それから。

ムーンペタを訪れる度に厄介になった宿屋に三人は引き摺り込まれ、「こんな田舎では、程々の物しか手に入らないのですが……」と恐縮しつつの人々よりの、精一杯の振る舞いを受けた。

確かに素朴ではあったけれども、暖かくて手が込んでいて、何より美味しかった品々が並べられた食事を有り難く頂戴しながら、「以前にもお訪ね頂いていたのに、王子殿下や王女殿下方とは知らず……」と詫びてきた宿の主や女将を宥め、街の人々と語らい、ローザに張り付いて離れない賢者殿の話し相手も務めて、それはもう甲斐甲斐しく立ち働く元女官の彼女に世話を焼かれたりもして、夜が更けた頃、漸く解放された三人は、一度は、用意された個室に引っ込んだが。

賢者殿や元女官の彼女の目を盗み、アーサーもローザもアレンの部屋に忍んだ。

「凄い騒ぎでしたね……」

「でも、嬉しかったわ…………」

「良かったな、ローザ。色々も、既に決まり始めているようなことを、賢者殿が言われていたし」

揃って夜着姿の彼等は、寝台に並び座って、毎度のお喋りを始める。

「そうなの。或る程度は、王都再建の目処が立ってきたそうよ。先生が、本当にご尽力して下さったの。魔物達が姿を消したお陰で、以前に閉鎖されてしまった幾つかの鉱山の採掘が再開されたそうだし、木材の伐採も既に始められているから、そちらは問題無さそうよ。資金繰りをどうするかは悩み処だけれど、暫くなら、王家の資産を切り売りすれば凌げるわ。離宮や地方の荘園は、何処も無事だったから」

「王城や王都の設計も始まってるんでしたっけ?」

「ええ。でも……、少し思うことがあって、そちらは一度、話を止めて貰うことにしたわ」

「思うことって? 何だ?」

「先生も、各地方の街や村の首長達も、皆、今まで通りの場所に、王都を再建するつもりで話を進めていたそうなのね。私自身も、ずっとそのつもりだったけれど……、それは、止めようかと思うの」

「え、どうしてです?」

「あの有様ですもの。土や水を清めるだけでも、大仕事になるのは目に見えているでしょう? 何十年と掛かってしまうかも知れない。それに、亡くなった人が多過ぎるから。焦らずに、時間を掛けて清めて、木や草花を植えようと思うの。何時の日か森や草原になってくれたら、亡くなった人達の魂も慰められるかしら、と思って……。…………それにね。旅をしてみて思ったのよ。将来のことを考えたら、あの場所に王都を築くのは何かと不便だ、って。もう、魔物に怯えずに、あちこちを行き来出来るでしょう? 貿易だって盛んになるし、そうなって貰わなければ困るから、昔、運河の代わりに使われていた大河の近くに王都を築いて、便を良くしたいのよ」

「成程な……。それは、いい考えかも」

ムーンペタの街で過ごす夜だからから、三人の話題は、自然、ムーンブルク王都再建に関することになり、ローザは、運河の畔の、便の良い都を築きたい、と理想を語る。

「そう? アレン、本当にそう思ってくれる? アーサーは?」

「僕も、いい考えだと思いますよ。ムーンブルクの中央部は気候に恵まれていますから、運河代わりの大河が氾濫することも、先ず無いですしね」

「良かった。二人がそう言ってくれるなら、やっぱり、この線で進めてみるわ。…………ねえ? 二人共。協力して貰えて? ムーンブルクは海運が弱いから、ローレシアにそちら方面の協力を仰ぎたいの。職人の数や質は、どうしてもサマルトリアに勝てないから、王都再建の技術提供を申し出たいし……」

「判った。国に戻ったら、父上や爺やと相談しておく」

「僕も、父上達に話を通しておきますね」

「有り難う。……あ、勿論、国同士の話だから、協力して貰える範囲で構わないわ。例え同盟国が相手でも、外には出せない技があるでしょう?」

「……それは、まあ。無いとは言えないし、出せる技も、無償で、とはいかない……かな」

「その辺は……、そうですねぇ。駆け引きですねぇ」

「でしょうね。……でも、私だって、粘れるだけ粘るから、二人共、覚悟していて頂戴」

それからも、冗談と本気が入り混じる、為政者としての会話も交わして、

「…………ああ、それはそうと。ローザ。本当に、このままローレシアまで行く気なのか?」

そうだ、とアレンは、昼間の宴の席で、明日、共にムーンペタを発つ、と言い出したローザへ向き直った。

そんなことをして、大丈夫なのかと。

「勿論よ。ローレシアでもご報告させて頂かなくてはならないもの。でなければ失礼に当たるわ。ロト三国の盟主はローレシアなのだし、陛下も王妃殿下も、これからは、自分達を父母と思って、と仰って下さったから、お二人に直接お目に掛って、お報せしたいの」

