─ Shrine of Rondarkia〜Temple of Hargon ─

ロンダルキアの祠が建つ中州を取り囲む、大きな湖と対岸を繋ぐ橋を渡った先は、やはり雪原だった。

だが、半日程行った辺りから雪が浅くなり、行く手には緑の葉を数多繁らせる針葉樹の森が姿見せ始めた。

やがて、雪らしい雪は、広大な針葉樹林の北側を覆う高い山々の嶺だけになり、地面の方は、土と浅い雪が入り混じった綺麗とは言えない斑色になって、この辺りはロンダルキアの南側よりは多少暖かいのかも知れない、あの山の向こうはムーンブルク領なのかも知れない、と言い合いながら、三人は木々の間を縫い続けた。

だから、環境的にはロンダルキアの洞窟から祠への道程よりは楽だったけれど、出没する魔物の手強さは相変わらずで、森の樹毎彼等を薙ぎ倒そうとする巨人族達や、凶悪な呪文を操る、呪文と同じく凶悪な悪魔族達と程々に戦いつつ、彼等はひたすら、先へと進んだ。

そうして、ハーゴンの神殿を目指しての、恐らくは最後の旅になるだろう道行きを始めた初日は一面の森の中で終わり、木々に身を隠し夜をやり過ごして迎えた二日目は、尚も続く針葉樹の森林を、南側に現れた二つの目の湖沿いに西へ伝った。

一つ目のそれよりも若干小さい程度らしい二つ目の湖も、ロンダルキア台地を囲む山々の稜線も、辿っている針葉樹林さえも、南へ向けて弧を描いているようだったので、逆らわず、素直に湖の畔を行ってみれば、夕暮れが迫った頃、三日月型をしている様子の三つ目の湖が現れて、対岸に聳える山の更に向こう側に、何処となく濁った色した、屋根のような、尖塔ような、兎に角、何らかの建造物であるのに間違いはない物が見え隠れし始めた所で、三人は足を止める。

「あれが、ハーゴンの神殿……かな」

「恐らく。彼等の根城以外に、こんな所に建つ物は無いでしょうから」

「一応、地図を開いてみましょう」

もしや、あれが、とは思ったが、確信には至らなかったので、彼等はその日の野営をその場で張ることに決め、支度をしつつ、世界地図を開いてみた。

竜王の曾孫より譲られた不可思議な世界地図にも、ロンダルキア台地の詳細は記されていなかったが、現在、己達のいる凡その位置は掴め、『あれ』の建つ場所が、ムーンブルク王都から見てほぼ真南に当たるのも知れ、どうやら予想に誤りは無さそうだ、と一同は頷き合う。

約二年前、ムーンブルク王都を強襲した魔物達が飛び去った方角とも合致する、ロンダルキアの最も奥地に聳え立つ『あれ』は、ハーゴンの神殿に他ならない、と。

「漸く、見えてきたな」

「はい。本当に、漸く」

「ここから、後どれくらいかしら。道も、分かれてしまっているようだけれど、何方を辿る?」

アーサーとローザに野営の支度を任せたアレンが付近の偵察を終えて戻って来るのを待ち、三人は、針葉樹林の片隅の、少々だけ拓けた所に焚いた火を囲んで、干し肉を齧りながら相談を始めた。

アレンがした偵察の結果、その先は、三日月型をした三つ目の湖の畔沿いに南下し、湖を迂回してから山際を北上する道と、三日月湖の東側に広がる岩山を迂回し北上する道の二つがあるらしいと判り、どうしようか……、と彼等は顔を見合わせる。

「何となく……ですけど、僕は、三日月湖を迂回する道の方がいいような気がします」

「僕も、それに賛成だな。目測だけれども、ハーゴンの神殿は、三日月湖の対岸の湖畔近く──ここからだと、ほぼ真南にあるみたいなんだ。奴等の神殿から見て右にある岩山は、かなり東方向に張り出してる風だから、岩山を迂回する道は、湖を迂回する道よりも、遠回りになると思う」

「だけれど……、三日月湖を迂回するには、畔沿いの、狭そうな道を行かなくてはならない感じだったのでしょう? もしも、魔物達に挟み撃ちにされたら、逃げ場が無くなるのではなくて?」

