だが。

やはり、言い訳は言い訳でしかなかった。

祠に留まり始めたその日からアレンが始めた『色々』は、どうにかこうにかでもロトの剣を使い物にする為の試しではなかった。

鍛錬と言えば鍛錬だけれども、祠の裏庭のみでこなせるような代物でもなかった。

…………要するに。

彼が始めた『色々な試しでもある鍛錬』とは、アーサーやローザの目を盗み、一人、ロンダルキアの荒涼とした雪原に踏み込んで、我が物顔で跋扈している魔物達に立ち向かう、と言うものだった。

自身の命を投げ打って者達の危機を救うメガンテの技を得てしまったアーサーが、『馬鹿な真似をしてしまい兼ねない、いざと言う時』を避ける為には、己が強くなるより他ない。……それが、ローザから話を聞かされた彼の出した結論だったから。

──強く在れば。

『いざと言う時』など招きようもないまでに強く在れば。

アーサーもローザも、確実に守り通せるだけ強く在れば。

自称・司祭の彼がメガンテを使役することも、先日のように、秘かな想いを寄せ続けている彼女が自分達を庇う真似をすることも、決して起こりはしない、と。

────故に。

二人の目を掠めて雪原に身を投じ、やはり二人の目を掠めて持ち出した力の盾に頼りながら、アレンは、手強い魔物達に挑み続けた。

我ながら卑怯な言い方をした、との自覚はあったが、己がやっていることは確かに『色々』で、『鍛錬』なのにも違いはないから、二人に嘘は言っていないし、ローザと約束した通り、少なくとも己にとっては無茶ではない、と自分自身にも言い訳しつつ、彼は、たった一人で。

ロンダルキア北の祠を見付けた直後は相手に出来ぬと逃げたアークデーモンや、悪魔獣族のシルバーデビルと戦い、人など簡単に叩き潰す力を持った一つ目の巨人族達──ギガンテスやサイクロプスともやり合い、ローザの命を奪おうとしたブリザードも何匹も狩った。

……炎の息や毒の息を撒き散らすだけでなく、ベギラマやイオナズンも操る悪魔族や悪魔獣族は、歯噛みしたくなる程手強かった。

掠っただけでも圧死し兼ねない威力を持った棍棒を振り回す、馬鹿力自慢の巨人族達と、人の身であるにも拘らず力比べをするのは、文字通り骨が折れた。

ブリザード達が唱えようとするザラキを疾さのみで封じ込めるのは、想像よりも遥かに至難だった。

が、それでも、やるしかなかった。

…………ロンダルキア雪原の最深部には、目指すハーゴンの神殿がある。

未だ、影すらも窺えないけれど。

だと言うのに、この雪原を彷徨く魔物達も満足に倒せぬようでは、ハーゴンを討ち取り己達の本懐を果たすなど、夢の又夢のまま終わるだろうから。

アーサーとローザを守り通すなど、到底叶わぬだろうから。

少しでも強くなる為に、こうして足掻き続けるより他ない。

……そんな風に、アレンは自らに言い聞かせ続けた。

彼等に隠れて一人きりでこんなことをしていると知られたら、二人は烈火の如く怒り狂うかも知れない、と思ったし、どんな建前を振り翳そうと、結局の処、自分はアーサーとローザを騙していることになるのかも知れない、とも思ったが。

二人の面影が脳裏を過っても、アレンは、微かな苦笑を浮かべる以外はしなかった。

長の旅を続ける内、すっかり癖になってしまった胃の臓の痛みも覚えなかった。

すまなさを感じこそすれ、後ろめたさはなかった。

万が一、二人に悟られても、詫びるつもりもなかった。

例え、一時彼等を裏切ることになっても、己に出来ることは、己に辿れる道は、これしかない、と彼は信じていた。

──────そうして。

アレンの、彼等三人のそんな日々が、四、五日程過ぎた頃。

アーサーは固より、ローザもが、そろそろ祠を発ってハーゴン神殿に向かい直したい、との気配を滲ませ始めたのを察したアレンは、夜半、地下の客室の暖炉前に拵えた寝床を秘かに抜け出した。

