「…………ただいま、爺や。……あ、ただいま、と言うのは未だ早いかな。それはそうと……、どうして、こんな早朝から、こんな所に?」

「お帰りなさいませ、アレン様……。誠に、誠に、善くぞご無事で……。爺は、嬉しゅうございます…………────が!! 今の今まで、何処をほっつき歩いておられたのですか、殿下っ!!」

ダン! と音を立てて馬車から飛び降り、やはり音立ててアレンに駆け寄った宰相は、面を泣き崩して彼を抱き締め、王子殿下の帰還と無事を涙声で喜んだけれども、直後、鬼の形相を取り戻し、大声で雷を落とした。

「あー……。ほっつき歩いていた、と言う訳では無く、その……、旅の最中に世話になった者達に礼を告げに行ったり、ムーンペタとサマルトリアで報告をしたり──

──爺に、そのような言い訳は通用しませんぞ! アーサー殿下が、ロト様の時代のルーラを復刻させたのを、知らぬとでもお思いかっ!? 何故、一先ずでもローレシアにお戻りにならなかったのです、各地に礼を告げられるのは、それからでも宜しゅうございましょうにっ!」

「…………。……すまなかった」

「……すまなかった、ですと?」

「……………………御免なさい」

「全く……。陛下も王妃殿下も、その内には帰って来るからと構えておいででしたが、内心は気を揉んでおられたのですぞ? そうこうする内に、ムーンペタからもサマルトリアからも、殿下方がローレシアヘ発ったと文が届きましたので、遅くとも昨日にはご到着為されるだろうと、お待ちしておりましたのに。直ぐそこが王都の、しかもこのような街道端で野宿など為さって……」

それより暫く、アレンの両肩をがっしり掴んだまま、爺やは小言を垂れ続け、

「アレンーー? どうかしました?」

「こんな朝から、何の騒ぎなの?」

馬車の音と宰相の大声で目覚めたらしいアーサーとローザが、アレンを捜しにやって来た。

「これは、アーサー殿下、ローザ殿下。両殿下共、ご無事で何よりです。此度は、誠におめでとうございました。──お騒がせ致しまして申し訳なく存じます。皆様が、中々ローレシアの門を潜られぬので、少々心配になりまして、お迎えに上がったのです。……皆様、何を為さっておられたのですかな……?」

「そろそろ勘弁してくれ、爺や…………」

小走りに寄って来た、他国の王子王女な二人へも、宰相は小言めいたことを言い始め、だからアレンは、いい加減に……、と彼を留める。

「……そうですな。致し方ありませぬ、説教はこれまでにすると致しまして。──さあ、皆様。どうぞ、馬車の方へ。ああ、荷物でしたら供の者に纏めさせまして、後程────

────爺や、一寸待ってくれ」

故に、渋々の様子で宰相は説教を終え、三人の背をグイグイ馬車へと押したが、又もアレンが、彼を押し返した。

「待てとは、何をですか?」

「我が儘だと判っている。判ってはいるんだが……頼む、爺や。……最後まで。せめて、王都の正門まで。僕達の足で行かせてくれ。僕達は、そうやって、この旅を終えたいんだ」

「アレン殿下……」

「正門からなら、馬車でも何でも乗る。言う通りにする。……だから…………」

「…………御意に。ならば、王都の正門前でお待ち致しております」

後数刻で終わる旅なれど、最後まで己達の足で往きたい、馬車には乗らない、と言い張るアレンを、宰相はじっと見詰め、暫しの沈黙の後、判った、と頷く。

「有り難う、爺や」

「いえ。殿下のお心のままにされるのが宜しかろうと思いました故にです。……それはそうと、アレン様。あれから、ロトの武具は全て揃えられましたので?」

「は? ……ああ。今は仕舞ってあるが、ハーゴン達に奪われたロトの鎧も、竜王の曾孫が持っていたロトの剣も、全て。それが?」

「そうですか。それは宜しゅうございました。──でしたら。ロトの武具を身に着けられてから、王都にお戻り下さいませ。凱旋為さるのですから、その出で立ちが相応しいかと」