「うん。でも、それは山道を行っても同じことだ。だったら、最短の道を選んだ方がいいし、岩山ばかりの険しい所を行くよりは、体の負担も軽くて済むと思う。湖畔沿いの森の中を、と言っても、テパを目指した時みたいな密林じゃないしな。いざとなったらルーラで撤退、それさえ守れば大丈夫」

「そうですね。いざと言う時のルーラもキメラの翼もありますし、湖畔沿いの森中なら、火や水にも困りませんしね」

「判ったわ。なら、三日月湖を迂回する道に、私も賛成」

「水辺が近い分、冷えるのが難点だけど。まあ……、そこは我慢と言うことで」

暖も取れるし獣避けにもなるけれども、パチパチと薪が爆ぜる音が、却って質の悪い魔物達を招く結果を齎してしまったら……、との漠然とした不安に駆られた為、小さくしか熾せなかった火の前で、結んで繋げた三枚分の薄い毛布に一緒になって包まった三人は、短かった話し合いを経て、明日からは、三日月湖を迂回することに決めた。

「それにしても、寒いですねえ……」

「ええ。祠の辺りと比べれば、雪も少ない気もするけれど、寒いのには変わりなくて嫌になるわ」

「昨日と今日は何とかなったが、明日の調子次第では、一旦、祠に戻ることも考えようか」

進む道が決まった途端、アーサーとローザは毛布の端をキュッと握り締めて、寒い、と身を縮ませ、もぞもぞと一層身を寄せてきた二人を、はいはい、とアレンは慣れた手付きで腕に囲う。

「…………ねえ。今の私達って、生まれたばかりの仔猫みたいね」

「あ、言えてます。寒いので、引っ付き合わないといられないからですけど、端から見れば、きっと獣の子供さながらなんでしょうね」

「獣の子供……。……そんな風に例えれば可愛く聞こえるが、何方かと言えば、毛布お化けじゃないか?」

「毛布お化け、って……。……アレン、幾ら何でも、その例えは止めて頂戴」

「何て言うか、あれですよねぇ。アレンは、はっきり言って、そういう処、情緒が無いですよね」

「…………悪かったな……」

「なら、言い方を変えて差し上げるわ、アレン殿下。……愚直よね、貴方って」

「……ローザ。それじゃあ大して変わらない」

「でも、私達、間違ったことは言っていないわ。ねー、アーサー」

「ねー、ローザ。……あ、判った。じゃあ、もう一回言い換えます。──アレンの言うことは、色気が無いです」

「……………………二人共、もう勘弁してくれ……。僕が悪かった」

そうやって、毛布の中で尚も一塊になったら、ローザがくすくす笑いつつ自分達の今を揶揄し始めて、それを切っ掛けに、アレンは一人、アーサーとローザにやり込められることになって、げんなりした顔になった彼が白旗を揚げれば、

「……後、何日かが経っても。一月が経っても、一年が経っても。私達、こうして、笑っていられるかしら」

アーサーと二人、彼の様に声立てて笑っていたローザが、不意に真顔になって、ぽつりと零した。

「…………そうですね。何日かが過ぎても、一月が過ぎても、一年が過ぎても。笑っていられたらいいですよね」

そんな彼女に釣られたのか、アーサーも又、頬の色を褪せさせてから、ぽつり、と。

「……大丈夫」

だからアレンは、一層強く傍らの二人を抱き寄せ、言った。

「一年が過ぎる頃には、今のように、三人揃ってこうしてはいられないかも知れない。でも、明日も明後日も、来月も再来月も、一年後も十年後も。きっと、僕達は笑っていられるから。その為に、今、こうしているのだから。……大丈夫。僕達は、必ず、それを叶えられるから」

「…………はい」

「……ええ」

────この旅は、その為の旅であり、道行きなのだから。

大丈夫。きっと、大丈夫。今宵より、何年が経とうとも、きっと。

……そう言う彼に、アーサーもローザも、小さく、けれど確かに頷き、

「寝よう。明日も早いから。お休み」

そのまま想いに耽る風に瞼を閉ざしてしまった二人へ、アレンは、お休みの言葉を注いだ。

顔や態度に出さぬだけで、本当は疲れていたのだろう、就寝を囁かれた途端、彼等は直ぐに眠り始めたが、アレンは、微かな寝息を立てつつ休む二人を見守りながら、それよりも長らく起きていた。