「あ、アレン。僕も、ローレシアまで行く気ですよ? 但、途中で一度、サマルトリアに寄らせて下さいね?」

すればローザは、そうするのが当然だ、と強く言い張り、アーサーも、自分もそのつもりだと主張し出して、

「え。アーサーも? でも……、いいのか?」

「はい。僕も、ローレシアで直接陛下にご報告しないと失礼に当たると思いますし、多分、僕の父上も、そうしろと言う筈です。…………まあ? 正直に言えば、ローレシアがロト三国の盟主だから、を建前に振り翳せば、ローレシアまでは三人一緒にいられるからなんですけどねー」

「まあ、アーサーってば。……でも、私の本音もそこよ。だって……、未だ、別れたくないもの……」

「…………そうなんですよね……」

「…………うん。僕も。……じゃあ、うん。ローレシアまで、一緒に。────なら、寝ようか」

建前は、ロト三国の盟主たるローレシアへの礼を失せぬように、だけれど、本音は……、と打ち明けてきた二人へ、己の本音とて、とアレンは打ち明け返し、寝よう、と立ち上がる。

「そうね。……でも、この寝台で、三人一緒に眠れるかしら」

「一寸、難しいかも知れませんねぇ」

「………………あのな、二人共。今夜は、僕達が何処の誰かを知られてしまった宿で眠るのだから。駄目。後が怖いから駄目」

「はーい……」

「はぁい……」

寝る、と決まった途端、ローザとアーサーは、今の今まで腰下ろしていた寝台を見下ろし、個室故に寝台はこれ一台しかないけれど、幾ら何でもこれで三人一緒は厳しい、と悩み出して、アレンは、賢者殿の目も、元女官の彼女の目も怖いから駄目、と眦を吊り上げた。

サマルトリア経由でローレシアヘ赴き、ハーゴン討伐の報告を済ませたら、今後の何をどうするにせよ、一度ムーンペタに戻るから、と賢者の彼や市長や街の人々に約束し、そういうことなら、との言葉を貰ったローザも共に、アレン達は彼の街を発った。

旅への名残りは尽きないが、ムーンペタでもあの騒ぎだったのだから、ローレシアやサマルトリアは果たしてどうなっていることやら……、と少々焦り始めた三人は、旅の足を早めることにした。

いい加減、国の者達に叱られるだけでは済まなくなり始めている気もしたし。

とは言え、ルーラやキメラの翼だけは決して使わず、「そう言えば、一度も使ってみたことが無かった」と、乗り合い馬車に挑戦してみたり、通り掛った親切な老農夫の荷馬車に便乗させて貰ったりとして、ローラの門を抜け、リリザの街を経由してサマルトリア王都へ向かった。

かつての王都辺りは常春に近い、大陸自体が温暖な気候をしているムーンブルクでは余り意識出来なかったが、四季が明確なリリザでは、もう、今冬も終わろうとしているのだと気付け、次いで入ったサマルトリアでも、冬の厳しさ、冷たさが温み始めている、と彼等は知る。

高い山の稜線は、未だ未だ雪深そうだったが、王都近くの畑や草原には既に雪も無く、街道に至っては、草花が春の支度を始めているのも見受けられ、

「……僕が、ローレシアを飛び出したのは、晩秋になろうとしていた頃だったから……。……そうか。もう、二年の上、経ったんだ……」

「アレン。その科白は一寸、今更過ぎません? 二月以上も前に、アレンの十九の誕生日も過ぎてますよ?」

「ローレシアを発った時、アレンは十七になる直前だったのだから、ええと、二年と……──

冒険に旅立ったあの日から、もう、二年数ヶ月の歳月が……、とアレンは改めて感慨深気に洩らし、今ここで、その科白? と苦笑したアーサーの隣で、ローザは過ぎた日々を指折り数え始め。

そうこうしながら街道を往く三人の目に、サマルトリア王都が見えてきた。