「……………………これは、何の騒ぎだ……?」

我が目に映る光景に唖然とし、茫然自失となり掛けた直後には腹の底から怒りが湧いてきて、アレンは、低い声で唸るように言った。

「まあ……。アレン殿下にあらせられますか?」

一歩、室内へと踏み込んだ所で立ち尽くしてしまった彼の許に近付いて来たのは、どぎつく着飾った女達の中でも、最も色使いがきつい衣装を纏った者だった。

「何者だ? 父上は、どう為されたのだ。宰相は?」

そんな衣装でも着こなす、豊満な体付きの美女ではあったが、彼女からは甚く怠惰な雰囲気が感じられて、アレンが半眼になるも、

「お初にお目に掛かります。私は、せんの宰相閣下に代わって陛下にお仕えすることになった、ミリエラと申します。こんな平和な世の中ですもの。王室を明るくする為に雇われたのですわ」

「まさか……。爺やが、罷免されたと……?」

「ええ。それが、どうか為さいまして? 殿下のお気に障ることではありませんでしょう? ──そうそう。そんなことより。私の踊りは天下一品ですのよ。難しいお小言を言う宰相殿よりも、気に入って頂けるんじゃありませんこと? おほほほほほ」

嫌そうな顔をした彼に撓垂れ掛かって、ミリエラ、と名乗った女は、声を立てて笑いながら言った。

「……黙れ。爺やの小言は、僕を思っての、僕を正す為のそれだ。踊り子の舞いなぞと、比べられよう筈も無いっ。……それにっ。平和なんて、未だ何処にも無いっ。ふざけるなっ!」

「きゃっ! ……まあ、アレン様ってば。私に乱暴を働くおつもり?」

「アレン殿下、お気を鎮められて下さい。どうされてしまわれたのですか。……平和なら、ここにあるではないですか。今の陛下のご様子をご覧下さい。ハーゴン様の配下となられてから、陛下は本当にお幸せそうです。肩の荷が下ろせたのでしょう……。殿下も、もしハーゴン様にお目通り為さることがありましたら、どうぞ宜しくお伝え下さいませ」

香と白粉の匂いを強く香らせるミリエラをアレンが振り払えば、彼女は盛大に顔を顰め、慌てて駆け付けて来た玉座の間を守る兵士も、嘆かわしそうに彼を嗜めて、

「ハーゴンの配下だと……? 父上が? この、ローレシアが?」

「はい」

「馬鹿な…………。────父上! 父上、これはどうしたことですっ!! 何なのですか、この乱痴気騒ぎはっ!!」

「あっ、アレン!」

「アレン、いけませんっ!」

兵を押し退け、ローザの制止もアーサーの制止も聞かず、部屋を突っ切ったアレンは、玉座を占める父王へ詰め寄った。

「おおお、アレン! 良く帰って来た! ……どうした、そのように恐ろしい顔をして。何か遭ったのか?」

「何を仰っておられるのですっ! 爺やを罷免したと言う話はまことなのですか!? この騒ぎは何のおつもりですかっ。恥じらいも無い女達を侍らせて、有ろう事か玉座の間で、昼日中から酒なぞ……。父上の面目も、母上の面目も、丸潰れではありませんかっっ」

「ん? ああ、宰相なら、其方の言う通り罷免した。将軍達もだ。今の世には用無しだからな。王妃にも暇を出したぞ。恐らく、生家のデルコンダルに戻ったのではないか?」

「……父上、正気ですか…………? ハーゴンに屈したと言うのも、真なのですかっ!?」

「正気? 何のことだ? ──ああ、そうじゃった、そうじゃった。その、ハーゴン殿のことだが。ハーゴン殿を誤解していた所為で、其方達には随分と心配を掛けてしまった。しかし、もう安心だ。──先日、ハーゴン殿が、わざわざこの城まで出向いて下さってな。対面してみたら、実に気持ちの良い人物だと知れたのだ。故にな、我がローレシアも、ハーゴン殿に従う者の列に加わった。……良いか? アレン。もう、ハーゴン殿と戦おうなどと、馬鹿げたことを考えるでないぞ」

