーがマッシュに尋ねる。
「お前って誕生日いつだ?」
唐突に尋ねられた質問に、マッシュは怪訝な表情をセッツァーに見せるのも頷ける。
「?」
「……あのさ、お前、気ぃ使えよ! ずっと沈黙で長い道のり帰るのもイヤな気分だろうが! 話題つくりってことも知らねぇのか?」
セッツァーは額にかかるプラチナ色の長い髪をかきあげて言う。
「あ、そうだよな。俺ほんと気ぃきかなくてごめん。こういう所、兄貴を見習いたいといつも思うんだけど…」
「見習え!」
「俺は…というより、“兄貴と俺”は、8月16日が誕生日なんだ。そういえば、今年もそろそろ、その日が近付いてくるんだよなぁ……。でも、今年は誕生日を祝ってらんないからね。ケフカの野郎を殺って落ちついたら来年は、またフィガロで祝いたいとは思う」
マッシュは太陽のような笑顔を見せた。兄弟、故郷、誕生日を祝う。セッツァーにはあまりピンとこない事ではあった。
「でも、誕生日っても、兄貴は、フィガロ国家にとっては普通の人でないから、大変なんだよな……」
「何が大変なんだ?」
「フィガロ王は全ての民の象徴だから、皆に祝福される日なんだよね。だから、王が普通の人に戻って家族でひっそりお祝いするのは、もう日付も変わってしまう頃になるんだ」
「へぇ。王様や王様の家族ってのは窮屈なんだな」
漸く森林を抜け出でた二人の前に黄色い月光に照らされたファルコン号を急ぎ足で目指した。
「すっかり遅くなっちまったな」
「うん。兄貴達、心配しているかもな」
と二人はファルコンに向かって駆ける。
「あっと、そういえばセッツァーの誕生日っていつなんだ?」
ファルコンにあと数歩で辿り着こうとした頃にマッシュが訊く。
「さぁな。俺は誕生日なんて覚えてねぇや……」
セッツァーの言葉は強い風に揺れた背後の木々の音に流された。