「……爺や? 僕は、道化の真似事をするつもりなど、毛頭無い」

「何を仰られますかっ! ロト様やアレフ様も為された出で立ちを、道化などとっ。ハーゴン討伐を果たされたばかりか、世界に終焉を齎さんとした某かをも見事討たれての凱旋なのですぞ! 宜しいですねっ? 嫌だと仰せなら、今直ぐ、馬車に叩き込みますぞっ!」

しかし。

宰相は、アレン達の我が儘に目を瞑る代わりに『交換条件』を突き付けてきて、「え……」と目一杯顔引き攣らせた王子殿下を尻目に、さっさと馬車に乗り込むと、やって来た時同様、けたたましく街道を戻って行った。

「はー…………。相変わらず、ローレシアの宰相殿は、押しが強いですねえ……。口を挟む間もありませんでした」

「迫力だわ……。どうして、ローレシアの方々は、ああも迫力満点なのかしら……」

行ってしまった彼を見送り、「やっぱり、ローレシアってー……」と、アーサーとローザはしみじみと言う。

「えーーと……。……アーサー、ローザ、おはよう……」

「……おはよう」

「……おはようございます、アレン」

「……二人共、付き合ってくれるよな……? 僕が、『あの』出で立ちで戻る以上、アーサーだってローザだって、水の羽衣くらいは着てくれるだろう……?」

「………………水の羽衣は、本当に役に立ってくれましたけど。ローザは兎も角、僕は、あのヒラヒラで凱旋と言うのは、一寸」

「大丈夫。アーサーにもローザにも善く似合ってるから。何も気にしなくていいと思う!」

「アレンっ。それ、どういう意味で言ってるんですかっ!? 女顔だから、とでもっ!?」

「そうじゃないっ! そんなこと言ってないだろうっっ」

「あーもー! 二人共、朝からうるさくしないで頂戴っ!」

そのまま、『武の国の者達は、どうしてああも強烈なのか』議論を始めそうになった二人を、アレンは、自分だけが見せ物にされるのは御免だと言う理由のみで巻き添えにしようとし、だから勢い、彼とアーサーは口喧嘩を始めて、ぎゃあぎゃあとうるさく喚き出した男二人を、ローザは、朝っぱらからー! と叱り出し。

結局。

その騒動は、アレンの必死の懇願に、アーサーとローザが折れる形で決着を見た。

荷物の中に仕舞い込んだ水の羽衣に袖を通してからも、アーサーはブツブツ垂れていたし、アレンも、何時までも口の中で爺やへの文句を零していたけれど、男のくせにグダグダ言わない! とローザに叱責された為、漸く二人は愚痴を引っ込め、ローレシア王都目指して街道を往き始める。

待ち構えているだろう騒ぎが怖い、とだけ言い合いながら、のろのろと歩を進め、が、霞む程度とは言え、既に姿が窺えていたローレシア王都は、あっと言う間に近付いてきて、

「もう、着くな」

「はい。もう一寸ですね」

「やっぱり、大して掛からなかったわね」

とうとう……、と三人は、俯き掛けたけれども。

「…………楽しかった」

「アレン?」

「三人で旅が出来て、僕は、楽しかった。アーサーとローザと旅をして、良かった」

「こちらこそ。……僕も、楽しかったです。アレンとローザと旅が出来て、楽しかったし、良かったです」

「私もよ。アレンとアーサーと一緒に旅が出来て、良かったと思ってる。楽しかったわ、本当に」

「……うん。────二人共、今まで有り難う。それと。これからも宜しく」

「…………はい。今まで、有り難うございました。これからも、宜しくお願いしますね」

「二人共、本当に有り難う……。末永く、宜しくね」

王都の正門や、そこで待つ宰相達や馬車の列が見えてきた時、伏せてしまいそうになった面を真っ直ぐ上げて、笑顔を浮かべた三人は、長かった冒険の旅を締め括る、最後の一歩を踏んだ。