もう一日二日は何とか言い包められるやもだが、それ以上、二人を黙らせておくのは不可能そうで、ならば、夜の間も励むしかない、と思い定めて。

「……この夜更けに、鍛錬か」

だが、気配も足音も忍ばせて地下から地階へ昇った彼が、祭壇の間の脇を通り抜けようとした時、守人の声が彼を呼び止めた。

「…………ああ。でも、少しだけのつもりだから、心配は──

──そうやって、修練に勤しむのは良いことではあるのだろうが。……アレン・ロト・ローレシア。其方は、もう少し、己の仲間を信じるべきではないのか。共に、邪神教団大神官ハーゴンを討たんと志す彼等を」

掛かった声に一瞬のみ冷や汗を掻いたが、声の主が守人の彼だと悟った途端、アレンは肩の力を抜いて、この彼相手ならば幾らでも誤摩化せるし、兎や角言いもしないだろうと言い訳を告げ掛けたけれども、この数日、彼が何をしていたのか弁えていたらしい守人は、声だけは穏やかに嗜めてきた。

「……信じているとか、いないとか、そういう話じゃない。僕は唯、自分に出来ることをしようとしているだけだ。僕に出来る限りのことをして、強く在って、二人を守り通したい。……そう思ったから、その為の行いをしているだけだ」

故に、完全に足を留めた彼は、守人へと向き直る。

「儂がしているのも、そういう話ではない。強く在ろうとするならば、其方一人のみでなく、其方達三人揃ってでなければ意味が無かろう。肩を並べ共に戦う者達を、其方だけで守り通すと言う、その想いも行いも、傲慢、と言い換えられる」

「それ、は……」

「其方達三人は、運命の道連れ。己が道連れ達を、其方の思う形以外でも、信じ通してみるといい」

「………………運命の道連れ、か。……確かに、僕達三人は道連れだ。そう、運命の」

少なくとも、一方的に話を打ち切り、無理矢理に立ち去るつもりは彼にはないと見て取った守人の嗜めは尚も続き、アレンは、溜息に似た細い息を吐いた。

「……守人殿。訊きたいことがある」

そうして彼は、僅かの間だけ考え込んでから、意を決した風に、小さな祭壇の両脇に据えられた篝火のみが光源の、薄暗くて寒いそこの片隅に立ち尽くしたまま、守人を見据える。

「何を?」

「もしも、守人殿が、人でなく精霊ならば。こちらが何も言わずとも、僕達が勇者ロトの末裔であることも、ハーゴン討伐を志していることも知っていたのは、精霊だから、が理由なら。答えて欲しい。──僕達の道行きは、定めなのか。道行きだけでなく、僕達そのものも、運命と言う定めなのか」

「…………何を以て、其方達の道行きを、其方達自身を、定めかと問い、運命かと問うのか。それはさておき。運命さだめとは、天より人に齎される禍福。不幸と取るか、幸と取るか。業と見るか、天命と見るか。それは、天の配剤でなく、其方達が見定めるべきこと。そのような問いは、するだけ詮無い」

「成程…………。詭弁にも聞こえるが、それこそ、言っても詮無いのだろうな。……なら、問いを変えさせてくれ。ロトの血とは何だ」

「血。ロトの血とは、文字通り、血。其方の肌の下を流れる物であり、ロトの称号を授かったアレクを始祖とし、ロトの勇者と呼ばれたアレフを経て、其方達三人に伝えられた血脈であり、勇者の血。……それ以外の、何だと?」

篝火の傍らにて静かに佇み続ける守人は、アレンの問いに、眉一筋も動かさず、そう答えた。

「……………………守人殿。……もし。もし、僕達が、勇者ロトの末裔ではなかったら。ハーゴン討伐を志しはすれど、ロトの血を引いていなかったら。果たして僕達は、この祠に辿り着けただろうか」

だから、チラチラと揺れる篝火が斑に照らす守人の面をじっと見詰めたアレンは、又、彼への問いを変えた。

……すれば。

守人の彼は、それまでアレンの問いに滔々と答えていた口を、ピタリ……、と閉ざした。