けれども、ローレシア王は。

玉座の肘掛けに乗り上げる両脇の女達を腕に囲い、酒を飲ませ、又は飲まされとしながらハーゴンを褒め讃え、戦ってはならぬ相手だ、と言いつつ高らかに笑った。

怒りに震える息子を、細めた目で見遣って。

「父上…………」

「アレン……。大丈夫ですか……?」

「アレン。これは、何かの間違いよ。そうでなければ……」

故にアレンは、ギュッと両手で拳を握り、益々怒りの募った面を伏せ、その傍に添ったアーサーとローザが、こんなこと有り得る訳が無い、と彼を宥めれば。

「…………父上。ご覧下さい」

一度は伏せてしまった面を据え直した彼は、王城の正門前で抱き起こされた時からずっと小脇に抱えていたロトの兜を被り、姿勢を正した。

──ハーゴンの神殿に乗り込もうとしていたのだ、当然、アレンは、その日の早朝にロンダルキアの祠を発った時から、ロトの武具を身に着けていた。

腰にはロトの剣を佩き、背には稲妻の剣を負っていた。

竜王討伐を果たした勇者アレフを祖父に持つ、国の内外で、武人の見本のような、と語られるローレシア王ならば、文字通り、目の色を変える出で立ち。

二つの伝説の中で二人の勇者が手にした、伝説の一揃え。

「ん? どうした、アレン」

「ロトの兜も、鎧も、盾も。旅の最中に、揃えることが叶いました」

「おお、そうか」

「ロトの剣もです、父上」

「……おお、そうか」

でも。

淡くて青い光を放つ、青鍛鋼で造られたロトの武具に身を包んだ姿を息子に披露されても、二つ目の伝説の終わりと共に隠された、ロトの剣を掲げられても。

ローレシア王は、何の感慨も見せなかった。

「あんっ、陛下ったら。私、もう飲めませんわ。さあ、今度は陛下がお飲みになって。うふふふふ」

「判った。では、この酒は儂が飲み干そう。うはははは!」

ちらり、とだけ目を走らせ、直ぐに、手にしていた飲み掛けの杯を腕に囲った女の一人に押し付け、又も笑いながら、ローレシア王は、女達と戯れ続けた。

「…………父上。一体、このローレシアに何が遭ったのか、私には思い至れませんが。貴方はもう、私の知る父上では無いのですね。……もう。私の父では無いのですね」

────だから、アレンはロトの剣の柄に手を掛けた。

目の前の男は、敬愛した己が父では無い、と思い定めた。

祖国ローレシアの守護者では無くなった、とも。

あんなにも愛していた母のことも、腹心として信頼していた宰相のことも、長らく国と王家に仕えた将軍達のことも、伝説の勇者として歴史に名を残した先祖達のことすらも捨て、邪教の大神官を讃えつつ遊興に耽る、王足り得なくなった愚かな男を、血を分けた息子として、斬り捨てよう、と彼は決めた。

「アレンっ。アレン、いけませんっ。それだけは、絶対にいけませんっ」

「アレン、いけないわ。お父様に剣を向けるなんて、そんなこと、お願いだからっっ」

その刹那の彼の決意を直ちにアーサーとローザは察し、腕に縋って留まらせようとしたが、アレンは、縋る二人を振り切って、ロトの剣を抜き去る。

「何をしている、アレン。気でも触れたか?」

……そうすれば、杯を掲げたまま、父王が振り返った。

「そのような物騒な物は、さっさと納めぬか。先程に告げた筈だぞ。もう、ハーゴン殿と戦おうなどと、馬鹿げたことを考えるでない、と。──そうだ。もう、其方達は戦わずとも良いのだ。何者とも。魔物を斬る必要も、人を斬る必要も無いのだ。……それとも? 長の旅の最中、人を斬り捨てたことが忘れられんか? 人殺しの味を占めたか? それ故に、親殺しに魅了されたか?」

次いで、父王は、アレンの瞳を捉えながら、ニタリ……、と笑んで、そう言った。